第2夜「神様のバツ」
あの夜も…新月の真っ暗な夜だった…
家と会社の往復だけで、何かに急かされる毎日…仕事では些細なミスで毎日誰かから叱責を受ける…
遊びでやってるんじゃないぞ…
惰性でやるから同じこと繰り返すんだ…
いつになったら覚えるんだ…
もう三年近く言われ続けた。
しんどいまま家に帰れば、今度は同棲してる彼女から…
もっとしっかりしてよ…
家事もなんも全然できてない…
あなたのお母さんじゃないんだけど…
そう言われながら相手の顔色を伺ってばかりいて気持ちもなんも休まる所がない。
趣味でやってた事も口出しされて熱中していたゲームやアニメ、創作活動とか…そういう事も嫌いになっていた。
やっと1人になれたとしても、いつ誰かから責め立てられるかに怯え続け…
自分がなんのために生きてるかももう分からなくなった。
色々考え込みすぎた結果…通勤途中のプラットホームを高速で走る電車に飛び込みかけることもある。
このままじゃ本当に死ぬと思って、心療内科や精神科に通院した。
カウンセラーに話を聞いてもらい、少しだけ回復できたかなと思った時彼女から言われたのは…
「はやく良くなってよ…
そんな風にやられてたら私までもたないんだけど…」
だった…
もう誰も助けてくれない…
実家の家族にもこれまで散々迷惑かけた。
ここに来て今度は精神が病んだなんてなったらきっと失望される…
逃げ場が本当に分からなくなった…
そうして、仕事の終わった帰り道…
苦しいって感じながら空を見上げると
周りのビル群が目に入った。
「あの高さから飛び降りたら楽になれるかも…」
そうして気づいた時には、ビルの屋上にある柵の外側に立っていた…
風がすごい吹き付けてくる…
暑いとか寒いとか、そういう感覚も鈍ってる気がする…
落ちる時すごい恐怖を感じるって聞いたけど、それ以上にもう生きることが苦しい…
もう嫌だ…
そうして、身体を前に乗り出した…
最初はゆっくりに見えて、どんどん落ちるスピードが早くなっている…
それと同時に、色んなことが頭をよぎった…
「…あれ…あれ…?
なんでだろう…なんでこんな時に…!」
全部楽しい記憶だった…
それと同時に後悔が一気に押し寄せてくる…!
まだ死にたくない!!
「あぁぁ…やだ…!誰か…誰か助…!」
地面に激突したんだろくか…強い衝撃と共に、辺りから悲鳴が聞こえた…
「きゃぁぁ!!!」
「嘘だろ!飛び降りか!」
「やべぇ…おいスマホ…」
そんな声を耳にしながら意識がどんどん薄れてく…
あぁ…
なんて馬鹿なんだろう…
そう思ったけど…もう遅かった…
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『あぁ、本当にもう遅いね…』
次の瞬間、一面真っ暗な所にいることに気がついた…
「あれ……俺…ここ…?」
状況がつかめない、だって今俺飛び降りたはずなのに…!
『そうだ、君は確かに飛び降りたよ…』
「っ!!」
声のする方を急いで見る。
するとそこに立っていたのは…
「…俺…?」
『いやぁ?今の私は君の姿をしているだけに過ぎない。ここにいるのが君じゃなければ、私の姿は君以外の誰かになる。
ただそれだけの話だよ』
「……」
『何が起こったか分からない顔しているねぇ〜
まぁ簡潔に言うなら、君は飛び降りて死んだ。
自殺、いやぁ今は自死を選んだというのが正しいんだったかな?』
「えっと…そっちはもしかして、死神ですか?」
『いや、そんな上等なものじゃない。
そもそも死神ってのは、寿命を全うした生き物を冥府や三途の川って言った所まで連れていった後
、魂がちゃんと成仏できるように導く神聖の存在だ。
君も天寿をまっとうすればそうなれたよ?』
「…じゃあ…死神以外の神様ですか?」
『まぁその通りだ』
俺の姿をした神様?がこっちにあるよって来て手を差し出す。
『とりあえず、1回身体を起こしたらどうだい?
