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6

ガルリクは壁からそっと身を離し、一歩前へ出た。

「失礼します。」

礼儀正しく、しかし揺るがぬ声で三人の教師に向かって言う。

レディ・アンセラは、気だるげに片手を挙げて応えた。

リッサラはわずかに口元を緩める。

ダリアン・ヴォスはというと、まるで空気のように彼を無視した。

ガルリクは何も言わず、そのまま扉を静かに閉めて部屋を出た。

ちょうど振り返った瞬間だった。

廊下の隅、柱の影に寄りかかるような人影が目に入った。

「そこにいるなら、入ってくればよかったのに。」

ガルリクは腕を組み、視線を向ける。

「エルドゥス軍での階級を考えれば、貴族と年老いた魔女一人くらい、簡単に相手できるだろう?」

影から静かに現れたのは、無口なレンジャー、ハレスだった。

彼のマントは埃っぽく、目元には疲れの色が濃かった。

まるでついさっきまで街を歩き回っていたかのようだ。

「問題は相手じゃない。」

低く、掠れるような声でハレスは答える。

「こういう場が苦手なんだ。言葉ばかり多くて、目線が冷たい。」

(そして、少し声を落として続けた)

「政治は……昔から他人任せだった。」

ガルリクは鼻を鳴らし、歩き出した。

数歩遅れてハレスが並ぶ。

「戦場では部隊を指揮し、大陸を半分も踏破した男が、椅子に座った三人の前で固まるとはな。」

「……俺の部下たちは、無駄口が少なかった。」

ハレスは苦笑交じりに返す。

彼らは貴族の区画を抜け、外の石階段へ出た。

夕暮れの陽射しが金色に降り注ぎ、空気は香辛料と潮と、焚き火の匂いで満ちていた。

城から街の中心へと続く石畳の通りを、二人はゆっくりと歩く。

見知った衛兵が軽く会釈をするも、その目には関心の色は薄い。

傭兵など、使い捨ての駒に過ぎない——そんな扱いだった。

「他の奴らは?」

ガルリクは、もう答えが予想できるといった調子で尋ねた。

ハレスは肩をすくめ、遠ざかる船を眺めながら答える。

「街を“探索”に行った。ちょっとした遠足みたいなもんさ。俺は巻き込まれる前に逃げた。」

「止めることもできただろう。まだ命令権はある。」

「それはもう……俺の役目じゃない、隊長。」

その一言には敬意が込められていたが、同時に軽い皮肉も含まれていた。

役割はとっくに変わった。

だが、古い呼び方はそう簡単には消えない。

「明日までに全員無事で揃ってたら、それだけで奇跡だな。」

「きっと、酒場で酒浸りになってる。くだらない武勇伝と一緒に。」

二人はくすっと笑い合った。

ちょうどそのとき、香ばしい肉の匂いが脇道から漂ってきた。

言葉もいらず、同時に角を曲がると、低い屋根と灯りのついた窓を持つ小さな酒場が見えた。

最も静かな隅の席に腰掛け、二人は黙って木製のジョッキを手に取った。

料理を待つ間、店内のざわめきはぼんやりと耳に届くが、

二人の間には、別の時間が流れていた。

暖炉の火がパチパチと音を立てて燃える。

それだけが、彼らの静寂を彩っていた。

「さっき、あの部屋で言ってたこと……聞いてた。」

ハレスが炎を見つめながら言った。

「“平和の幻想”か。相変わらず考えすぎる癖は抜けてないな。」

ガルリクは軽くうなずき、ジョッキを傾けた。

「心配してるのは、危機そのものじゃない。

誰もそれに気づいていないことだ。

貴族も、学院も、港を守る者たちも。

みんな、目を逸らしている。」

ハレスは答えず、ただ静かに聞いていた。

「これが、俺にとって最後の仕事になる。」

ガルリクは穏やかに続ける。

「選抜が終わったら……家に帰る。息子が待ってる。もう六歳で、口だけは隊長クラスだ。」

その言葉に、ハレスの口元がわずかにほころぶ。

「ストームヘム……だったな。」

「ああ。寒い、いや、凍えるほど寒い場所だ。

でも、そこにあるのは違う静けさだ。

安らぐ沈黙——誰かに見張られてるような静けさじゃない。

それに、家族がいる。」

ハレスはそっとうなずく。

「……いい選択だ。」

(ここで、ガルリクは誘う)

「お前も来るか? 歓迎するぞ。」

ハレスは視線をそらしながら、ぽつりと答える。

「……考えとくよ。」

その返事は淡々としていたが、どこか遠い。

ガルリクは察した。

だが、深くは踏み込まなかった。

男同士——それもこういう生き方をしてきた者たちの間では、言葉以上に沈黙が多くを語る。

(ガルリクは目を細め、軽く飲みながら言った)

「いつになったら本当の理由を話してくれるんだ?

お前ほどのキャリアで、エルフ帝国を捨てたわけを。」

ハレスは微かに微笑み、静かに出口へと歩き出した。

「他のみんなにも、幸運を。」

そう言い残し、テーブルの間をすり抜けていく。

「それと……支払いは任せたぞ、隊長。」

ガルリクは軽くジョッキを掲げ、唇にうっすらと笑みを浮かべた。

「調子に乗るなよ、レンジャー。」

だが、ハレスはもう、ダルカンの暖かな夜に溶け込むように姿を消していた。

店の外では、街が穏やかな息を吐き、揺れる明かりと炭火の香りが漂っていた。

ガルリクは一人、隅の席に座り続けた。

暖炉の炎がパチパチと音を立て、手元のジョッキはまだ温かかった。

視線はただ、揺れる火に向けられていた。

そして——ここ数日間で初めて、

その沈黙が、敵意を持たないものに感じられた。


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