Episode.15-A~君の選択には価値がある~
前話:Episode.14-A
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テスト明けの昼休み。
教室のそこかしこで、紙の擦れる音と、小さな歓声、あるいは落胆のため息が入り混じっていた。
「やったー、平均越えたー!」
「くそっ、あと2点だったのに……!」
担任が返却していった答案用紙の束は、クラス中にさまざまな表情を生んでいた。その中心で、圭は落ち着いた様子で自分の答案を見つめていた。
「ふう……まぁ、いつも通り、って感じかな」
手応えのあった教科も、苦手なところも予想通り。余裕のある点数で赤点はもちろん回避。だが、問題は――
隣をちらりと見た。
雪那が答案を一枚一枚、無言でめくっていた。
緊張感はなかった。ただ、何かを確認するように、確かめるようにその目を動かしていた。
「……どうだった?」
圭がそう尋ねると、雪那はほんの一瞬、答案の束を見下ろし、それから答えた。
「……ギリギリ。でも、赤点じゃなかった」
口調はいつも通り淡々としていたが、そこには明らかに――“誇らしさ”があった。
「そっか。頑張った成果が出てよかったね」
「……うん。頑張った」
頷く彼女の言葉に、圭も自然と頬を緩めた。
先生もどこか驚いたように、「今回は全体的に成績が良かったな」と教室でぼやいていた。いつもより平均点が高い。きっと、誰かが率先して教える空気を作ったのだろう。圭は内心で、森川や竹下にも感謝していた。
――――――
放課後、部活や委員会に向かうクラスメイトたちを見送りながら、二人はいつもの道を並んで歩いていた。
陽射しは強いが、夕方の風はやや涼しく、セミの声が遠くで聞こえ始めていた。
「テスト、終わったね」
「……うん。ようやく、夏って感じ」
「委員会、どう? 図書室の仕事、慣れてきた?」
「……うん。静かで、好き」
短く交わされる言葉の間に、心地よい沈黙が流れる。
それは以前よりも、ずっと自然だった。
歩道橋に差しかかろうとした時だった。
雪那がふいに、歩みを緩めた。
「……ねえ、篠原君」
「ん?」
「……どうして、私にいろいろしてくれるの?」
その問いに、圭は足を止めた。
「私のお願いを聞いてくれた君は私を好きに従わせることだってできるのに、私がクラスに馴染めるように行動してくれた。どうして?」
彼女の声はかすかに震えていた。
風に揺れる黒髪の下で、その瞳だけが真っ直ぐに圭を見ていた。
圭は、口を開きかけて――やめた。
(――罪滅ぼし、なんて言葉じゃ、だめだ)
言いかけた言葉を、胸の内に押し込む。
きっとこれは今言う言葉ではない。それは本性であって本心ではない。
圭は少しばかり逡巡した後、口を開いた。
「……誰かのために生きてこそ、人生には価値がある」
「……」
「アインシュタインの言葉。人生なんて大層なことをいうつもりはないけど、僕は君のために生きてもいいと思ったんだ」
本音ではない言葉。しかし、確かにこれもまた圭の本心からの言葉だった。
初めて彼女と出会ったあの日から、圭は彼女のことを守りたかった。
なぜ、そう思うのか。今ならわかる。
雪那は圭の言葉をゆっくりと咀嚼している。
やがて、ぽつりと――
「……ありがとう」
その言葉は、今までに聞いたどんな台詞よりも、彼女の感情を帯びていた。
そして、次の瞬間。
雪那は、笑った。
ほんの少しだけ口元を緩めて、頬の筋肉が動く。それはとても小さな変化だった。
だが、今までのどんな表情よりも確かに“人間らしい”笑顔だった。
それを見た瞬間、圭は胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。
その笑顔が、何よりも答えだった。
――ああ、本当に良かった、と。
夕日に照らされて、二人の影が長く伸びる。
夏の入り口。
それは、ようやく笑顔で彩られた――彼女自身の夏だった。
夏へ→N.1-A
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