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Episode.2-B~後悔と邂逅~

前話:Episode.1~Prologue~

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/1/

 サイコロは「2」の目を示していた。


 篠原圭は、掌の上で止まったその小さな立方体を見つめながら、胸の奥に重たいものが沈んでいくのを感じていた。彼自身の意志ではないにせよ、人の願いを拒むという行為に、拭いがたい後ろめたさがつきまとっていた。


 そっと息を整え、彼は立ち上がる。


「ごめん、高嶺さん。君のお願いには応えられない」


 その言葉は、静かで、どこか慎重だった。彼女を傷つけたくない、しかし自分の意思は伝えないといけない、二つの思いに板挟みになっていた。

 断られたというのに雪那は何もなかったかのように表情を変えない。圭の心配など嘘のようにケロッとしている。


「……分かりました」


 雪那は食い下がることもなく、あっさりと引いた。

 丁寧に頭を下げる様子はまるで機械のようで、その様子に気味悪さすら感じる。


「君のこと、決めてあげられはしないけど……困ったことがあったら相談に乗るから、さ」


 圭が口にしたそれは、誠意というには曖昧すぎる言葉だった。それでも、雪那はほんの僅かに口元を動かす。


「……うん」


 表情に色はなかった。ただその一言が、唯一の返答だった。


「それじゃあ、また明日……」


「……うん」


 そうして、圭は踵を返す。振り返ることはなかった。

 拳の中のサイコロを強く握りしめながら、彼は逃げるように廊下を歩き去った。


――――――――


 雪那は、誰もいなくなった廊下に一人取り残された。

 静寂の中、ひとつ息を吐く。


(……また探さないと)


 そう思っただけだった。

 落胆も悲しみも、彼女の虚無を崩すには至らない。どんな感情も頭の中で微かに膨らんではすぐに萎んでいくばかりだ。ただ、次を探す必要があるという事実だけが、彼女の中に残った。


