10・5 ランベルト様の氷結魔法
「動くなっ!」とモレノは叫び、短剣を私の喉につきつける。「一切の攻撃をするな。精神攻撃もだぞ。彼女を殺されたくないだろう?」
ランベルト様が悔しそうに顔を歪める。その後ろから近衛騎士たちが駆けてきたけれど、みな足を止めた。
「この女の命が惜しかったら父たちを解放し、財産を返すんだ!」
「なにをバカなっ!」とステファンさん。「逃げられると思うのか?」
「逃げられるさ。俺にはこの女がいるからな! ――デメリオ!」
とモレノが叫ぶと、どこからか茶髪の青年が飛んできた、左腕が血まみれだ。
「アレを出せ!」とモレノ。
うなずいた茶髪青年が懐に手を入れた。
なにを出すのか、わからない。だけどモレノは狂ったような笑みを浮かべている。絶対に危険なものだ!
集中が途切れたのか、モレノがもつ短剣が首からわずかに離れた。今だ!
こっそり外しておいた指輪をモレノの左目に押し付ける。
「解放、氷結!」
言い終える前に急いで手を放す。
モレノの叫び声が上がり、剣が更に離れた。指輪本体にもランベルト様の魔法がかかっていて、接触した部分が凍ると聞いている。
彼を突き飛ばしたのと同時に茶髪が、私を睨んで
「こいつ……!」と叫ぶ。
そして懐から出した瓶を床に投げつけた。
黒いモヤが立ちのぼり、みるみる間に広がっていく。
「毒の煙幕だ!」と茶髪。「お前ら全員死ぬがいい! 俺たちは耐性があるがな!」
茶髪が私の手を掴み、引っ張る。
「お前は来い! モレノ様、逃げますよ!」
私は大きく息を吸い込むと、嵐の歌を歌い始めた。
とたんに風が吹き始め、すぐに勢いを増す。凄まじい音を立てて、狂ったようにあらゆる方向から吹きつける。大粒の雨が天井から激しく降りそそぐ。
私以外の人間はまっすぐ立っていることもままならない。雨粒には小石を投げつけられているかのような痛さを感じるはずだ。モレノも茶髪も、近衛騎士の多くも床に膝をついて風の勢いをしのいでいる。
いくつかのフレーズか過ぎたところで、歌うのをやめた。もう黒いもやは影も形もない。
「ミレーナ!」
最後までしっかり立っていたランベルト様が駆け寄って来る。
「ランベルト様!」
私も走り出す。だけど何歩もいかないうちに、背後から腕を掴まれ、またも引っ張られた。よろけて倒れこむ。私を掴んでいたのは茶髪だった。
「ミレーナ!」
叫んだランベルト様が剣を振り降ろす。
――そのあとはなにが起こったのか、よくわからなかった。
ただ私は、私を守ろうとしたランベルト様がモレノに刺されそうになったから、それを防ぎたかった。
「ミレーナ! ミレーナ! しっかりしろ!」
ランベルト様が泣きそうな顔で私を見下ろしている。
お腹が焼けるように痛い。
「治癒ができる魔術師は!」叫ぶランベルト様。
「まだ到着しておりません!」と、どこからか返事があり、ランベルト様がますます情けないお顔になる。
もしかしたら私はとてもひどいケガをしているのかもしれない。お腹は痛いし、胸も苦しい。段々ランベルト様のお顔がぼやけてきた。
「ミレーナ!」
ランベルト様の頬にむけて手をのばす。だけど不思議なことに、まったく動いていないみたいだ。
「……泣かないでください……」
私は大丈夫ですから。
「ミレーナ。君を助けるためには、これしか方法を思いつかない」
『そんなに私は危険な状態なのですか』と尋ねたいけれど、うまく口が動かない。
そんな私にランベルト様がキスをする。
「愛しているよ、ミレーナ」
私も。
ランベルト様が手袋を外す。初めて彼の手を見るというのに、ぼやけてよく見えない。
「凍らせるが、助けるためだ」
そう言って、彼は私のお腹に手を伸ばした。痛いだけだった場所に、冷気を感じる。
ああ。町娘さんが、ランベルト様は人も凍らせることができると話していたっけ。
私、彼に凍らされるのね。
散々凍てつきそうな思いをしてきたけれど、本物の氷になるのは初めてだわ――。




