8・幕間 氷結王子は努力したい
(ランベルトのお話です)
「ニヤニヤしすぎ。キモいです」
アランが害虫でも見るような目を私に向けている。『愛する人ができてよかった』と言ってくれた口で、なんてひどいことを言うのだ。
「だが今日のミレーナも、とても可愛らしかったのだ」
二回目のデートをした。前回と同様にふたりで馬に乗って出かけ、最初は郊外の森を散策し、そのあとは街中で買い物をした。
ミレーナはだいぶ私を意識してくれているようだ。ささいなことで顔を赤らめ恥ずかしそうに目を伏せた。
「やはり御前試合で私への好感度があがったのだな。兄上の言ったとおりだった。なぜ戦うことで女性の好意を得られるのかはわからないが、抜群の効果だ」
試合の最中、私のために泣きそうな顔で懸命に祈っていた彼女を、思い浮かべる。幸せで天にも昇る気持ちだ。
「いや、何度も言っていますが、それだけではないと思いますよ」とアラン。「ていうか、これも何度も言っていますが、嬉しいのなら嬉しいと、本人に伝えてくださいね。私に言ったって彼女には伝わりませんよ?」
「……頭ではわかっているのだが、言うより先にキスしてしまう」
「あなたは一皮むけたら、とんだ恋愛脳でしたね」
アランはため息をつくと用意した寝酒を、私の前のテーブルに置いた。
「それしかできないのだから、仕方ないではないか」
グラスを手に取り酒を口に含むと、余計な不安とともに呑み込む。
「彼女は多少は私を好いてくれていると思うのだが、どうだろう?」
「でしょうね。好きでもない男と大観衆の前でキスできるような人柄ではありませんよね。――あ、ほらすぐににやける」
片手で頬を押さえる。にやけ顔になっている自覚はないが、アランが毎回言うのだからきっとそうなのだろう。
私だって、自分が激情のままに公衆の面前で女性にキスする人間だとは思わなかった。
ましてやミレーナがそれに応えてくれるなんて。
兄上と義姉上にはこれでもかというほど喜ばれ、近衛騎士団の面々には奇跡だと祝われた。以前の私だったら鬱陶しく感じただろうが、今はただただ嬉しい。
世間ではなにやらミレーナに対する失礼な噂があるようだが、国王夫妻や近衛騎士団全体が私たちの仲を祝っているのだ。いずれ阿呆な奴らも口を閉ざさざるを得なくなるだろう。
だが――
「ダメだな。私はどんどん欲深くなる」
最初は、私との結婚がイヤでないのなら、それだけで十分幸せだったというのに。
彼女に好かれたい、私に興味を持ってほしいと望むことが増えていく。
私を憎からず思ってくれているのなら、『好き』と言ってもらいたい。
「とんだロクデナシだ」
「まさか」と、アランが笑う。「あなたはようやく普通の感情を手に入れただけのこと。ロクデナシとは違います」
そうなのだろうか。
「ロクデナシというのは、ミレーナ様の元婚約者のような男のことですよ」
それを聞いたとたんに、胸の奥がキリキリと痛んだ。
セスト・デマルコ。彼女の婚約者だった男。家同士の結びつきのために結んだ婚約だったというが、幼馴染でもあったという。
あの男は私の知らないミレーナをたくさん知っている。
出会った順番が悪かったのだから仕方のないことだと頭ではわかっているが、感情は追いつかない。
だからこそ、余計にミレーナから言葉がほしいのかもしれない。
「もっともっと、好かれる努力をしなければ」
「これ以上、やることなんてないと思いますがねえ」
だが自分のロクデナシな過去は消せないのだ。
それなら過去を帳消しにできるほど、彼女に好いてもらうしかないだろう。




