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せつな  作者: 666
春編
107/1304

Episode.14-A~辛いの好きな奴はドMって言うけど、コーヒー好きで飲んでる奴も大概~

前話:Episode.13-A

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/98/

 購買の前にはすでに数人の生徒が列を作っていた。

 その隙間を縫って自動販売機へ向かい、圭は迷わずフルーツジュースのボタンを押した。

 ――色鮮やかなラベルの、炭酸の入ったオレンジとグレープのブレンドジュース。

 雪那の表情の薄さを、少しでも明るくしてくれるような気がして。

 そして自分には、慣れ親しんだ無糖の缶コーヒーを選んだ。


――――――


 教室に戻ると、ちょうど勉強の一区切りがついたようだった。

 雪那は竹下に何かを確認され、うなずいていた。

 そのやり取りが終わるのを待って、圭はそっとフルーツジュースを差し出す。


「お疲れ。これ、買ってきたよ」

「……ありがとう」


 雪那は缶を受け取ると、一度だけラベルを見て、それからプルタブを開けた。


「勉強、どうだった?」

「……多分、順調」


 間を置かずに返ってきたその答えは、以前の雪那とは違っていた。

 淡々とした口調ではあるが、その言葉の裏には確かな自信が宿っているように感じられた。


「前よりは、分かるようになってきた。少しずつだけど……理解、できてると思う」

「そっか。それは良かった」


 自然と笑みがこぼれる。

 自分の選択が、彼女の役に立っている――

 その実感が、何よりも圭の気持ちを穏やかにした。

 しかし、缶コーヒーのプルタブに指をかけたその時だった。


「……それ、交換してもいい?」

「え?」


 振り返ると、雪那が自分の缶を軽く持ち上げていた。


「ちょっと……甘すぎる」

「あ、そうだったのか。ごめん、知らなかった」

「ううん、別に嫌じゃない。でも……コーヒーの方が、好き」


 その“遠慮のない素直さ”に、圭は小さく息を吐いた。

 そして互いに缶を差し出し、自然な動作で交換する。

 苦味と甘味が交差する、その一瞬のやりとりに、どこか親密な空気が流れていた。

 それからまた、二人は席に戻り、再び問題集を広げた。

 放課後の教室には、まだ何人かのクラスメイトが残っており、勉強会の雰囲気は静かに続いていた。

 やがて、チャイムが鳴り、校内放送で「閉館時間が近づいています」というアナウンスが響く頃――

 二人はようやく顔を上げた。



――――――



 窓の外は、もう夕焼けの時間だった。

 校門を抜ける頃には、茜色の空が街を包み込んでいた。

 舗装された帰り道を、肩を並べて歩く。

 どこか他愛もない沈黙が続いたあと、雪那がぽつりと呟いた。


「……勉強、楽しかった」

「……そっか」


 彼女の横顔には、ほんのわずかな色が差していた。

 涼やかな風が吹き抜け、夕暮れの住宅街の輪郭を柔らかく包んでいく。

 その中で二人は、静かに、けれど確かな足取りで前へと進んでいった。

 それは、ささやかな夏の入り口。

 そして、誰にも気づかれない、小さな変化の始まりだった。

続き→15-Aへ

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/120/

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