5話 陽のオーラは全てを燃やす
「藤白、奈良瀬。良かったら僕と一緒にお昼でも食べないか?」
そう言って教室の端っこにいた二人に声をかけたのは、三年生の先輩だ。
名前は知らないけどイケメンかつサッカー部のエースということで女子人気が高いという噂は耳にしたことがある。
「……なんで?」
「あなたとご飯を食べる必要性が感じられません」
藤白と奈良瀬はそんなイケメン先輩の誘いをばっさりと切り捨てる。
「え、は……? え……?」
イケメン君はまさか相手にされないとは夢にも思わなかったのだろう。
呆然と立ち尽くしてしまった。
「だから言ったんだ、やめとけって」
「ごめんね、藤白さん、奈良瀬さん。おいほらいくぞ」
イケメン先輩は横から現れた友人らしき人物に引っ張られて教室の外に出て行った。
その間、およそ10秒。
これが、うちのクラスの日常だ。
藤白と奈良瀬。二人とお近づきになりたい者は後を絶たない。
あれだけの美貌だ。その噂は学校中に広まっている。
大体週に一、二回はあの手のお誘いが飛んでくるのだ。
だが、その全てを二人は尽く打ち倒している。異性も同性も関係なく。
まさに難攻不落。この学校で二人と仲良くできた者はただの一人もいない。
「また食事のお誘いか。藤白と奈良瀬も大変だねぇ」
「あそこまではっきり言い切れるのも凄いけどね。尊敬する」
しかしそれも、クラスの連中にとってはいつもの光景。
殊更に意識するでもなく、各々はすぐさま視線を戻した。
ただ一人、俺を除いて。
「陽翔。お前、飯は? 今日は学食?」
「学食だけど……今日はちょっと、やらなきゃいけないことがある」
「なんだよ、それ?」
俺は立ち上がると、藤白と奈良瀬に向かって歩いて行く。
「え、おい。マジかよ!」
そんな声が後ろから聞こえた。
マジもマジ。大マジだ。
俺は今日、二人をお昼に誘う。
そして、確かめるのだ。本当に白羽こころと黒羽すいなのかを。
「藤白さん、奈良瀬さん」
「……下条君」
「何か用ですか……?」
二人はさっきイケメン君に見せた冷たい表情とは違い、恥ずかしそうに目を逸らす。
多分、昨日のことを思い出したんだろう。潔い逃げっぷりだったもんな。
「一緒にお昼ご飯食べない?」
俺は簡潔にそう告げる。
しかし二人は、それを聞いて表情を改めた。
冷たい目が俺を射貫く。
「……下条君、いつも一緒に食べてる人いるじゃん。どうして私達と?」
藤白は訝しむようにこちらを見つめる。
さっきの今だ。俺が下心を持って近付いてきたと警戒しているのだろう。
「いや、たまには他の人とも食べたいなって。ほら、せっかくクラスメイトになったんだから二人と仲良くなりたくて。だめかな?」
俺の言葉に二人は少しも表情を和らげない。
むしろその疑念は深まったようだ。
(本当は表向きの理由だけで誘いたかったけど、仕方ないか……)
二人と仲良くしたいのは本当だが、真の目的はその正体を探ること。
しかしこの二人の警戒心だと、普通のアプローチでは話の場を設けるのも難しい。
ならば、取れる手段は一つ。
俺は二人に顔を近付ける。
びくりと体を震わせる二人。警戒心が強まったのが分かった。
だが俺は、何か言われる前に決定的な一言を小声で放つ。
「白羽こころ、黒羽すい」
「「――っ!?」」
顔を離すと、二人は驚愕の表情を浮かべてこちらを凝視していた。
(これはもしかして、もしかするのか……?)
