Episode.4-F~僕は君のために~
前話:Episode.3-C
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放課後の教室には、もう誰の声もなかった。
蝉の鳴き声すらも届かない静けさの中で、圭は立っていた。
雪那の前に。
「……お願いがあるんだ」
静かな声だった。だが、それは胸の奥に深く沈んでいく響きだった。
雪那はゆっくりと顔を上げ、首を傾げた。
「どうして、今さら?」
その声には戸惑いが混じっていた。
それも当然だった。
一度、彼女の願いを――「選んでほしい」という願いを、圭は拒んだのだから。
「……自分でも、ずるいと思ってる」
俯きかけた視線を、意識して持ち上げた。
逃げてはいけない。今日だけは。
「あの日、君の願いを受け止めきれなかった。驚いて、怖くて……自分の感情に負けた」
指先に汗が滲むのを感じながら、圭は一つひとつ言葉を紡いだ。
「だから、サイコロに頼った。自分の責任から逃げた。君の気持ちに向き合うふりをして、誤魔化していたんだ」
雪那の表情は読めなかった。
ただ、じっとこちらを見つめていた。
その黒曜石のような瞳が、何かを探るように揺れていた。
「……でも、もう逃げない。今度は、自分の意思で言う」
一拍、息を整える。
「もう一度……君の力になりたい。もし、まだ間に合うなら。僕を、君の関係相手に選んでくれないか」
沈黙が落ちた。
廊下の遠くで、誰かの笑い声がかすかに響いた。
それすらも、幻のように感じられるほど、この場の空気は張り詰めていた。
雪那は、視線を伏せていた。
まるで、心の奥を覗き込むように。
しばらくして、そっと小さく息を吐き、そして顔を上げた。
「……どうして?」
「君のことを、知りたいから。君がどんな時に笑って、どんな時に黙って、どんなことで心が揺れるのか。それを、知りたいって思ったから」
言葉にして初めて、気づいたことだった。
彼女に興味があるとか、特別だとか――そんな単純な感情ではなかった。
ただ、彼女が「誰かに選ばれる」という行為を、自分の意思で引き受けたかった。
それだけだった。
雪那は、少しだけ瞳を見開いていた。
そして――ゆっくりと頷いた。
「……わかった。もう一度、信じてみるね」
その言葉が、圭の胸を貫いた。
痛みではなかった。重みだった。
この言葉を、決して裏切ってはならないという、静かな重み。
「ありがとう」
圭はそう言い、はっきりと頭を下げた。
そうして、二人は再び関係を結ぶこととなった。
だがそれは、以前のような曖昧なものではない。
運任せでもなく、逃げでもない。
これは、圭の意志による選択だった。
そして雪那もまた、その選択を、自分の意思で受け入れた。
不思議な関係が、ようやく本物の関係になった瞬間だった。
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