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Episode.4-E-c~どこかに~

前話:Episode.4-E-b

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/14/

 六月の風は、少し湿気を帯びていた。

 梅雨入り前の、重たく曇った空が町を覆っている。


 圭は窓際の席に座りながら、ペンを持つ手を止めた。

 目の前のノートには、凛のために作った問題のまとめ。だが、視線はそこに留まっていなかった。



「……やっぱり、あそこはダメか」



 呟いた声は、誰にも届かないほど小さい。


 本当は、いつものカフェで勉強会を開くつもりだった。

 お気に入りの落ち着いた店で、結菜と凛と一緒に、期末テスト対策を進める予定だった。


だが――。


 聞こえてしまったのだ。

 放課後、廊下ですれ違った女子たちの会話。

「高嶺さんと岡田くん、あのカフェで一緒に勉強するんだって」

 そんな何気ない一言が、圭の心を釘で打ち付けた。


 知りたくもなかった。けれど、耳は自然とその言葉を拾っていた。


 そして今、圭たちは別の静かなカフェの片隅にいる。

 木目の机、控えめなジャズ、空調の音が落ち着きを演出していた。

 完璧な勉強環境――のはずだった。



「センパイ、今日ずっとボーッとしてるよ?」



 向かいの席で凛が首をかしげる。

 明るい声色と人懐っこい笑み。普段なら、それだけで元気が出るのに。



「もしかして、難しい問題考えすぎて脳が過熱しちゃった?」


「……あぁ、うん。ちょっと、な」



 曖昧な笑みを返す自分が、歯がゆい。


 横では結菜が、じっとこちらを見つめていた。

 普段よりも言葉少なに、静かにページをめくっている。だが、何も感じていないわけではない。



「圭くん、ここの公式……って、どうしたの?顔、怖いよ」


「あ、ごめん。すぐ説明する」



 焦ってノートを覗き込みながら、頭の中ではまだ別の店の景色を想像していた。

 雪那と岡田が、並んで座り、机の上に教科書を広げ、言葉少なに問題を解いている光景。

 そんな姿を、見たわけでもないのに、はっきりと想像できてしまう。


 もう、自分には関係のないことのはずだった。

 あの時、選ばなかった道。

 あの時、拒んだ願い。


 それでも――今でも、こうして心を掻き乱される。


 一体、この感情はなんという名前なのだろう。


 嫉妬?後悔?執着?それとも――。



「もー、可愛い女の子が目の前に二人もいるのに、ほかごと考えちゃダメだよ、センパイ」



 凛が、半ば呆れたように、でもどこか楽しげに言ってくる。

 結菜も、横で小さく笑った。

 その笑顔は、まるで「逃げるな」と言っているようで、胸の奥がちくりと痛んだ。



「……ごめん。ちゃんと集中する」



 ペンを握り直す。

 今はテスト勉強に集中しよう。

 彼女たちのために。

 そして――自分のために。


 もう、過去の選択に縛られてはいけない。


 だけど、心の片隅で、それでも名前のつかない感情が、じっとこちらを見つめていた。

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