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せつな  作者: 666
春編
109/1444

Episode.14-C~隙を見せたお前が悪い~

前話:Episode.13-B

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/99/

 カチャリ、と鍵が開く音がした瞬間、圭の胸の内に小さな緊張が走った。

 玄関の扉を引くと、そこにはすでに三人の少女たちが並んで立っていた。

 私服姿の彼女たちは、いつもとはまるで印象が違って見えた。

 制服という“枠”がないだけで、人はこんなにも自由で、近く感じられるのかと圭は思った。


「お邪魔しまーす!」


 一番に口を開いたのは、もちろん凛だった。

 白地にカラフルなラインの入った半袖のトップスに、動きやすそうなショートパンツ。スポーティーで元気な印象そのままの格好だ。


「……学校以外出会うの、なんか変な感じだね」


 結菜はやや控えめに頭を下げる。

 薄手のカーディガンを羽織り、足元までふわりと落ちるロングスカート。柔らかく揺れる布地が彼女のたおやかさをそのまま体現していた。


 そして――


「……入って、いい?」


 雪那は、初めて会った日と同じ淡い色のワンピースを身にまとっていた。

 やや色褪せたその服は、彼女にとって“選ばれたスタイル”なのだろう。圭には、どこか象徴的な印象すら与えていた。


「うん、上がって。スリッパあるから使って」


 三人を迎え入れ、リビングに通すと、テーブルの上にはあらかじめ用意しておいた問題集とノートが並べられていた。



――――――



 勉強会は、静かな立ち上がりを見せた。

 雪那と凛が問題に詰まるたびに、圭と結菜がそれぞれ横からサポートに入る。

 とりわけ英語の文法や数学の関数は、二人にとっては鬼門だった。


「ここはね、be動詞と一般動詞が混ざってるから……」

「へぇ〜……分かりそうで分かんないやつだこれ……」

「わかる。でも図にすると、こんな感じ」


 結菜がさらさらと図を描く横で、圭は凛のプリントを覗き込み、間違いを優しく指摘していく。

 雪那は相変わらず口数が少ないが、何かを理解した時はほんのわずかに頷く。

 そんな、静かで真面目な時間が、しばらく続いた。

 ――少なくとも、昼過ぎまでは。


「……ねえ、もうそろそろ飽きた!」


 いきなり凛がペンを放り出して立ち上がった。


「えっ?」

「勉強なんてずっとしてたら頭おかしくなるよ〜! ねぇ、せっかく皆いるんだし、山に登ろうよ!」


 凛が指さすのは、家の裏手にある登山道。圭が幼い頃から親しみ、そして彼女とも何度も登った、あの場所だった。


「……ここでリフレッシュした方が、脳にも良いんだって! 山の上で勉強しよう、ね?」


 どこか説得力があるようで、まったくないようでもある主張を、凛は満面の笑みと共にぶつけてくる。

 結菜が小さく吹き出しながら、「まぁ……運動も大事かも」と同意したことで、圭はもう引き返せなかった。

 雪那も、何も言わずに席を立った。

 無言の合意。それは最も強い肯定だった。



――――――



 気づけば、昼過ぎの太陽の下、四人は山道を登っていた。

 風はやや強く、木々がざわめいている。

 頂上に近づくにつれ、地面に落ちる影も少なくなり、日差しが肌にじりじりと焼きつく。


「……久々に登ったけど、やっぱり気持ちいいなー!」


 凛が両腕を大きく広げて叫ぶ。

 雪那は少し汗ばんだ額をハンカチで拭きながら、それでも不平の一つも漏らさない。

 結菜は息を整えながら、リュックから水筒を取り出していた。

 圭もまた、頂上から見下ろす嶺倉町の風景に目を細める。

 けれど――

 (……思ったより、時間、過ぎてるな)

 太陽は傾き始め、もう夕方が近い。

 山頂でノートを広げる時間など、もはや残されていなかった。


「……帰ろうか」


 誰からともなく、そう提案がなされて、四人はまた来た道を下っていく。

 勉強会と銘打ったこの一日は、結果的にはあまり机に向かう時間はなかった。

 だが、それでも何かが確かに残ったような気がした。

 空気の味、風の匂い、そして――四人の距離の近さ。

 勉強はできなかったかもしれない。

 でも、今日という日は、意味のある“選択”だった。

続き→15-Bへ

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