肉体はもうないんだし、身体も別に痛くないだろ?』
そう言われて、ようやく気づいた…
確かにビルの屋上から飛び降りたはずなのに
今はこうして痛みとかそういうものは感じない…
もっと言えば、さっきまで感じてた苦しみとかそういうものまでどこかに消えてしまってる気がする。
神様?の手を取って立ち上がる…
「なんか…苦しみながら飛び降りたはずなのに、今なんにも感じないです。」
『まぁ、君の感じていた苦しみはあくまで現世のものだからね。
肉体が死に、魂だけの存在となった今の君にそういった苦しみから解き放たれたわけで…
もはや色んなことがどうでも良くなってるはずだよ?』
「そう…ですね…
はは…こういう風になるならなんでもっと早く…」
『死ねばよかったと思っているか?』
「なんか一周回ってそう感じます…」
『へぇぇ…そ?』
俺の手を離したあと、右回りしながら後ろに下がり、親指と中指をくっつけた状態の片手を上げた。
『ならこうして見たらどうなるかな?』
パッチン!
「ッ!!!!!!!
あ…ぁ…ぁぁぁ…ぁぁ!!!!!!」
次の瞬間…凄まじい苦しみが全身に襲いかかった…!
飛び降りて床に落ちた時の全身の痛み…!
生きてた頃に苦しかった記憶…!
そして、俺が残してしまった人たちの悲しみや苦しみの声…!
それが何十何百倍にも重くのしかかってきた!
立って居られなくなり…そのまま地面に転げのたうち回る…!
「うぁぁぁ…ぁ…!!!
ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!!!!!!」
『ふぅ…』
パッチン…!
「…っ!」
指パッチンを再び耳にした時…あらゆる苦痛が一気に消える。
その場で四つん這いになった…
「はぁ……はぁ……はぁ…」
『今君が体感したのは君が感じた苦痛と君と関わった人間全てが絶賛感じてる苦しみ…
周りの人間が悲しむほどにその辛さは何倍にも増す訳だが…
ははぁ、君周りから本当に大切に思われてたんだな。
じゃなきゃそんな風にはなってな…』
次の瞬間、自然と身体が動いて…目の前のやつにつかみかかった…
「どうしてこんなこと!!!
死んだ後までなんの冗談だ!!!」
その後、間髪入れず片手で突き飛ばされ…同時に人差し指を突きつけられる
『君こそなんの冗談だ!』
「…っ!」
『本来であれば、君は後61年と2ヶ月生きるはずだった。
あの時、誰かに一言助けを求めれればまだまだ生きられたはずなのに…
一時の苦しみから逃れる為に激痛を伴う死を選んだ。
そのせいでどれほど多くの人間が心に傷を受けたと思う!』
その言葉に…一気に怒りが巻き起こり、目の前の自分の顔を思い切り殴り飛ばそうと拳を振りかぶる。
が、ソイツは身を交わし、勢いづいたからだが殴る方向によろけて倒れ込んだ。
無様に地面でのたうち回りながら拳に力を込めて地面を殴る。
「お前に…お前に何がわかんだよ…!
こっちは本当生きてる間苦しかったんだぞ…
助けを求める事もできなくて…
でもこうして殴りかかることも出来ない…
自分からは何も出来なくてただ言われっぱなし…責められっぱなしで…!
俺がそんなふうに苦しんでた時も、アンタはここで平気な顔して見てたんだろ?
そんな奴に何がわかるってんだよ!
答えろよ神様ぁぁぁ!!!
俺が…俺が…今どんな気持ちで…ここに…」
言い終える前に、目から涙がボロボロと流れた…
思い返せば…俺の事を大切に思ってくれた人がいた…
いたはずなのにその人たちの悲しむ姿が全然想像できなかった…
本当に…なんて馬鹿なんだろう…
『後悔してるのか?』
「……あぁ、本当になんでこんなことしたって…
謝りたい…お父さんに…お母さんに…
妹に…友達に…彼女に…みんなに…
謝りたい…ごめんなさいって…」
『…すまないが…
それはもうできない…
加えて、このままなら君の魂は未来永劫…この暗闇の中に居続けることになる…
不慮の事故とか、誰かに命じられてとか、寿命を迎えてとかじゃなく…自分から命を絶った者と言うのはそういう運命が待ち受けている…』
「…そんな」
『だが…君のその意思が紛れもない真実なら…
或いは別の選択肢がある』
「っ…!」
その言葉に一縷の望みを感じる、目の前の奴の足元に縋り付いて顔を見上げた。
「どうすればいい…?
