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せつな  作者: 666
春編
102/868

Episode.13-E~幸せになろうとしないなんて卑怯だ~

前話:Episode.12-F

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/95/

「コーヒーで」


 レジで注文を済ませながら、圭は自然と視線をカウンター奥の棚へと向けた。

 このカフェのコーヒーは、圭の中でちょっとした評判だった。

 香り、味、温度。どれもが過不足なく、ここでしか味わえないバランスで整っている。


「よろしければ、本も一冊ご一緒にどうぞ。おすすめの棚からお選びいただけますよ」


 にこやかな店員の声に、圭は目を細めて笑った。


「今日は……勉強なんで。また今度、読みにきます」


 そう言って視線をやった先、おすすめの棚には以前から気になっていた作家の新刊がさりげなく置かれていた。

 そのことを胸に留めて、結菜の待つ席へと歩いていく。

 テーブルにはすでに、彼女のノートと教科書が広がっていた。

 並んで席に着き、自分の鞄からも筆記用具を取り出す。

 ドリンクが届いたタイミングで、勉強は静かに始まった。



――――――



 カフェの中は、ほどよく抑えられた照明とジャズの音楽。

 そして、コーヒーの香りが空間にふんわりと広がっていた。

 圭の前には、黒く澄んだコーヒーの液面。

 その湯気が、曇った意識を少しずつ整えてくれるようだった。


 (……落ち着くな)


 結菜のペンがノートを滑る音が心地よいリズムになる。

 静かな店内で、ただ文字を追う。問題を解く。集中して、また解く。

 だけど――

 ふと、思った。

 (……どうして、こんなにも心が穏やかなんだろう)

 過去のことが、ふいに胸を刺した。

 自分は人を傷つけた。

 未熟な選択で、一人の少女の心に、深い影を落としてしまった。

 そのはずなのに――今、自分はこうして穏やかにコーヒーを飲み、勉強をしている。

 (……いいのか、こんな自分で)

 危うく、深い自己嫌悪の渦に飲み込まれそうになる。

 心に沈むような感情が広がっていく。

 そのときだった。

 圭は自分を落ち着かせるように、コーヒーを一口、口に運んだ。

 舌に広がるのは、馴染んだ味――けれど、いつもより少し、苦かった。

 それは、まるで自分自身への戒めのようで。

 圭はそっと目を閉じて、もう一度コーヒーを口に含んだ。

 すぐ隣で、黙々と勉強に取り組む結菜の存在が、圭を現実へと繋ぎとめていた。

 そして静かに、二人の時間は過ぎていった。

続き→14-Iへ

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/115/

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