Episode.14-C~隙を見せたお前が悪い~
前話:Episode.13-B
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カチャリ、と鍵が開く音がした瞬間、圭の胸の内に小さな緊張が走った。
玄関の扉を引くと、そこにはすでに三人の少女たちが並んで立っていた。
私服姿の彼女たちは、いつもとはまるで印象が違って見えた。
制服という“枠”がないだけで、人はこんなにも自由で、近く感じられるのかと圭は思った。
「お邪魔しまーす!」
一番に口を開いたのは、もちろん凛だった。
白地にカラフルなラインの入った半袖のトップスに、動きやすそうなショートパンツ。スポーティーで元気な印象そのままの格好だ。
「……学校以外出会うの、なんか変な感じだね」
結菜はやや控えめに頭を下げる。
薄手のカーディガンを羽織り、足元までふわりと落ちるロングスカート。柔らかく揺れる布地が彼女のたおやかさをそのまま体現していた。
そして――
「……入って、いい?」
雪那は、初めて会った日と同じ淡い色のワンピースを身にまとっていた。
やや色褪せたその服は、彼女にとって“選ばれたスタイル”なのだろう。圭には、どこか象徴的な印象すら与えていた。
「うん、上がって。スリッパあるから使って」
三人を迎え入れ、リビングに通すと、テーブルの上にはあらかじめ用意しておいた問題集とノートが並べられていた。
――――――
勉強会は、静かな立ち上がりを見せた。
雪那と凛が問題に詰まるたびに、圭と結菜がそれぞれ横からサポートに入る。
とりわけ英語の文法や数学の関数は、二人にとっては鬼門だった。
「ここはね、be動詞と一般動詞が混ざってるから……」
「へぇ〜……分かりそうで分かんないやつだこれ……」
「わかる。でも図にすると、こんな感じ」
結菜がさらさらと図を描く横で、圭は凛のプリントを覗き込み、間違いを優しく指摘していく。
雪那は相変わらず口数が少ないが、何かを理解した時はほんのわずかに頷く。
そんな、静かで真面目な時間が、しばらく続いた。
――少なくとも、昼過ぎまでは。
「……ねえ、もうそろそろ飽きた!」
いきなり凛がペンを放り出して立ち上がった。
「えっ?」
「勉強なんてずっとしてたら頭おかしくなるよ〜! ねぇ、せっかく皆いるんだし、山に登ろうよ!」
凛が指さすのは、家の裏手にある登山道。圭が幼い頃から親しみ、そして彼女とも何度も登った、あの場所だった。
「……ここでリフレッシュした方が、脳にも良いんだって! 山の上で勉強しよう、ね?」
どこか説得力があるようで、まったくないようでもある主張を、凛は満面の笑みと共にぶつけてくる。
結菜が小さく吹き出しながら、「まぁ……運動も大事かも」と同意したことで、圭はもう引き返せなかった。
雪那も、何も言わずに席を立った。
無言の合意。それは最も強い肯定だった。
――――――
気づけば、昼過ぎの太陽の下、四人は山道を登っていた。
風はやや強く、木々がざわめいている。
頂上に近づくにつれ、地面に落ちる影も少なくなり、日差しが肌にじりじりと焼きつく。
「……久々に登ったけど、やっぱり気持ちいいなー!」
凛が両腕を大きく広げて叫ぶ。
雪那は少し汗ばんだ額をハンカチで拭きながら、それでも不平の一つも漏らさない。
結菜は息を整えながら、リュックから水筒を取り出していた。
圭もまた、頂上から見下ろす嶺倉町の風景に目を細める。
けれど――
(……思ったより、時間、過ぎてるな)
太陽は傾き始め、もう夕方が近い。
山頂でノートを広げる時間など、もはや残されていなかった。
「……帰ろうか」
誰からともなく、そう提案がなされて、四人はまた来た道を下っていく。
勉強会と銘打ったこの一日は、結果的にはあまり机に向かう時間はなかった。
だが、それでも何かが確かに残ったような気がした。
空気の味、風の匂い、そして――四人の距離の近さ。
勉強はできなかったかもしれない。
でも、今日という日は、意味のある“選択”だった。
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