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2

突然、鋭い音が響き渡った。


その瞬間、訓練場にいた全員が一斉に振り返る。


一瞬、静寂——

そして次の瞬間、エリックが腹を抱えて大爆笑した。


「マジかよ、アエレン!」

地面に転がりながら笑い続けるエリックは、顔を真っ赤にしながら彼を指さした。


アエレンの顔もまた、恥ずかしさで燃えるように熱かった。


——音の主は、自分の腹だった。


朝、無理に誤魔化した嘘が、今になって裏目に出たのだ。

空っぽの胃が、耐えきれずに主張してきた。


ライヤは必死に笑いをこらえ、手で口元を隠している。

ヴァレク師範は、眉をひそめながら近づいてきた。


「……食ってないな?」


低く、鋭い声で問われ、アエレンはうつむいた。


「……はい、師範。」


ヴァレクは大きくため息をつくと、小屋の壁に立てかけられていた一本の釣り竿を手に取った。


無言でアエレンに向かって突き出す。


「なら、狩りに行け。」

「空腹が、お前に何を教えるか——見せてもらおう。」


アエレンは、恥ずかしさと悔しさを抱えたまま、釣り竿を受け取った。

エリックの笑い声を背中に受けながら、黙って海の方へ歩き出す。


***


釣り自体は、難しくなかった。


父と何度も港で練習していた。

潮の流れ、隠れた岩礁、魚の習性——

この海は、彼にとって庭のようなものだった。


仕掛けを垂らしてから、ほんの数分。

ウキが力強く引き込まれ、大きな銀色の魚が釣り上がった。


問題は——


火起こしだった。


アエレンは石を打ち合わせながら、ちらちらと訓練場に視線を向けた。


ライヤとエリックは、既に次の訓練に移っていた。


エリックは重厚な一撃を連打し、全身の筋肉をしなやかに使いこなしている。

額に光る汗も、真剣な表情も、彼の集中を物語っていた。


ライヤはそれに対し、風のように軽やかに舞った。

地を滑るような足さばき、鋭く的確な反撃。

一挙手一投足が、美しさすら感じさせた。


そして、ヴァレクはその二人に向かって、無慈悲に石を投げ続ける。


突然の飛来に即座に反応できなければ、どれほどの実力者でも打ち負かされる。

鋭い罵声が飛び、わずかなミスも許されない空気が張り詰めていた。


アエレンは、ようやく小さな火がパチパチと燃え始めるのを見届けた。


魚を焼きながら、何度も深いため息をつく。


焼ける匂いが空腹をさらに刺激する。

だが、心はどんどん重く沈んでいった。


——一人で食べる、この屈辱。


仲間たちは、あの厳しい訓練に身を投じている。

自分だけ、離れた場所で、こうして食事をしている。


焼きたての魚をかじりながら、アエレンは痛感していた。


この悔しさ、この情けなさ。


それは、次第に確かな決意へと変わっていく。


目を上げると、ちょうどライヤがエリックの鋭い突きを華麗にかわしていた。

エリックも負けじと強烈な一撃を返す。


——戻りたい。


——早く、あの中に飛び込みたい。


アエレンは、握った拳に力を込めた。


もう、二度とこんな思いはしたくなかった。


アエレンは焼き魚を食べ終えると、すぐに立ち上がった。

胃の重さを無視して、訓練場へと駆け戻る。


ライヤとエリックは、もう限界寸前だった。

肩で息をし、汗まみれの顔には疲労が滲んでいる。


その二人を、腕を組んだヴァレク師範が鋭い視線で見つめていた。


「やっと来たか。」

しわだらけの顔に、わずかな皮肉を浮かべながら、ヴァレクはアエレンを見据えた。


「腹も満たして元気になったことだろう。さて——」


師範は一呼吸置き、冷たく宣言した。


「今度はお前が相手だ。エリック、ライヤ。二人同時にかかれ。」


エリックは盛大にため息をつきながら立ち上がった。

疲労を隠すために、無理に笑みを作る。


ライヤは小さく微笑み、静かな闘志を瞳に宿して剣を構えた。


アエレンの胸に、熱いものが湧き上がる。


——やってやる。


数的不利?

関係ない。

これが、今の自分を示す絶好の機会だ。


アエレンは訓練用の剣を握りしめた。

手に伝わる木の感触が、彼の決意をより確かなものにする。


「今回は石も投げん。」

ヴァレクは淡々と言った。


「目の前の敵だけを見ろ。」


三人は互いに間合いを取り、鋭い視線を交わす。


エリックが先に仕掛けた。

力強い連打。

隙を見せれば、一撃で倒されるだろう。


ライヤは素早くサイドに回り、タイミングを見計らっている。


アエレンは、最初の数撃を冷静に捌いた。

だが、すぐに悟る。


——この二人、まだ動ける。


疲労は明らかにある。

それでも、彼らは研ぎ澄まされた本能で動いている。


一瞬の油断すら、致命傷になる。


アエレンは集中した。

全神経を張り詰め、一手一手に心を砕く。


戦いは、すぐに激しさを増していった。


エリックの突きをかろうじて避け、カウンターの足払いで距離を稼ぐ。

ライヤが、隙を逃さず踏み込んでくる。

アエレンは転がるようにしてかわし、間一髪で剣を振るった。


訓練用の木剣同士が打ち鳴らす音が、空気を震わせる。

息をつく暇もない応酬。

だが——誰も引かない。


エリックは、疲れを押し殺しながら、重い一撃を連発してくる。

ライヤは、その間隙を突くように、鋭く、素早く攻め込んでくる。


アエレンの筋肉は悲鳴を上げていた。

それでも、彼は立ち続けた。


絶対に負けたくなかった。

ここで折れるわけにはいかなかった。


渾身の力を込めて、アエレンはエリックを押し返す。

一瞬、ライヤと一対一になるチャンスが生まれる。


ライヤが迷わず仕掛けてきた。

連続する速攻。

ギリギリでそれを捌きながら、アエレンは踏ん張る。


だが、そこへ——


「うおおっ!」

エリックが再び突進してきた。


三人の剣が、火花を散らしながらぶつかり合う。


互いに譲らず、互いに一歩も引かず。


呼吸が荒くなり、腕が震え、汗が目にしみる。


その時、ヴァレクの声が鋭く響いた。


「そこまでだ。」


三人は、動きを止めた。


「勝敗は——なしだ。」

「今日のところは引き分けだ。」


アエレンは、重く肩で息をしながら、顔を上げた。


目の前には、同じように荒い息を吐きながら、それでも笑みを浮かべるライヤとエリックがいた。


胸の中に、じんわりと温かいものが広がっていく。


今日の戦いは、確かに自分の中で何かを変えた。


それだけは、はっきりとわかった。

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