「……」


 雪那はまた一つ息を吐くと、圭の消えていった廊下を辿るように歩き出した。


――――――――


 教室に戻ると、数人の生徒が雪那の机の周りで屯していた。

 まだ荷物が置きっぱなしであるため、彼女のことを待っていたのだろう。

 雪那の姿を見つけると、その中のひとりが明るく声をかけてくる。


「高嶺さん、今から皆で遊びに行こうと思ってるんだけど、よかったら一緒に行かない?」


 雪那は少し考えるように目を閉じると、わずかに口元を緩ませた。


「……うん。行く」


 その答えは簡潔で淡々としていて、そこからどんな感情も読み取ることはできない。しかし、クラスメイト達はその返答を聞いた途端、顔を綻ばせた。


「やった! じゃあ早く行こ行こ〜!」


「高嶺さんがくるなら、街を案内してもいいんじゃない?」


「いいね! 他のみんなに連絡しよ!」


 教室が活気に包まれる中、今日初めて確かに笑って見せた転校生の少女はまたいつもの能面を身につけながら、窓から見える景色に心を置き去りにしていた。



――――――――



 圭は、教室を出てそのまま校門を抜けた。


 春の日差しが降り注ぐ午後の町並みは、まるで関係のない別の世界のようだった。花びらが舞い、柔らかな風が頬を撫でる。しかし、圭の胸にはそれを感じ取る余裕はなかった。


 圭は帰路から外れ、静かな裏道を抜けて、いつもの山のふもとへと向かった。

 誰かに会うつもりはなかった。今はただ、心の奥に沈むモヤモヤを何とかしたくて仕方がなかった。


 道は静かで、すれ違う人も少ない。山のふもとの入り口付近で足を止めると、見知った姿が視界の端を横切った。


「あれ、凛?」


 反射的に声をかけると、振り返った少女が驚いた表情を見せた。


「え?……わっ、センパイだ! 久しぶり〜!」


 最初は目を細めて訝しげにこちらを見ていたが、圭のことを認識するや否や大輪が咲いたような笑顔になる。

 タッタッタッと跳ねるように圭の元に走ってくる。


「わ〜ホントに久しぶり! 元気にしてた? センパイ」


「あぁ、凛こそ元気そうで安心したよ」


有栖川凛。

 一つ下の後輩で中学の時からの知り合いだ。

 登山が趣味のアウトドアな女の子で、圭の登山趣味は彼女に影響されたものだ。

 はちゃめちゃに明るい性格で笑顔の絶えない彼女はクラスの人気者だ。

 圭は彼女の服装を見て、呆れにも感嘆にもつかないため息をこぼす。


「それにしても完全装備だな。今から登るのか?」


「もちろん! だって折角、午後が休みなんだよ? 家でぼーっとしてらんないよ!」


 彼女は登山用のリュックを背負い、首からカメラを下げていた。服装もすっかり山仕様で、これから登る準備は万端のようだった。


「折角だし、センパイも一緒にのぼろ!」


「いや、今日は……登るつもりじゃなかった。ただ、なんとなく来ただけ」


 彼女の純粋な瞳に思わず目を逸らしてしまう。

 歯に物が詰まったような返事をすると、凛は不思議そうにこちらを見つめた。


「えぇ〜、どうしたのセンパイ、ノリ悪いじゃん」


 言いながら、彼女は一歩近づき、覗き込むように圭の表情を窺う。

 頭一個分低い彼女のニヤついた上目遣いは不覚にも圭の心を跳ね上がらせる。


「なにかあった?」


 圭は思わず目を逸らす。


「いや……別に何にもないけ「嘘つき」……ど」


「センパイ、いいこと教えてあげる。センパイが嘘つく時、左手が遊ぶんだよ」


「……」


 凛の勝ち誇ったような指摘に圭は参ったように頭をかく。

 中学の時から彼女は妙に鋭い時がある。それとも圭が単に隠し事が下手なだけか。

 圭が罰が悪そうに黙っていると、一転して優しい表情になった凛は圭の手を引いてくる。


「ねぇセンパイ、今から登ろ? 先輩の話、聞いてあげる」


 そう言って、彼女はにっと笑った。

 その仕草に、圭も不思議と笑みが溢れる。


「……じゃあ、少しだけ」


「ふふっ、よーし、そうと決まれば出発進行ー!」


 凛は圭の手を引いて歩き出す。山を登っているというのにその足取りは軽快で、跳ねるように進んでいく。

 圭もまたそれに釣られるように駆け足で山を登っていく。

 小鳥の囀りや木々の葉擦れに混じって、二人の談笑する声が山に吸い込まれていく。

 一年ぶりに再開した二人はつもりに積もった話を沢山した。



――――――



「……というかセンパイ、なんで高校に上がってから一度も連絡くれなかったの? 私、寂しかったんですケド!」


「それは、中学の時はまだスマホ持ってなかったから連絡先交換できなかったし、受験の邪魔になるかなって……はい、ごめんなさい」


 凛のジトついた目に言い訳が萎んでいく。


「私、たまにここに来てたんだよ? でも、ぜ〜んぜんセンパイに会えないんだもん」


「別に僕の家知ってるんだから、こっちに来てくれればよかったのに……」


 圭の言葉に凛は先ほどより二割増のジト目を向けてくる。

 彼女は呆れたように小さくため息を吐いた。


「はぁ……、そうじゃないんだよね〜。わかんないかぁ〜センパイだもんね」


「えぇ……」



――――――



「……そういえば受験勉強は大丈夫だった?」


「全然大丈夫じゃなかった!」


 元気にいうセリフじゃない、というツッコミを喉の奥に押し込む。

 凛はお世辞にも成績のいい子ではない。暇さえあれば登山服に身を包み、大自然に飛び出していく彼女が机と仲良いはずもなかった。

 中学の時は一緒に勉強をして、何とかテストを乗り越えていたのだが、圭が高校に上がってからは連絡が取れず心配していたのだ。それだけではない、凛は圭が中学を卒業する時にある宣言をした。圭と同じ高校に行くと。

 圭の通っている高校は大して偏差値の高い高校ではないが、凛の学力と天秤にかけるとなかなか厳しいところがあった。

 彼女の宣言を蔑ろにするつもりはないが、安心よりも心配が優っていたのは間違いない。


「……お前、ちゃんと勉強してたのか?」


「してたよー! 私、塾にも通ってたんだからね!」


 圭は驚きに目を見開く。


「すごいな。凛を抱えてくれる塾がこの世に存在したんだな」


「ねぇ……なんかすごい馬鹿にされてる気がするんだけど、気のせい?」



――――――



「ねぇセンパイ。どうしてずっと握り拳つくってるの?」


 こちらの手を引いて歩く凛が不思議そうにそう尋ねた。

 圭は今更気付いたように掌を開くと、そこにはサイコロがあった。そういえばあの時使ってから握ったままであったことを思い出す。


「あ、それ……そっか、まだ使ってるんだね」


「……うん」


 凛は何かを察したように、小さくうなずく。

 彼女は圭の事情を深く知る数少ない一人だった。


「後悔してる?」


 凛の言葉に圭はハッと顔をあげる。その言葉はまさに、彼の抱く感情の名前だったように思える。


「後悔……してるのかな」


 圭の脳裏に先ほどの出来事がフラッシュバックする。

 表情一つ変えないあの少女へ行った選択を自分は後悔しているのか。

 立ち止まる圭の前に凛が立つ。


「何があったかは知らないけど……もしセンパイが其れの選択に納得がいってないんだったら、自分で選んだ方がいいよ」


「……そうかな」


「そうだよ、きっと。大丈夫、センパイなら自分だけの正解を選べるよ。だってセンパイ、優しいもん」


 凛は、そう言って笑った。


 その笑顔は、圭の中のモヤモヤを、少しずつほどいていった。



――――――



 頂上に登った二人は長椅子に並んで座りながら景色をぼんやりと眺める。

 凛は撮った写真を見ながら満足そうにしている。撮りたいものはちゃんと撮れたようだ。

 夕日に照らされ橙色になった桜が舞い散る様子に身を任せていると、凛が思い出したように口を開いた。


「……そういえば、センパイにまだ言ってなかったよね」


「うん?」


 圭が凛の方を見ると彼女は遠くで輝く夕日を見つめていた。


「……高校、受かったよ。私、宣言通り頑張ったよ。だから――」


 そういうと凛はこちらを見た。夕日が暗く感じるほど、その笑顔は眩しかった。


「これからもよろしくね、センパイ?」




――――――――


 その夜、圭は自室でベッドに寝転びながら、天井を見つめていた。


 雪那のこと、凛のこと。


 そして、今日の選択。


 ポケットからサイコロを取り出し、掌の中で転がす。


 その小さな立方体は、自分の代わりに答えを出してくれる存在だった。

 今日の凛の言葉を頭で反芻する。


「……そろそろ、コイツともおさらばしないとな」


 そう呟いた声は、小さく、けれど確かだった。


 圭は目を閉じ、静かに眠りへと落ちていった。


【選択肢1】:

 明日、雪那に声をかける。→3-Cへ

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【選択肢2】:

 声をかけず、一旦様子を見る。→3-Dへ

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