Episode.5-H-e~懲りないなぁ~
前話:Episode.5-H-d
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階段の踊り場――屋上へと続く重たい扉の前。
昨日と同じ場所に腰を下ろしていても、空気は少しずつ変わっている気がした。
鉄の扉越しに聞こえる雨音は、今日はしなかった。
曇天の切れ目から、うっすらと陽が差し込んでいる。
わずかな光が、踊り場の灰色をやんわりと照らす。
コンクリートに落ちる光の筋は、まるで長い雨がようやく終わりを告げようとしている合図のようだった。
そんな柔らかな光の中、ふいに雪那が口を開いた。
「……お弁当、自分で作ってるの?」
箸を動かしていた圭の手が、ぴたりと止まる。
それは、これまでにはなかった言葉の向きだった。
「……あ、うん。ほとんど自分で作ってるよ」
そう答えながらも、圭の胸の内に、ぽつんと何かが落ちた気がした。
それが何なのか、まだうまく言葉にはできなかったが――ただ、不思議と心が温かくなっていた。
「得意なの、あるの?」
「得意ってほどじゃないけど……卵焼きとか、煮物とかかな。作り慣れてるだけだけど」
雪那は小さく頷き、圭の弁当の中をちらと見やった。
「卵焼き、綺麗に巻けてるね」とは言わなかったが、視線がそう言っているように感じられた。
「雪那は、どうなんだ? 料理とか……家のこととか」
しばらくの間、答えはなかった。
けれど、拒絶ではなく、言葉を選んでいる沈黙だった。
「……だいたい、私がやってる。家事」
その声には、どこか遠くを見るような色が混じっていた。
事実を淡々と述べるだけの口調。そこに感情はあまり見えなかったが、圭はそれ以上深く踏み込まなかった。
「料理も、できるんだな」
「うん。簡単なのばっかりだけど」
「得意なのは?」
雪那は少し考えてから、小さく答えた。
「焼きそば」
「焼きそば?」
「野菜を切って、炒めるだけだから。楽」
「……合理的だな」
「うん。あと、冷蔵しておけば次の日も食べられるし」
淡々と交わされる言葉のなかに、ごくわずかな日常が入り込んでくる。
それが、圭にはとても心地よかった。
“こんなふうに、話せるんだな。雪那と”
意識には上らなかったが、心のどこかが静かにほぐれていくのを感じていた。
ふと、階段の窓から差し込む光が強くなっていたことに気づく。
いつのまにか、雲の切れ目が広がり、陽が壁を明るく染めていた。
ほんのわずかに、空が晴れようとしていた。
それは、まるでこの時間を映すかのように、静かで穏やかな光だった。
【選択肢1】:
次の日も雪那を追いかける→5-H-fへ
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【選択肢2】:
諦める→5-Iへ
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