11・4 告白
ランベルト様の話は続く。
「老婆とその孫娘がやって来た。礼を言われたが対象が店を出てきたから、それを制して場を離れた。そんな私を孫娘が必死に『待ってくれ』と引き留めてきたのだ」
彼は目を閉じて息をついた。
嘆息の理由はわかる。そのあとの展開を知っているもの。
「無視していたが、彼女はついに私の腕に手をかけた。だから、払った」とランベルト様。「急いでいたし、鬱陶しかった。またこの顔を気に入られてアピールされるのだと思った。いや、すべて言い訳だ。払う手に力を入れすぎてしまったせいで、孫娘は私に跳ね飛ばされて地面に倒れた」
ランベルト様が私を見た。悲しそうな顔だった。
「騎士ともあろう人間が、罪もない女性に暴力をふるったのだ。なのに――」彼の目がうるんでいる。「彼女は『急いでいるところをごめんなさい』と謝り、自分のハンカチでろくでなしの私のケガの手当をしてくれた。こまどりの刺繍が美しいハンカチだった」
あれはセストの誕生日に招かれ、屋敷に向かう途中でのことだった。人込みでエマとはぐれてしまってひとりでいたときに、目の前でひったくり事件が起きたのだ。
バッグを奪われ転倒したおばあさんは、足首を痛めてしまっていた。だからそれを取り返してくれたひとのもとに行くのに、一緒に行った。
助けてくれた人は、犯人を取り押さえるときにナイフで腕を切られたようだった。だけど気づいていないのか、バッグを返すと、ズンズン離れて行ってしまう。
傷は浅いようだったし彼は明らかに急いでいた。けれど、風体から見てこの人には傷薬は買えないかもしれないと思った。
だからせめてもバイ菌がはいらないようハンカチを当て、薬代をお渡ししようとしたのだ。
あの人がランベルト様だったとは――。
「彼女は私に薬代をくれた」とランベルト様が続けた。「そのときになってようやく、自分がみすぼらしい服装の男に変装していることを思い出したのだ。裕福には見えない町娘から金など受け取れないと思ったが、対象がすでに目で追えないようなところまで行ってしまっていた。だから私は任務を優先した」
「お仕事ですもの。当然です」
それに急いでいる彼を引き留めてはいけないと思って、私のほうから先に離れたのだ。おばあさんも困って、おろおろしていたし。
だけどランベルト様は、さらに泣きそうな顔で首を横に振った。
「親切な娘に暴力をふるい、謝りもせず逃げることは当然ではない。あとになって酷く悔やんだ。会って謝り、金を返さねばと思った。すぐに調査会社に依頼して、祖母と孫娘を探させた。だけど、みつからなかったのだ」
「あの方とは偶然居合わせただけですもの。そもそも私はあの町の人間ではありませんしね」
ランベルト様が手を私の頬に近づけた。けれど触らないまま、下げる。
「中央広場で孫娘をみつけたとき、奇跡だと、今こそ謝らなければと思った。だけど君の純真無垢な顔を見ていたら、なにも言えなくなってしまったのだ。『あのときのロクデナシか』と詰られることが怖かった。私は最低な人間なのだ」
私は手をのばして、ランベルト様の両頬に触れた。温かい。氷像の冷たさでないことに、どれほどほっとしているか、きっと彼にはわからないだろう。
「転んだのは、痛かったです。一張羅も汚れてしまい、汚れを落とすのにエマがたいそう苦労していました」
ランベルト様の目が不安そうに揺れる。
「でも、あなたは思いの外強く振り払ってしまったことを、後悔していましたよね? だから特になにも思いませんでしたよ」
「え……?」
驚いたように目をみはるランベルト様。
「だってハンカチでしばる間、項垂れていたではありませんか。しばり終えたら、きちんと頭を下げてくれましたし」
そもそも、私はそんな出来事があったことを今の今まですっかり忘れていた。その程度のことだったのだ。
「コミュニケーションが苦手なひとなのだなと思って終わりですよ」
「……気を遣ってくれているのだな」
「違います。だって、怪我を負ってまでひったくりを捕まえてくれたひとですもの。悪気はないとわかるではありませんか」
信じられないのだろう、ランベルト様の目がまだ不安そうだ。
「あなたを氷像から戻すには、条件がありました」と伝える。
「そうなのか?」と、目をみはるランベルト様。
条件があったことは、彼に知らせていない。みんなにそうしてくれるよう頼んだ。私が自分で伝えたかったから。
「条件は、あなたを真実愛している女性、というものでした」
ランベルト様の目がますます見開かれる。
「そうでなければ、キスした者も氷像になるのだとか。でも私、なんの不安もありませんでした」
ランベルト様の婚約者になってからずっと、不安だった。彼に相応しくなのではと感じたし、私の『好き』は恋愛的なものなのかわからずに悩んだ。
だけどランベルト様に『愛している』と告げられたときに、自然に『私も』と思ったのだ。
「ランベルト様。あなたが好きです」
小さく息をのむ音が聞こえた。それから私の手にランベルト様のそれが重なる。
「ランベルト様の手は温かいですね。ずっと触れてみたいと思っていました」
私の手は頬から離されて、彼の手に包み込まれた。
「ミレーナ。君が兄上とした契約だが、あれは破棄するよう頼んだ」
「どういうことですか?」
アイスブルーの瞳が射貫くような力強さで私をみつめる。
「ランベルト・ストラーニとして、ミレーナ・オレフィーノ嬢に正式に結婚を申し込みたい。これから必ずや君にふさわしい人間になると約束する」
「……ランベルト様が私にふさわしくないと思ったことなんて、一度もありません。そんなお約束は不要です」
いつのことだったか、ランベルト様が自分は私にふさわしくないと言ったことを思い出す。彼は婚約が決まった当初から、ずっと過去の出会いについて悩んできたのだろう。
「お申し出、謹んでお受けいたします。私はずっと、ランベルト様のそばにいたいです」
ランベルト様の表情が明るくなる。
「私も。ミレーナのいない日々など考えられない」
そう言って彼は私を抱き寄せた。
「愛している、ミレーナ」
「私もです」
しばらくの間私たちは固く抱き合っていた。
それからランベルト様が、ポツリと、
「だが、ひとつだけ不満がある」と漏らした。
「なんでしょうか」
「どうしてアランと仲を深めている」
「……?」
「以前は『アランさん』と呼んでいたのに、今は『アラン』ではないか」
身を離して彼の顔を見ると、ものすごく拗ねた表情をしていた。
あまりの可愛さに顔がほころんでしまう。
「ランベルト様の不在中、『絶対に魔法を解く』を目標にアランと協力しあっていたからですよ」
「ますます妬ける」
再び抱きしめられる。
「二度と君から離れないからな」
「お約束ですよ」
伸びあがって、ランベルト様にキスをする。氷ではない彼に私からするのは初めてで。
ランベルト様は真っ赤になったあと、嬉しそうに満面の笑みをたたえたのだった。




