EpisodeN.1-B~夏の匂いと春の忘れ物~
Episode”N”は夏編を示しています。お間違えのないよう。
前話
:Episode.15-B
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夏の日差しが、容赦なく全身を焦がしていた。
木々は緑濃く、その枝葉は風を孕みながらざわめいている。春に花を咲かせていた頃とは、まるで別物の世界だ。圭は山頂で一人、木陰に腰を下ろし、幹に背を預けていた。額に落ちる汗を指で拭うと、真っ青な空が視界に広がる。
遠くで蝉が鳴いていた。連なる声が山の空気に響いて、まるで夏を宣言しているかのようだ。
圭は景色を眺めながら、先ほど終わった終業式のことを思い返す。
「来年は受験で遊べないだろうから、今のうちに遊んどけよー」
担任が笑いながら言ったその言葉は、冗談のようでいて、現実を鋭く突いていた。仮にも教師がそんなことを口にしていいのか――そう思ったが、確かにその通りなのだろう。何の気兼ねもなく遊べる夏など、きっともう二度と来ない。
――夏らしいこと。
そう考えたから、ここに来たのだ。静かな場所で、風を感じながら、何をしようかと頭を巡らせるために。
けれど、考えたところで何も浮かばない。それもそうだ。今まで夏らしいことをしてこなかったのだから。
それでも、不思議と焦りはなかった。今年は何か、夏らしいことに一歩近づけそうな、そんな気がしていた。
……ただ、ほんの少しだけ、胸の奥に引っかかるものがある。
まるで何かを――何か、重要なことを――忘れているような。
その予感は、終業式のあとに訪れた。
教室を出ようとした瞬間、隣の席の少女が声をかけてきたのだ。
「――篠原君」
圭は木々の間から覗く空を仰いだ。
脳裏に残る声と、いま聞こえる現実の音が重なる。
振り返るとそこには、雪那が立っていた。
白い半袖のブラウスに、淡い色のスカート。陽射しに透ける髪が、夏の光を柔らかく反射している。
圭はわずかな動揺を隠すように、上擦った声をあげた。
「どうしてここが分かったの?」
彼女はわずかに息を弾ませながら答えた。
「メッセージ送っても既読がつかなかったから……家に行ったら、家の人が山にいるって……」
急足で登ってきたのだろう。ほのかに紅潮した頬が、無表情な彼女に生気を与えている。
スマホを見てもメッセージは届いていない。よく見れば圏外を示すマークが表示されていた。
確かに、メッセージが届くはずがない。
「……ごめん、タイミング悪かったね。それで、どうしたの?」
問いかけると、雪那はスマホを両手で握りながら、用件を伝えた。
「クラスメイトに、プールに誘われたんだけど……行ったほうがいいかな?」
蝉の声が、強くなる。
夏が始まろうとしていた。
けれど、どこかで針が引っかかるように、思考が止まる。
プール。夏。遊び――
そう、まるで当然のように始まった夏休み。そのこと自体には違和感はない。
だが――「何かが抜けている」ような感覚。
ずっと耳の奥で鳴っていた、微かなノイズ。
まるで、カレンダーの予定を見落としているような、不完全な既視感。
言葉にするには、まだ形にならない。
ただ確かに、何かを忘れている――気がした。
【選択肢1】:
許可する→N.2-Cへ
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【選択肢2】:
違和感に従う→N.2-Dへ
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