9・1 元婚約者、ふたたび現れる
御前試合から一ヵ月ほどたった頃、ジャンヌ様は隣国へと旅立っていった。
「ミレーナ、さみしい?」
と、シャルロット様がジャンヌ様が餞別にくれたお菓子を食べながら尋ねる。
このひと月ほどは、シャルロット様、ジャンヌ様、私の三人で何度も女子会をした。
『女子会』というのはその名のとおり、女性だけで集まる会なのだそう。お茶会となにが違うのかはよくわからない。姫様が侍女の噂話を耳にして始めたのだ。
「あなたは他にお友達がいないものね」
「はい。とてもさみしいです」
「ちょっと!」と口をとがらせるシャルロット様。「そこは『私にはシャルロット様がおります』と答えるところでしょう!」
「ですがシャルロット様は王女殿下ですから、お友達というのは恐れ多いことです」
「王女だって友達は友達よ!」
「では、そのように」
本来ならシャルロット様は年齢の近い令嬢と親しくするのがよいと思う。けれど体の弱さが原因で、うまくいかないらしい。シャルロット様がどうしても、健康な令嬢を羨んでしまうそうだ。
ジャンヌ様とは年が離れているからか、とても仲良くなった。でも、もういない。さみしいのは私だけでなく、シャルロット様もだろう。
その代わりといいわけではないけど、今度、弟のノエルを彼女に会わせることになった。
医師や魔術師のおかげでお父様の体調はだいぶよくなっている。少しづつではあるけれど、当主としての仕事も再開しているそうだ。だからお父様を領地にひとり残しても、大丈夫らしい。
シャルロット様もノエルに会うことを楽しみにしてくれている。
陰では私を『悪い魔女』とけなす声があるけれど、それさえ除けば都の生活はとても平和だ。
陛下ご夫妻は優しいし、近衛騎士団の方々とも親しくなった。お友達はいないけれどウルスラ叔母さまや彼女のお友達とは親しくしていて、お茶会に招待していただくことも増えている。
御前試合のときの振る舞いを、マナー教師に咎められはした。けれど、あれのおかげでランベルト様と結婚したがっていたご令嬢たちがみな諦めたらしいので、結果的にはよかったそうだ。
ストラーニ邸での生活は楽しく、なによりランベルト様と一緒にいるととても幸せだ。
……少しばかりランベルト様の愛情表現が過激だけど、イヤではないというか、むしろ嬉しいというか。
この幸せが『好き』からきているのかどうかいまだに自信を持てていないものの、私の生活はとても順調だった。
◇◇
高級商店が並ぶ通りで馬車を降りた。シャルロット様が侍女の間ではやっている髪飾りがほしいと話していたのだ。お友達の証として、ぜひ私がプレゼントしたい。
エマと護衛とともに、目当てのお店を探す。
と、そんな私たちの前に突然男が立ちはだかった。
すかさず護衛が私の前に出る。
「待て、俺だ俺、セスト!」
そう叫んだのは、だいぶやつれてはいるけれど、確かにセストだった。また都に来ていたらしい。
護衛が、
「ミレーナ様に近づいたならば、斬って構わぬとの許可がおりています」と物騒なことを言った。
「いや、だって、手紙を送っても全然返事をくれないから!」とセストが泣きそうな表情であとずさる。
「ミレーナ、僕の手紙を読んでくれたか?」
手紙? そんなものは知らない。エマを見ると、彼女は首を横に振った。
「くそっ、やっぱりあの男が握りつぶしていたな!」とセスト。「頼む、話を聞いてくれ! 金を貸してほしいんだ」
「まあ!」とエマが呆れ声をあげる。
「頼む、元婚約者のよしみで」
セストは泣きそうな顔をし情けない声を出しながら、左手を『まあまあ』といった感じにつきだした。
そのてのひらには、『助けて! 殺される!』と書かれていた。




