8・4 ランベルト様の試合
御前試合は近衛騎士団と王立騎士団入り混じってのトーナメント戦だ。そしてこの優勝者と近衛騎士団長たるランベルト様が戦い、真の最強騎士を決めるらしい。
今回、王立騎士団長は不参加だそう。彼は御前試合中の都警備をしている。王立騎士団で現在一番強い騎士と、警備を交代したのだとか。
「真の最強騎士になるのは、もちろん我が主です。お楽しみに」とアランさんは自信満々だ。
だけど周囲から聞こえてくる声によると、たぶんランベルト様と優勝候補である王立騎士団一の騎士の勝利の確率は五分五分。あちらはかなりの猛者だそう。
「ま、ランベルト様の出番がくるまで、気楽に楽しみましょう」
「そうね」と答えたものの、どことなく不安な気分になっている。
間違いなく、『五分五分』の噂を聞いたからだ。私はランベルト様に勝ってもらいたいらしい。
試合が始まると、予想外のことが起こり始めた。勝者には花冠が授けられる。それを彼らは大切なひとに贈りはじめたのだ。相手はほぼ女性。恋人や妻にあたるひとたちだろう。中には愛の告白つきのケースも。
「なるほどです」としたり顔のエマ。「公爵様がアレをしやすいように、ミレーナ様はこの席なのですね」
勝利した騎士たちはそのほとんどがアリーナから名前を呼んで、相手に観客席の最下段まで来てもらっている。
「そのとおり」とアランさん。「ミレーナ様、受け取ってあげてくださいね」
「……どうしよう。ドキドキしてきたわ」
「まだ早すぎますよ」とアランさんもエマも笑う。
私には全然笑い事ではないのだけどな。
と、周囲がザワリとした。たった今勝利したばかりの青年騎士がジャンヌ様の前に立っている。思いつめたような表情で。
彼は花冠を頭から外すと、
「勝利をあなたへ」とだけ言って、それをジャンヌ様の前の手すりに置いてアリーナの奥に去って行った。
「まあ、たかだか男爵家の三男のくせに、図々しい」
「王立騎士団の平騎士だろう? 身の程知らずもいいところだ」
そんな声が聞こえてくる。
ジャンヌ様はと見ると、ツンとした表情のまま、真正面を見ていた。花冠を手に取ることも、どかすようお付きの人に命じる様子もなかった。
トーナメントが進むにつれジャンヌ様の前の花冠は増えて、みっつで終了した。ジャンヌ様は、それでも動かない。
アランさんに、
「あの青年を知っているかしら」と尋ねる。
「ティンバー男爵家三男のステファンです。――二年前まではパガネッラ侯爵家のご長男の従者でした」
「ではジャンヌ様とお知り合いなのね」
「ええ」
「あなたとは?」
「今はほとんど顔を合わせることはありませんが、彼が前職のころには、従者同士としての交流が」
「ありがとう」
立ち上がり、観戦に沸いている中をジャンヌ様のもとに向かった。遠くからではわからなかったけれど、そばに行くと彼女は手を不自然に強く握りしめているのがわかった。
「パガネッラ侯爵令嬢様」
話しかけると彼女は驚いた顔を私に向けた。そばまで来ているのに、まったく気がついていなかったみたいだ。以前会ったときに比べて、目が弱々しく見える。
「お慈悲をいただけないでしょうか」
「……なんのこと?」と彼女が首をかしげる。
「そちら」と視線で花冠を示す。「私の護衛の友人らしいのです。護衛がとても心を痛めておりまして、どうぞ、お慈悲をおかけください」
周囲の観客たちにも聞こえるよう、大きな声ではっきりと言う。ジャンヌ様は仕方なく受け取るのだと思ってもらえるように。
「傲慢ですわ」とジャンヌ様。
「彼にはとても助けられているのです」
ジャンヌ様は吐息をすると、そばのメイドに
「それをしまいなさい」と命じた。
「ありがとうございます」
ジャンヌ様がまっすぐに私を見る。
「覚えておきなさい。この貸しは大きいわ」
はい、と答えてからその場を離れ、自席に戻った。周りの令嬢たちがひそひそ話していたけれど、気にしない。
「大丈夫でしょうか」とエマが声をひそめる。「ミレーナ様と因縁がある方ですよね。和解していることはほとんど知られていないでしょうし」
「構わないわ。どうせなにもしていなくても悪口を言われるのですもの」
ジャンヌ様は私の敵にならないと言ってくれた上に、味方もしてくれたのだ。なにを大切にするべきかくらい、田舎者の私にだってわかる。
◇◇
ほどなくしてトーナメント戦の優勝者が決まった。王立騎士団一の騎士だ。
いよいよふたりのランベルト様の試合が始まる。
「ミレーナ様」とエマがそっと私の手に触れた。「緊張しすぎです。力を抜いてください。そんなに怖いお顔をしてきたら、公爵様がご心配されますよ」
うなずいて、深呼吸をする。
と、歓声が上がり、アリーナにランベルト様たちが出てきた。ランベルト様はまっすぐに私を見ている。
「手を振ってさしあげて!」とアレンさん。
慌てて右手をあげると、エマが
「左手で! 指輪をつけてきたとわかるように!」
と言うので、急いで左手にかえて手を振る。
氷のような美貌を無表情に保っていたランベルト様が、嬉しそうに微笑んだ。
闘技場全体がどよめく。
私も、心臓が飛び上がり跳ね回る。
不意打ちすぎるもの!
あまりの素敵さに昇天するかと思ったわ!
あんなのは反則じゃない?
「ひええ。公爵様、ぶちこんできましたね!」とエマ。
「私は嬉しくて泣きそうです」とアランさんはなぜか手で口を覆っている。「まさかあの方の笑顔を公の場で見る日が来ようとは!」
そして開始の号令がかかる。相手の騎士はランベルト様より背も体格も重量も勝っている。この御前試合は魔法の使用は禁じられていて、剣技だけで戦う決まりになっている。ランベルト様には不利な条件ではないだろうか。
一進一退の攻防戦が続く。対戦相手様は力が、ランベルト様は俊敏さがそれぞれ勝っているようだ。
剣がかち合う高い音が途切れることなく続く。
こんなときでもランベルト様のお顔は冷ややかな表情で、ただ目だけが相手を射殺しそうなほどに鋭い。
勝ってほしい。
あれほど真剣に戦っているランベルト様が得るのは、栄光だけであってほしい。
カキン!とひときわ大きな音が響く。次の瞬間にはランベルト様の剣が王立騎士様の首を落とさんという位置で止まっていた。
「そこまで!」という審判の声がかかる。
それと同時に地鳴りのような大歓声があがった。あまりにすごくて、呼びあげられているはずの勝者の名前が聞こえない。
ランベルト様と王立騎士様が握手をしている。それから王妃様が花冠ではなく、特大の花束を勝者に贈呈した。受け取ったランベルト様が。私を見る。嬉しそうに微笑んで、走り出す。
私は立ち上がると手すりに駆け寄った。
アリーナは観客席より位置が低い。私のもとへ走り寄るランベルト様のお顔が、いつもは上にあるのに今は下にある。精一杯身を乗り出して、
「おめでとうございます!」と叫ぶ。
特大の花束が投げられ、私の横を飛んでいく。
両頬にランベルト様の手が添えられ、次の瞬間にはキスされていた。
目をつむり、片手をランベルト様の白い手袋に包まれた手に重ねる――




