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せつな  作者: 666
春編
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Episode.4-F~僕は君のために~

前話:Episode.3-C

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/6/

 放課後の教室には、もう誰の声もなかった。

 蝉の鳴き声すらも届かない静けさの中で、圭は立っていた。


 雪那の前に。



「……お願いがあるんだ」



 静かな声だった。だが、それは胸の奥に深く沈んでいく響きだった。

 雪那はゆっくりと顔を上げ、首を傾げた。



「どうして、今さら?」



 その声には戸惑いが混じっていた。

 それも当然だった。

 一度、彼女の願いを――「選んでほしい」という願いを、圭は拒んだのだから。


 

「……自分でも、ずるいと思ってる」



 俯きかけた視線を、意識して持ち上げた。

 逃げてはいけない。今日だけは。



「あの日、君の願いを受け止めきれなかった。驚いて、怖くて……自分の感情に負けた」



 指先に汗が滲むのを感じながら、圭は一つひとつ言葉を紡いだ。



「だから、サイコロに頼った。自分の責任から逃げた。君の気持ちに向き合うふりをして、誤魔化していたんだ」



 雪那の表情は読めなかった。

 ただ、じっとこちらを見つめていた。

 その黒曜石のような瞳が、何かを探るように揺れていた。



「……でも、もう逃げない。今度は、自分の意思で言う」

 


 一拍、息を整える。



「もう一度……君の力になりたい。もし、まだ間に合うなら。僕を、君の関係相手に選んでくれないか」



 沈黙が落ちた。


 廊下の遠くで、誰かの笑い声がかすかに響いた。

 それすらも、幻のように感じられるほど、この場の空気は張り詰めていた。


 雪那は、視線を伏せていた。

 まるで、心の奥を覗き込むように。

 しばらくして、そっと小さく息を吐き、そして顔を上げた。



「……どうして?」


「君のことを、知りたいから。君がどんな時に笑って、どんな時に黙って、どんなことで心が揺れるのか。それを、知りたいって思ったから」



 言葉にして初めて、気づいたことだった。

 彼女に興味があるとか、特別だとか――そんな単純な感情ではなかった。


 ただ、彼女が「誰かに選ばれる」という行為を、自分の意思で引き受けたかった。

 それだけだった。


 雪那は、少しだけ瞳を見開いていた。

 そして――ゆっくりと頷いた。



「……わかった。もう一度、信じてみるね」



 その言葉が、圭の胸を貫いた。

 痛みではなかった。重みだった。

 この言葉を、決して裏切ってはならないという、静かな重み。



「ありがとう」



 圭はそう言い、はっきりと頭を下げた。


 そうして、二人は再び関係を結ぶこととなった。

 だがそれは、以前のような曖昧なものではない。


 運任せでもなく、逃げでもない。


 これは、圭の意志による選択だった。

 そして雪那もまた、その選択を、自分の意思で受け入れた。


 不思議な関係が、ようやく本物の関係になった瞬間だった。

続き→8-Aへ

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