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3

昼過ぎ。

アエレンは、足を引きずるようにして家へ戻った。


空腹で腹の中が火のように燃えている。

頭はぼんやりし、足取りはどんどん重くなる。

まるで、大地そのものが彼を引き留めようとしているかのように。


身体中の筋肉が痛み、腕は小刻みに震え、頭の中では鈍い脈動が続いていた。

だが、それ以上に辛かったのは、胃の底に広がる虚無感だった。


訓練が終わった直後、アエレンは耐えきれず、こみ上げるものを吐き出してしまった。

師範の小屋の脇で、膝をつき、顔色を失いながら。

誰もはっきりと指摘はしなかったが、きっと気づかれていたに違いない——そう思うと、恥ずかしさで胸が痛んだ。


家に入った瞬間、温かな匂いが鼻をくすぐった。

煮込み料理と、焼きたてのパン。

幼い頃、暖炉のそばで母に呼ばれたあの冬の日々を思い出す。


埃まみれのブーツを脱ぎ、ふらふらとテーブルへ向かう。

そこにはすでに、父のブレン・ソラスが座っていた。


ブレンは大柄な男だった。

灰色に染まった分厚い髭、静かな眼差し、そして長年港で働き続けた証のような、硬く荒れた手。


黙々と、小さなナイフを磨いていた。

油の染みた布で、丁寧に、まるで儀式のように。


窓から射し込む陽光が、テーブルの端を照らし、木の表面に金色の光を踊らせていた。


「戻ったか。」

視線も上げず、ブレンは低く言った。


「……ひどい顔してるな。」


アエレンは深いため息をつき、椅子に崩れ落ちるように座った。


「……ありがとう、パパ。すごく励まされた。」


「飯は食ったのか?」


アエレンは少しだけ目をそらした。


「……頑張ったんだけど。」

ぼそりと答え、後頭部をかきながら。


ブレンは初めて顔を上げ、太い眉をわずかにひそめたが、特に責めることはなかった。


静かに立ち上がり、大きな鍋からたっぷりと煮込みをすくうと、アエレンの前に置く。

その後、焼きたてのパンも無言で差し出した。


アエレンは、空腹のまま、黙って手を伸ばした。


***


午後は、重たい空気とともに過ぎていった。


机に向かい、硬直した背中を丸めながら、アエレンは必死に試験勉強を続けた。


スパイア・オブ・ルーン学院——

そこに入るためには、剣だけではだめだ。

知識、理論、魔法、歴史、貴族の系譜、古代戦争の年表……

すべてを覚えなければならない。


本音を言えば、剣の稽古を十本こなす方がずっと楽だった。

けれど、逃げるわけにはいかなかった。


アエレンは、渋々ながらも、ページをめくり続けた。


そして、日が傾き、家族がそれぞれの部屋へ引き上げた頃——

家の中には、静寂だけが残った。


アエレンはそっと動き出した。


きしむ床板に細心の注意を払いながら、隠し場所から一冊の古びた本を取り出す。


革張りの表紙。

黄ばんだページ。

複雑な魔法陣と、見慣れない呪文たち。


それは、父が港で修理の見返りにもらったものだった。

中身になど興味を持たなかった父とは違い、アエレンにとって、それは宝物だった。


彼は家を抜け出し、村の裏手にある小さな草原へ向かった。

そこには、すでに仲間たちが待っている。


エリックとライヤ。


月光の下、アエレンは本を広げ、地面に魔法陣を描き始めた。

呪文を唱え、指先に力を集めようとする。


時には、何も起こらなかった。

けれど、時には——


小さな火花が指先に生まれたり、

ふわりと葉っぱが宙に浮かんだりした。


エリックは、どれだけ頑張っても成果を出せなかった。

一方で、ライヤはアエレンとほぼ同じくらいの結果を出していた。


その小さな奇跡のたびに、三人は目を輝かせた。


成功するかどうかなんて、どうでもよかった。

たとえ一歩でも進んだなら、それで十分だった。


夢を追うには、それだけで十分だったのだ。



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