なぁ教えてくれ…!
何でもするから!!!」
そいつが俺を見下ろして静かに口を開く
『言っとくけど相当苦しいぞ?
これまで君が辛いとか苦しいって思ってたものとは別の方向で…
しかも、その場合比喩じゃなくて本当に死にかける。
物理的に地獄を見るかもしれないけどそれでもやるか?』
一瞬、どんな恐怖が待ち受けてるか頭をよぎった…が、こんな所に居続けるよりは全然マシだ…
「や…やる…!
何でもやってみせる…」
もう1人の俺が目を瞑った後、息を漏らして二、三回頷いた…
『わかった…
ならこれからやってもらうこと説明しよう。
とりあえず足にすがりつくのやめて貰えるか?
私も立ちっぱなのそろそろ疲れてきたのでね』
「あ…」
その言葉を聞いて、そのままハイハイのような姿勢で後ろに下がる。
目の前の奴がそのまま胡座をかきながら座ると指を立てる。
『まず、君にはこれからとある世界に言ってもらう。そこは現代の科学や倫理観のない…
言うならば…中世のような面持ちの世界だ』
「…それってつまり…最近漫画とかラノベでよくある異世界転生みたいな?」
『その通り。
ただひとつ言えるのは、そういう話に登場する主人公が貰えるような武器とか魔法の才能とか能力とか
はっきり言って無い。無論私が一緒に冒険するなんて展開も期待しない事だ。』
「…」
普通、こういう時ってそういうものもらえるものだろうと思ったけど…そこはあえて言わなかった。
『加えて、君は生前自ら命を絶ってしまった為
生まれた先がやれ貴族だのやれ王子だの、英雄の子だの賢者の子孫だの…
そんな事も無い』
「それじゃあ…今と何も変わらないんじゃ…」
『だから言ったろ?
物理的に地獄を見ることになるかもしれないと…』
「…あ、そういうものが必要ない平和な世界とか…」
『馬鹿か?正直君の生きていた前世はどこの世界探しても無いくらい治安良くて平和な国だ。
私も立場上色んな世界見てきたけどあんな恵まれた環境そうそう無い。』
「…まぁ、それは俺も…」
『生憎、これから送り出そうとしてる世界はどこもかしこも戦争やってるような所で、世界総出で平和でしたなんて時代は一年あるかないかだ。』
「…殺しにきてる?」
『そうとられても仕方ないとは思ってる…』
「…でも、元日本人の中年リーマンから言わせてもらうけど…特段身体能力優れてるとか、賢いとかそういう事ないからあんまり厳しいのはちょっと」
『君立場というもの本当にわかってるのか…』
「あぁ…はいすみません…」
『はぁ…まぁ、流石に君のいうとおりだ。
平和な世界の住人にはいきなり過酷な環境になるわけなので…生まれ変わる形を少しいじらせてもらう。』
「…っ!」
『ただし、恵まれた環境は期待するな。
それは前世の君の因果の関係で望み薄だ』
一通り話した後、そいつは立ち上がった
『さて、ここまで話した通り、君はこれから更なる地獄に落ちるかもしれない。
ある種神様のバツだ。
それでもやるか?』
手を差し伸べられる…
すぐに掴み返して立ち上がった。
「それで少しでも救われるなら…」
その答えを聞いた後、笑みを浮かべていった。
『きっと後悔するぞ?』
「構わない…」
その答えと共に目の前のやつがまたしても指パッチンをした。
すると、俺の身体から力が抜け…
強烈な眠気が襲いくる…
身体が崩れ落ちそうになったその時、目の前のやつに抱き抱えられる。
『では…次の人生を頑張って生き抜け…』
「…あぁ…」
そのまま、瞼を閉じかけたときに一言、あ、そうそう…と口にした。
『ちなみにだけど…これから向かう世界、他に転生した連中がいるがそいつら力に物を言わせて好き勝手やってる。
そいつらをなんとかするのもやってもらうからがんばれ…』
「え…?」
それってどういう…そう言いかけた直後…身体が眠りに落ちた…