10・4 脱出しよう
『生きてここを出たければ、おとなしくしていろ』とモレノは言った。だけど、『取引材料だから殺さない』とも言った。
そちらの言葉に賭けよう。無茶をして見つかっても、殺されないと思いたい。
彼らが私がおとなしくしていると思っているうちに、逃げる。
立ち上がり、部屋を見渡す。魔法がかかっているようには見えないけれど、彼らがあれだけ自信満々なのだから、魔術師たちが魔法で私をみつけるのは難しいのだろう。
次に左手にはめた指輪を見る。ランベルト様がくださった、『彼をまとう』指輪。これには魔法がかかっている。
ランベルト様だって、自分の変化が世間にどのように思われているかは、わかっている。彼が私を大切にすればするほど、私が彼の弱点になり敵に狙われることも。
だからもしものときに、私のいる場所がランベルト様にわかるようになっているのだ。ただ、モレノたちの魔道具が、これにも影響を及ぼしているかもしれない。だからその機能には期待はしていない。
私が今、すべきことは――
ブルーダイヤのバラ模様を扉の鍵があるあたりに向ける。
深呼吸をして。
「解放。氷柱攻撃」
言い終えると指輪が青い光を放ち、むっつのブルーダイヤが宙に浮かんだ。瞬く間にノエルの背丈ぐらいありそうな巨大なツララになり、切っ先を扉に向けて驀進する。
激しい音を立てて、次々とツララが扉を貫いた。
むっつの穴があいた扉が、キィ……と物悲し気な音を立ててゆっくりと開く。
ゴクリと唾を呑み込む。
どうしよう。予想以上に派手なことになってしまった。
ブルーダイヤにランベルト様の使う魔法攻撃術がしこまれている、と聞いていた。私がキーワードを口にすれば発動する。とも。
でもまさか、こんなに威力があるものだなんて思わなかったのだ。だってダイヤ、指先に余裕で乗るような小さいサイズだったもの。こんなに巨大化するなんて思わないじゃない?
絶対にいまの破壊音、誰かの耳に届いたよね?
でも、だからこそ急いで逃げないとダメか。小走りに扉に駆け寄り、部屋の外を見渡す。
やはり地下らしくて窓はない。壁にひとつだけついている燭台の明かりで、なんとか様子がわかる。この部屋が地下のどんづまり。正面に進むと階上に上がる幅の広い階段がある。それから扉が左にひとつ。
ツララは真正面の階段に刺さって幾分か壊しているけど、使えないことはなさそうだ。
そして人は誰もいない。降りて来る気配もない。
もしかして。魔力なしの私がここから逃げ出せると考えていないから、いまの爆音もほかのところから聞こえたと勘違いしているとか?
なんでもいいや。早く逃げよう。
通路に出ると、なにか武器になるものでもないかと扉をひとつ開けてみた。なんだかよくわからない品物が雑多に置いてある。禁制品の魔道具置き場かもしれない。使い方も安全性もわからないから、武器にしようがない。
諦めて、階段を上る。その途中で全身に奇妙な感覚がした。なにか抵抗力があるものの中を進んでいるような、そんな感覚だ。それが消えた瞬間、頭上から騒がしい音が聞こえてきた。叫び声にドタバタとした足音、そして剣を交える音。
助けが来ているのかもしれない!
モレノの魔道具で地下と階上の音が分断されていたのかも。
でも、理由も原因もどうだっていい。
ランベルト様が助けに来てくれているかもしれない。
モレノたちがもし、危険な魔道具を持っていたら……!
階段を駆け上がろうとしたそのとき、誰かがすごい勢いで駆けおりてきた。
「お前っ、なぜ出ている! って、なんだこのツララは!?」
そう叫んだのはモレノだった。
「お前、魔法は使えないんじゃ……。まあいい、来いっ!」
手首を掴まれ、引っ張られた。倒れこみそうになったところで、首に腕を回される。苦しいけれど彼のもう片方の手には短剣がある。抵抗しようがない。
恐ろしくて膝がふるえてうまく歩けない。だけどモレノも確実に焦っている。
「死にたくなかったら、おとなしくしていろ」
そのまま引きずられるように階段を上がる。モレノは
「くそっ、なんでここがバレたんだ。魔道具は完璧なはずなのにっ」と、吐き捨てるように呟いている。
「元々お前を捕まえるために、怪しい建物をピックアップしていたからだ!」
そんな叫び声がして、階段の上がり切ったところに人影が現れた。王立騎士団のステファンさんだった。
「ストラーニ団長、こちらにミレーナ様が!」と、彼が声を上げる。
「おおっと、近寄るなよ」とモレノ。「大事な令嬢を死なせたくないだろう? 下がれ、俺たちを通らせろ」
ステファンさんはそれに従い、モレノと私は階段を上り切る。出た場所は、またしても通路のどんづまりだった。ただ住居の地階に出たらしく、明るい日差しが入っている。
「ミレーナ!」
ランベルト様が角から飛び出してきた。




