Episode.4-E-d~君のいない夏~
前話:Episode.4-E-c
https://ncode.syosetu.com/n6562kv/15/
成績表が返却される音が、教室のあちこちで鳴っていた。
紙をめくる音。ため息。歓声。落胆。
様々な感情が教室という空間に混じり合い、梅雨の湿気のようにまとわりつく。
圭は自分の成績表を、ひと通り目でなぞる。
想定通りの結果だった。可もなく不可もなく。
赤点もなければ、特筆するほどの高得点もない。
だが、圭の意識は――自分の紙の中にはなかった。
「テストの結果どうだった?」
「うん、一個だけ赤点あったけど、他は大丈夫だった」
「すごいよ。頑張った甲斐があったね」
その声に、何気なく耳が反応する。
雪那の声。岡田の声。
教室の隅、ざわつく騒音の中で、ひっそりと交わされる会話があった。
一個だけ、赤点――。
そうか、雪那は勉強が得意じゃなかったのか。
初めて知った。
いや、そもそも――知ろうとしたことすらなかった。
他人のことなんて、知ろうが知るまいがどうでもいい。
そう思っていたはずだった。
なのに。
なぜか、胸の内がざわついた。
自分が知らなかった雪那の一面を、誰かが知っている。
彼女の弱さを、誰かが先に気づいて、そこに手を差し伸べている。
自分ではなく、岡田が。
“これは、きっと――嫉妬だ”
醜くて、汚くて、胸の奥に閉じ込めておかなければならない感情。
決して、誰にも見せてはいけない人間の影の部分。
その正体に気づいてしまった自分に、言い訳はできなかった。
「圭くん」
ふいに名前を呼ばれた。振り向くと、結菜が鞄を肩にかけて立っていた。
今日もどこか遠くを見つめていたその瞳が、今は真っ直ぐこちらを見ている。
「一緒に、帰らない?」
その言葉に、ほんの少し救われた気がした。
頷こうとしたそのとき、教室の入口から明るい声が飛んできた。
「センパイーっ! 一緒に帰ろ〜!」
凛が、元気よく駆けてくる。
汗ばんだ額を手の甲で拭いながら、満面の笑みでこっちを見ていた。
圭は、静かに息を吸い込んだ。
そうだ――。
自分には、自分の人生がある。
雪那には、雪那の人生がある。
それは交差することがあっても、混ざり合うことはない。
他人の人生に嫉妬して、立ち止まっている時間なんて、ない。
目の前には、結菜がいる。凛がいる。
歩く先には、まだ見ぬ風景がある。
「……行こうか」
言葉に出すと、不思議と心が軽くなった。
そうして圭は歩き出す。
後ろを振り返ることなく、前を向いて。
胸の中で、名もなき感情にそっと別れを告げながら。
扉の向こうでは、夏の陽がわずかに地面を照らし始めていた。
――*――*――
End
最初へ→
https://ncode.syosetu.com/n6562kv/1/




