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突然、鋭い音が響き渡った。
その瞬間、訓練場にいた全員が一斉に振り返る。
一瞬、静寂——
そして次の瞬間、エリックが腹を抱えて大爆笑した。
「マジかよ、アエレン!」
地面に転がりながら笑い続けるエリックは、顔を真っ赤にしながら彼を指さした。
アエレンの顔もまた、恥ずかしさで燃えるように熱かった。
——音の主は、自分の腹だった。
朝、無理に誤魔化した嘘が、今になって裏目に出たのだ。
空っぽの胃が、耐えきれずに主張してきた。
ライヤは必死に笑いをこらえ、手で口元を隠している。
ヴァレク師範は、眉をひそめながら近づいてきた。
「……食ってないな?」
低く、鋭い声で問われ、アエレンはうつむいた。
「……はい、師範。」
ヴァレクは大きくため息をつくと、小屋の壁に立てかけられていた一本の釣り竿を手に取った。
無言でアエレンに向かって突き出す。
「なら、狩りに行け。」
「空腹が、お前に何を教えるか——見せてもらおう。」
アエレンは、恥ずかしさと悔しさを抱えたまま、釣り竿を受け取った。
エリックの笑い声を背中に受けながら、黙って海の方へ歩き出す。
***
釣り自体は、難しくなかった。
父と何度も港で練習していた。
潮の流れ、隠れた岩礁、魚の習性——
この海は、彼にとって庭のようなものだった。
仕掛けを垂らしてから、ほんの数分。
ウキが力強く引き込まれ、大きな銀色の魚が釣り上がった。
問題は——
火起こしだった。
アエレンは石を打ち合わせながら、ちらちらと訓練場に視線を向けた。
ライヤとエリックは、既に次の訓練に移っていた。
エリックは重厚な一撃を連打し、全身の筋肉をしなやかに使いこなしている。
額に光る汗も、真剣な表情も、彼の集中を物語っていた。
ライヤはそれに対し、風のように軽やかに舞った。
地を滑るような足さばき、鋭く的確な反撃。
一挙手一投足が、美しさすら感じさせた。
そして、ヴァレクはその二人に向かって、無慈悲に石を投げ続ける。
突然の飛来に即座に反応できなければ、どれほどの実力者でも打ち負かされる。
鋭い罵声が飛び、わずかなミスも許されない空気が張り詰めていた。
アエレンは、ようやく小さな火がパチパチと燃え始めるのを見届けた。
魚を焼きながら、何度も深いため息をつく。
焼ける匂いが空腹をさらに刺激する。
だが、心はどんどん重く沈んでいった。
——一人で食べる、この屈辱。
仲間たちは、あの厳しい訓練に身を投じている。
自分だけ、離れた場所で、こうして食事をしている。
焼きたての魚をかじりながら、アエレンは痛感していた。
この悔しさ、この情けなさ。
それは、次第に確かな決意へと変わっていく。
目を上げると、ちょうどライヤがエリックの鋭い突きを華麗にかわしていた。
エリックも負けじと強烈な一撃を返す。
——戻りたい。
——早く、あの中に飛び込みたい。
アエレンは、握った拳に力を込めた。
もう、二度とこんな思いはしたくなかった。
アエレンは焼き魚を食べ終えると、すぐに立ち上がった。
胃の重さを無視して、訓練場へと駆け戻る。
ライヤとエリックは、もう限界寸前だった。
肩で息をし、汗まみれの顔には疲労が滲んでいる。
その二人を、腕を組んだヴァレク師範が鋭い視線で見つめていた。
「やっと来たか。」
しわだらけの顔に、わずかな皮肉を浮かべながら、ヴァレクはアエレンを見据えた。
「腹も満たして元気になったことだろう。さて——」
師範は一呼吸置き、冷たく宣言した。
「今度はお前が相手だ。エリック、ライヤ。二人同時にかかれ。」
エリックは盛大にため息をつきながら立ち上がった。
疲労を隠すために、無理に笑みを作る。
ライヤは小さく微笑み、静かな闘志を瞳に宿して剣を構えた。
アエレンの胸に、熱いものが湧き上がる。
——やってやる。
数的不利?
関係ない。
これが、今の自分を示す絶好の機会だ。
アエレンは訓練用の剣を握りしめた。
手に伝わる木の感触が、彼の決意をより確かなものにする。
「今回は石も投げん。」
ヴァレクは淡々と言った。
「目の前の敵だけを見ろ。」
三人は互いに間合いを取り、鋭い視線を交わす。
エリックが先に仕掛けた。
力強い連打。
隙を見せれば、一撃で倒されるだろう。
ライヤは素早くサイドに回り、タイミングを見計らっている。
アエレンは、最初の数撃を冷静に捌いた。
だが、すぐに悟る。
——この二人、まだ動ける。
疲労は明らかにある。
それでも、彼らは研ぎ澄まされた本能で動いている。
一瞬の油断すら、致命傷になる。
アエレンは集中した。
全神経を張り詰め、一手一手に心を砕く。
戦いは、すぐに激しさを増していった。
エリックの突きをかろうじて避け、カウンターの足払いで距離を稼ぐ。
ライヤが、隙を逃さず踏み込んでくる。
アエレンは転がるようにしてかわし、間一髪で剣を振るった。
訓練用の木剣同士が打ち鳴らす音が、空気を震わせる。
息をつく暇もない応酬。
だが——誰も引かない。
エリックは、疲れを押し殺しながら、重い一撃を連発してくる。
ライヤは、その間隙を突くように、鋭く、素早く攻め込んでくる。
アエレンの筋肉は悲鳴を上げていた。
それでも、彼は立ち続けた。
絶対に負けたくなかった。
ここで折れるわけにはいかなかった。
渾身の力を込めて、アエレンはエリックを押し返す。
一瞬、ライヤと一対一になるチャンスが生まれる。
ライヤが迷わず仕掛けてきた。
連続する速攻。
ギリギリでそれを捌きながら、アエレンは踏ん張る。
だが、そこへ——
「うおおっ!」
エリックが再び突進してきた。
三人の剣が、火花を散らしながらぶつかり合う。
互いに譲らず、互いに一歩も引かず。
呼吸が荒くなり、腕が震え、汗が目にしみる。
その時、ヴァレクの声が鋭く響いた。
「そこまでだ。」
三人は、動きを止めた。
「勝敗は——なしだ。」
「今日のところは引き分けだ。」
アエレンは、重く肩で息をしながら、顔を上げた。
目の前には、同じように荒い息を吐きながら、それでも笑みを浮かべるライヤとエリックがいた。
胸の中に、じんわりと温かいものが広がっていく。
今日の戦いは、確かに自分の中で何かを変えた。
それだけは、はっきりとわかった。