明らかに心当たりがありそうな反応だ。
心臓が激しく脈打つ。
「それで、どうかな。学食で一緒にご飯でも。なんなら今日は俺が奢るよ」
俺がにこやかに言い放つと、二人は顔を見合わせた。
藤白と奈良瀬は小さく頷く。
「……奢りなら、行こうかな」
「そうですね。ご一緒させてください」
「よかった。それじゃあ行こうか」
ざわめくクラス内。
それを意にも返さず、俺達は教室を後にする。
なんか弱みを握って連れ出した悪役みたいなムーブになってしまったが、まぁ結果オーライだろう。
後は人の少ないテラス席でゆっくり話を聞けばいい。
そんな風にこの後の段取りを頭の中で組み立てていると、
「陽翔ー! 待ってー! 私も一緒にご飯食べたーい!」
菜月が俺達の後を追ってきた。
「え、菜月……」
「藤白さんと奈良瀬さんと一緒にご飯行くんでしょ? 私も一緒に行きたい! 私も二人とはずっと仲良くしたいと思ってたんだぁ」
「あ、いや……菜月。俺ちょっと二人と大事な話が……」
「そうなの? 私が聞いちゃまずいやつ?」
「まずいかどうかは……」
俺には分からん。でも多分学校の奴にVtuberしてるなんて知られたくないだろう。
俺がちらりと藤白と奈良瀬を見ると、二人はぶんぶんと勢い良く首を横に振っていた。
やはりまずいらしい。
その様子を見ていた菜月は、がっくりと肩を落とす。
「そっか……だめかぁ……でもしょうがないよね……。それじゃあ今度また、一緒にご飯食べよ? 私、二人のこともっとよく知りたい!」
ぱぁぁと明るい笑顔を見せる菜月は、藤白と奈良瀬の手を握った。
「うっ……なんか胸が……」
「なんですかこの……圧倒的な陽のオーラは……!」
菜月の陽キャオーラに二人は当てられてしまったようだ。
空いた方の手で胸とか目を抑えていた。
というか、なんだその反応。
もしかしてこの二人……かなりの陰キャなのでは……?
二人が他人に塩対応をするのは、その容姿故に過去に色々トラブルにあったから……とかそんなことを想像していた。
外見というのはそれだけ人を惹きつける。
それで得することもあれば、嫌な思いをすることもあるだろう。
だから二人ぼっちなのも相応の理由があるのだと、俺は勝手に思っていた。
でも、もしかして違うのか……?
もしかして、ただ人見知りなだけ……?
「あの、えーっと……市園さん……手が……」
藤白は絞り出したように声を出す。
呼吸が荒く、今にも死にそうだ。
「あ、ごめんごめん。でもそんな市園さんなんて他人行儀じゃなくていいよ。同じクラスなんだから気軽に菜月って呼んで!」
にぱぁと咲き乱れる笑顔。
その瞬間、ごぉぉっと迸る陽のパワー。
俺でも一瞬たじろいでしまうほどの力を前にして、二人が耐えきれるはずもなく――
「わ、分かった! 呼ぶ! 呼ぶからちょっと止まって!」
「わ、私達が間違ってました! とりあえず落ち着いてください!」
二人は面白いくらいに取り乱していた。
ちなみに傍から見れば落ち着いているのは菜月で、突然取り乱したのが二人だ。
「えーっと……大丈夫か?」
あまりの乱れっぷりに、俺は思わず声をかけた。
「だ、大丈夫……」
「し、死ぬかと思いました……」
思い切り肩で息をしている藤白と奈良瀬。
それを見て、俺は確信する。
(間違いない。この二人、完全に陰の者だ!)
この分かりやすいくらいの動揺、間違いない。
対人コミュニケーションに不慣れな感じがビシビシと伝わってくる。
一方菜月は状況が分からないのか、きょとんとしていた。
自覚なしとは、流石は生粋の陽キャ。恐るべし。
「ねぇねぇ、私も二人のこと名前で呼んでもいい?」
「「え……」」
にこにこと笑みを浮かべる菜月に、二人は恥ずかしそうに目を逸らす。
「い、いいけど……」
「いいですけど……」
「本当!? 嬉しい! これからよろしくね、結乃ちゃん! 真白ちゃん!」
「「はぅ……!」」
菜月の自覚なき刃を前に、二人は胸を抑える。
「おい菜月。それくらいにしてやれ。でないとマジで死んじまうぞ」
「え、死……? なんで……?」
なんでだろうね。それは俺にも分からん。
分かるのは、二人は既に瀕死だということだけだ。
「よく分かんないけど……あ、引き止めちゃってごめんね。私もご飯食べなきゃ。それじゃあまた今度ご飯行こうねー! 約束だよー!」
そう言って菜月は嵐のように教室へ戻って行った。
俺の隣には肩で息をする二人の美少女。
ふらふらと体が揺れていて、今にも倒れそうだ。
その姿はさながらゾンビのようだった。
「あー……とりあえず行こうか」
「うん……」
「はい……」
小さく頷くゾンビAとゾンビB。
……なんか、予定と随分違うな?