4話 Vtuberの中の人②
「……これでもマシになった方なんだよ。最初は本当に台本棒読み、みたいな感じでさ」
「また新人にいらぬおせっかいをしておったのか。アドバイスもほどほどにしないと嫌われるぞ?」
俺は伸びそうな新人がいたらコメントでアドバイスをしている。
こうしたらもっと良くなるという趣旨のコメントだ。
だが当然、それが余計なお世話になることもある。
それは分かっている。
だが、止められないのだ。
せっかく伸びそうな資質を持っているのに、このまま埋もれてしまうのを黙って見ていられないのだ。
「加減してるし、相手は選んでるよ」
「兄ぃよ。それを世間でなんと呼ぶか知っておるか? 指示厨じゃ」
ぐさっ、と莉子の言葉のナイフが深々と心に突き刺さる。
「ぐっ……いやでもほら……別に強制してる訳じゃないし……」
「本人はアドバイスのつもりでも、向こうがそう捉えるかは別問題じゃ。視聴者一の嫌われ者になる日も近いぞ」
「ぐぐぐぅ……」
正直言い返せない。
莉子の癖に正論パンチだなんて生意気な……。
「ま、兄ぃにマネジメント力があるのは認めるがな。ほどほどにしとくのが身のためじゃ。妹の助言も、たまには素直に聞いた方がよいぞ?」
莉子は俺の肩に手を置き、慈愛の籠った眼差しを向けていた。
「莉子……」
まさかお前、そこまで俺のことを思って……。
俺はなんて幸せ者なんだろうか。
「そしてその空いた時間を我のマネジメントに回すのじゃ! そしたら我は名実ともにトップVtuberになれる! ふはははは!」
前言撤回。
こいつ自分のことしか考えてねぇ。
「感動して損したわ」
俺がヘッドホンを付け直して画面に向き直ると、
「待て待て兄ぃ。我の用がまだ済んでおらん」
莉子は慌てた様子でそれを制止する。
「用?」
「うむ。動画鑑賞もいいがの、そろそろ我の夕餉の準備をだな――」
その時、俺は耳を疑った。
別に莉子の晩飯の話じゃない。
ヘッドホン越しに聞こえてきた配信している二人の会話の内容が、だ。
『ごきげんようってさ。皆使わないの? 私んちだとおばあちゃんがよく使ってたんだけど』
『私の所も同じです。確かに普段使いはしないかもですが、そこまで変でしょうか?』
『またね、でいいとか……そんなの分かんないよね! なんかもうテンパっちゃって思わず逃げちゃった!』
『私も逃げてしまいました。あんな恥ずかしい思いはもうしたくないですね』
それは、まさに今日俺が体験した出来事だ。
「……え?」
思わず声が漏れる。
(なんで二人が、藤白と奈良瀬とのやり取りを知ってるんだ?)
たまたまか? たまたま似たような話をしているだけか?
それにしては随分と似ている……というか同じだ。全く同じ。
「兄ぃ?」
よく聞けば……声も似ている気がする。あの二人に。
(まさか、そんなことがあるのか……? 現実に……?)
あり得ないという気持ちと、もしかしてという気持ちが半々でせめぎ合う。
しかし、聞けば聞くほど声も喋り方もそっくりだ。
(藤白と奈良瀬が……白羽こころと黒羽すい……なのか……?)
『それじゃあ今日の配信はここまでー。皆、見てくれてありがとー! ごきげんよう……じゃなくて、またね!』
『またね、です!』
そうして配信は終了した。
聞き覚えのある声。
聞き覚えのある喋り方。
特徴的すぎるごきげんようエピソード。
俺の中の疑惑は、既に確信へと変わっていた。
「どうしたんじゃ、兄ぃ。そんな呆けて」
「……この二人、俺のクラスメイトかもしれない」
「はぁ?」
莉子は、何言ってんだこいつ、みたいな顔を浮かべて俺を見つめる。
ちょっと引いていた。
「流石の兄ぃでもそれはちょっと……拗らせ過ぎでは……? ラノベの読み過ぎじゃ」
「くっ、言い返したいけど言い返せねぇ……」
自分でも信じられないのだ。そんな偶然は普通起こらない。
だがさっきの雑談内容を顧みても、この二人が藤白と奈良瀬である可能性は高い。
あんな特徴的なごきげんようエピソードが全国各地で発生している訳がない。
「もしそれが本当だとして……兄ぃはどうするのじゃ?」
「そりゃあもちろん、確かめる」
直接聞くのが一番手っ取り早いからな。
もしかしてクラスメイトかも、なんてもやもやしながらでは推せるもんも推せない。
「それ、もし違ってたらVオタであることを公言するようなものだが……大丈夫かの?」
「…………」
今日の二人の態度を思い出す。
なぜか少し怖がられている、というか避けられている節がある中で、更にプラスされるVオタという属性。
寒気がした。
「……ま、まぁ……なんとかなるだろ。うん。為せば成る」
俺は考えるのをやめた。
これは思考放棄ではない。心身の防衛である。
「……よし、腹も減ったし飯でも作るか」
そう言って俺は立ち上がる。
料理は気分転換にも丁度いい。今日はオムライスでも作るか。
「そうじゃ、我は兄ぃに夕餉の催促に来たのじゃ! このままだとお腹と背中がくっついてしまう」
「あ、莉子は晩飯抜きな」
「は、え!? な、なんでじゃ!?」
「菜月に俺がVオタだってバラしただろ。その罰」
「な、それは不可抗力で……ちょっと口を滑らせたというか……事故じゃ! 我に悪意はない!」
「知ってるか? 交通事故って悪意がなくても捕まるんだぞ?」
「鬼畜! 外道! 可愛い妹が餓死してもいいのか!?」
「一食くらい抜いても死なないから安心しろ」
「やだぁ! ごめんなさい、悪気はなかったの! だから私もご飯食べたいぃぃ! ちゃんとカロリー取らないとグラマラスなお姉さんになれないぃぃ!」
「お前……結構気にしてたんだな……」
俺は縋りつく莉子を引きずりながらキッチンへと向かった。