11・1 氷結王子
モレノ・ザネッラのアジトで気を失った私が次に目覚めたのは、王宮でのことだった。
泣きはらした顔のノエルやエマが、私はモレノに刺されて即死レベルのケガを負ったこと、それを防ぐためにランベルト様が私を氷漬けにしたこと、その状態で王宮に運ばれて筆頭魔術師様による解凍と治癒の処置を受けたことを教えてくれた。
私が寝かされていた部屋にはふたりのほか、ウルスラ叔母さまや侍女のドゥアリー侯爵夫人がいて、あとから王妃様ととアランさんもやってきたけど、こんなときに一番そばにいてくれそうなランベルト様は姿を見せなかった。
事件の後始末で忙しいのかもしれない。仕方のないことだ。
でも、ひとめお顔を見たい。お礼も言わなくてはいけない。
そんな思いで、
「ランベルト様に会えますか」
と尋ねると、エマがはらはらと涙をこぼした。
そして王妃様が、
「彼のことについて、王からお話があります」
と、悲痛な表情で告げたのだった。
◇◇
はちきれんばかりの不安な気持ちを抱えた私が連れて行かれたのは、王宮に来た日に陛下にお目見えした部屋だった。
ただ前回と違って応接セットは端に寄せられ、中央には氷の像が置かれていた。精巧な作りのそれは両膝を床につき両手を前にした独特のポーズで、おそろしいほどランベルト様に似ている。
氷像から陛下に目を移す。
「それがランベルトだ」と陛下は静かに告げた。
「まさか」そう答えて氷像を見る。心臓が爆発しそうなほど激しく動いている。「とてもよく似ているとは思いますが」
「本人だからだ」
王妃様を見る。それから共に来てくれたアランさんやウルスラ叔母さま。ドゥアリー夫人を。誰もが泣く寸前の表情だ。
「……まさか……」
そう言う声が震えた。だって、どこからどう見ても、氷像だ。人の面影なんてない。おそるおそる触れる。ひんやりとした氷の感触。
信じたくないけれど、きっとこれは本当のことなのだ。だってランベルト様が回復した私に会いに来てくれないなんて、おかしいもの。
「……どうして、こんなことに……」
「ランベルトが氷結魔法を使うには、直接対象物に触れる必要がある。そして――」と陛下が言葉を切ったので、その目を見た。「彼は素手で女性に触れると、このようになる呪いを受けていた」
陛下の言葉に、セストの言葉を思い出す。
「昔、魔女を怒らせたのだ」
そう言って陛下は、私にすわるよう命じた。近侍さんが、気持ちが落ち着くお茶というのを渡してくる。無理やり飲んだけれど、なにも変わらない。となりにすわったウルスラ叔母さまが肩を抱いてくれる。
「九年まえのことだ」とランベルト様のとなりに立った陛下が淡々と話す。「ランベルトはまだ十六歳だったが、立派な近衛騎士として活躍をしていた」
そのときに、都内で一番大きい橋が崩落する事故が起きたという。突然のことでたくさんの人が巻き込まれた。
王立騎士団や憲兵だけでは救助のための人手がたらず、近衛騎士団からも小隊が派遣された。ランベルト様の所属隊だったそうだ。
真面目な彼は危険な現場で土砂まみれになりながらも救助活動に励み、何人かを助け出した。
その中のひとりがランベルト様と同じ年頃の少女で、すっかり彼に惚れこんでしまったのだという。
でもランベルト様は極度の女性嫌い。無関係の他人ですら心が痛くなるほどの冷酷さで、彼女をフッた。
「その少女が魔女だった」と陛下が嘆息する。「彼女は怒り狂ってランベルトに呪いをかけた」
「ただの逆恨みですよ」とアランさんの呟く声が聞こえた。「あの方が冷淡すぎるのは事実だけれど、勝手に惚れて勝手に恨んで。なんの事情も知らないくせに」
陛下がうなずく。
「魔女は『自分をフるならば、二度と女性に触れることができなくしてやる』と言って、ランベルトを呪った。そして『自分を妻に迎えるなら、魔法を解いてやる』とも言ったらしいのだが」ふう、と嘆息する陛下。「ランベルトは『女性に触れられなくてもなんの問題もない』と答えて、魔女を余計に怒らせた」
そうしてランベルト様は素手で女性にさわると、氷像になってしまう身になってしまったそうだ。
以後、陛下は秘密裏に呪いを解く方法と、姿を消した魔女を探してきたという。だけど、どちらも成果は上がっていない。
兄があんまり熱心だからランベルト様も申し訳なく思ったのだろう、王家に伝わる魔術に関する禁書を読破した。けれど結果は、禁忌術を取得しただけだったという。
陛下が私を弟の妻にと望んだのには、わずかにだけど、魔女に関する期待もあったらしい。だけど私の会った魔女はランベルト様を呪った魔女とは別人のようだし、私は魔女様の名前も居場所も知らなかった。
「ランベルト様はどうなるのですか?」
尋ねる声が震えてしまう。氷像のランベルト様はどう見ても氷の像でしかない。
「魔女を見つけ出して呪いを解いてもらう」と陛下。「ただ、九年も探して手がかりなしだ。もっとも君の祝福の情報も取りこぼしていたから、期待できないわけではないが」
その口調には、諦観がにじんでいるように聞こえた。
「ランベルトはすべてを覚悟の上で、君に氷結魔法をかけたのだ。そのことは、わかってやってくれ」
「そうよ」と王妃様。「あなたが誘拐されたのは、ランベルトが近衛騎士団長だったからよ。自分を責めないでね。彼の望むことではないから」
ウルスラ叔母さまが私の手を握りしめる。
耳の奥で、『ミレーナ、愛している』と言ったランベルト様の声がよみがえる。
愛しているから私を助けたかったの? 自分が氷の像になってまで?
ランベルト様がいないのに生きながらえても……
「魔女の情報ですっ!!」
突然聞こえた声にはっとして目をあげると、部屋にはいつのまにか王立騎士団のステファンさんがいた。かなりみすぼらしい風体の老人を連れている。
「ストラーニ近衛騎士団長は魔女の呪いだと聞いて」とステファンさんが陛下に説明をしている。「こちらの男性は、魔女を呼び出したことがあるそうなんです」
「本当か!」
老人がコクコクとせわしなく頷く。
「も、もう五十年以上前のことでごぜえます」と、彼はしわがれ声をさらにふるわせながら答えた。「ひいじいさんに聞いた方法をやったら本当に現れましてえ。でも良い魔女が出るか悪い魔女が出るかはわかんねえんですよ。わしは悪い魔女を呼び出しちまって、すべてを失っちまいました。そ、それでも知りてえですか」
「教えてください!」
私は叫んで立ち上がった。




