Episode.4-E-c~どこかに~
前話:Episode.4-E-b
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六月の風は、少し湿気を帯びていた。
梅雨入り前の、重たく曇った空が町を覆っている。
圭は窓際の席に座りながら、ペンを持つ手を止めた。
目の前のノートには、凛のために作った問題のまとめ。だが、視線はそこに留まっていなかった。
「……やっぱり、あそこはダメか」
呟いた声は、誰にも届かないほど小さい。
本当は、いつものカフェで勉強会を開くつもりだった。
お気に入りの落ち着いた店で、結菜と凛と一緒に、期末テスト対策を進める予定だった。
だが――。
聞こえてしまったのだ。
放課後、廊下ですれ違った女子たちの会話。
「高嶺さんと岡田くん、あのカフェで一緒に勉強するんだって」
そんな何気ない一言が、圭の心を釘で打ち付けた。
知りたくもなかった。けれど、耳は自然とその言葉を拾っていた。
そして今、圭たちは別の静かなカフェの片隅にいる。
木目の机、控えめなジャズ、空調の音が落ち着きを演出していた。
完璧な勉強環境――のはずだった。
「センパイ、今日ずっとボーッとしてるよ?」
向かいの席で凛が首をかしげる。
明るい声色と人懐っこい笑み。普段なら、それだけで元気が出るのに。
「もしかして、難しい問題考えすぎて脳が過熱しちゃった?」
「……あぁ、うん。ちょっと、な」
曖昧な笑みを返す自分が、歯がゆい。
横では結菜が、じっとこちらを見つめていた。
普段よりも言葉少なに、静かにページをめくっている。だが、何も感じていないわけではない。
「圭くん、ここの公式……って、どうしたの?顔、怖いよ」
「あ、ごめん。すぐ説明する」
焦ってノートを覗き込みながら、頭の中ではまだ別の店の景色を想像していた。
雪那と岡田が、並んで座り、机の上に教科書を広げ、言葉少なに問題を解いている光景。
そんな姿を、見たわけでもないのに、はっきりと想像できてしまう。
もう、自分には関係のないことのはずだった。
あの時、選ばなかった道。
あの時、拒んだ願い。
それでも――今でも、こうして心を掻き乱される。
一体、この感情はなんという名前なのだろう。
嫉妬?後悔?執着?それとも――。
「もー、可愛い女の子が目の前に二人もいるのに、ほかごと考えちゃダメだよ、センパイ」
凛が、半ば呆れたように、でもどこか楽しげに言ってくる。
結菜も、横で小さく笑った。
その笑顔は、まるで「逃げるな」と言っているようで、胸の奥がちくりと痛んだ。
「……ごめん。ちゃんと集中する」
ペンを握り直す。
今はテスト勉強に集中しよう。
彼女たちのために。
そして――自分のために。
もう、過去の選択に縛られてはいけない。
だけど、心の片隅で、それでも名前のつかない感情が、じっとこちらを見つめていた。
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