9
エリクは草の上に寝転び、静かに寝息を立てていた。
その隣で、アエレンとライヤも腰を下ろしている。
城の庭園には昼下がりの陽光が差し込み、木々の枝の隙間から柔らかな光が降り注いでいた。
心地よい暖かさが、次の試験までの短い静寂を優しく包み込んでいる。
アエレンは木の幹に背を預け、白いテントの方へと目を向けた。
そこでは、すでに第二試験の準備が進められていた。
彼は何も言わず、時折、隣で熟睡するエリクを眺めた。
どこでも、どんな状況でも眠れる彼の才能は、もはや謎だった。
一方、ライヤは落ち着かない様子だった。
膝を抱え、指を組み、じっと前を見つめている。
「アエレン、魔法の試験……どうしよう。」
ようやくライヤが口を開いた。
「私たちが覚えた魔法じゃ、目立つには足りないかもしれない。」
アエレンは彼女を見たが、すぐには答えなかった。
ライヤは視線を落とし、小さな声で続けた。
「……おじいちゃんは、心配するなって言ってたけど。
あの人は、いつも自信たっぷりだったから。
私、そんな風にはなれない。」
そう言って、またエリクの方へ目をやった。
エリクは口を開けたまま、幸せそうに寝ていた。
「いいなぁ……」
ライヤはぼそりと呟いた。
「魔法すらまともに使えなかったくせに、あいつだけあんなにリラックスしてる。」
アエレンは答えなかった。
沈黙の理由は、緊張ではなかった。
彼の視線は別の場所へと向いていた。
木陰の向こう。
そこに、一人の少女が座っていた。
例の少女。
筆記試験のとき、インプたちに囲まれ、最後にはローヴェンに頬へ花の印を刻まれた、あの謎めいた少女だ。
今、彼女は細い幹に寄りかかり、足を組み、空を見上げていた。
枝葉がそよぐ様子を、じっと見つめているようだった。
筆記試験のときとは違った。
冷たさも、威圧感も、今はなかった。
そこにいたのは、思索に沈む、一人の若い少女だった。
動かないその姿には、作られたものではない、自然な集中力が宿っていた。
試験中は「石のよう」だった。
今は、「思索の中にいる」ようだった。
「……惚れた?」
軽く、からかうような声が横から聞こえた。
アエレンは小さく肩を跳ねさせた。
隣でライヤが、肘に頬を乗せ、からかうような笑みを浮かべている。
「な、何言ってるんだ!」
アエレンは慌てて視線をそらし、頭を掻いた。
「別に……ただ、あのときは違ったんだ。
今は……普通の、女の子に見える。」
ライヤはさらににっこり笑ったが、そのまま彼の視線を追った。
彼女もまた、遠くの少女を静かに見つめた。
そして、少しだけ、表情を和らげた。
「……あの子なら、魔法の試験も余裕だろうね。」
ライヤはぽつりと呟いた。
アエレンは頷いた。
「ああ。間違いない。」
「きっと、すごい魔法を使うんだろうな。」
ライヤの声には、わずかな悔しさがにじんでいた。
二人の間に、また静かな沈黙が落ちた。
エリクは、まるで捨てられた布団のように転がったまま、穏やかな寝息を立てている。
ライヤは膝に視線を落とし、静かに言った。
「……ああいう子が、学院にはいっぱいいるんだろうな。
——もし、私たちが入れたら、だけど。」
その「もし」は、予想以上に重く響いた。
それはただの不安ではなかった。
目の前にある、はっきりとした「差」を認める言葉だった。
◆
その時だった。
木陰で座っていたあの少女が、ゆっくりと立ち上がった。
手でチュニックに付いた葉を払うと、迷いのない足取りで、試験官たちのいるテントへ向かって歩き出した。
焦りも、傲りも、怯えもない。
一歩一歩が、まるで静かな決意そのものだった。
彼女はまっすぐ前だけを見据え、周囲の喧騒など意にも介していない。
ライヤは驚いたようにその後ろ姿を見つめ、隣のアエレンを軽くつついた。
アエレンはぼんやりとした視線を少女に向け——
そして、すぐに状況を理解した。
周囲の候補者たちは、まだのんびりと座ったり、草原に寝転んだりしていた。
彼女だけが、先に歩き出していた。
ライヤはエリクを起こそうと揺さぶったが、エリクはまだ寝ぼけてうなりながら寝返りを打った。
だがアエレンの視線は、少女から離れなかった。
彼女の、静かで力強い歩みに。
彼女だけが、すでに次の戦いに向かっていた。
そして——
試験官たちの呼び声が、次の試験の開始を告げた。
静けさは、そこで終わった。




