8・3 御前試合の開催
ドンッドンッとお腹に響く音がして円形闘技場の上空に大輪の花火が広がると、わああっと歓声が上がった。全員で足を止めて空を見上げる。
「すごいですねえ」とエマ。
「ほんと、王都はなにもかもが破格ね」
古代の遺跡だという円形闘技場があることも、それを現在も使えることも。普段は劇を披露しているその場で、近衛騎士団と王立騎士団合同の御前試合を開催することも。そしてそれを、発案からわずかな期間を経ただけで当日を迎えてしまうことも。
「まあ、すべて陛下のワガママらしいですからね」とアランさん。「ランベルト様のイケてるところをミレーナ様にお見せして、惚れてもらおうって作戦ですから」
「それをこんなお祭りにしてしまうのは、すごいです!」
興奮した面持ちのエマが首を巡らせる。
貴族だけでなく一般のひとたちも観戦できるとあって、円形劇場は満員だった。なにしろ観戦は無料で、外にはたくさんの出店が、中では売り子が飲み物や食べ物を売っている。
にぎにぎしいお祭り雰囲気で、誰もが楽しそうにしている。だけどこういうときは悪さをする者も出る、ということでアランさんが私の護衛として同行してくれている。
「ミレーナ様は特等席ですからね」と言うアランさんの案内で観客席を進む途中、見知った顔をみかけた。
昨冬都を訪れたときに、私にランベルト様を教えてくれた町娘さんだ。素敵な男性と腕をからませ、楽しそうにしている。
エマが、
「うわあ、いいなあ」と羨ましそうな声をあげる。「やっぱり憧れと現実は別なのかしら」
「でしょうね」とアランさんが答えた。「憧れは憧れのままにしておくほうがいいのですよ。へたに手に入れようとしてダメだったときのショックは大きいですからね」
「アランさんの実体験ですか?」
「いえ、うちのランベルト様のまわりに、そういう方がゴロゴロしているんですよ」と彼は苦笑した。「ショックを受けるだけならまだともかく、中には逆恨みする方もいらっしゃいますからね」
「ひどいわ」
「まあ、ランベルト様の態度もアレなんで、わからなくもないですけどね」
そんな話をしながら陛下が用意してくれた席に辿りつくと、国王夫妻の観覧席の真正面最前列だった。
「どうしてこの席だかわかりますか?」とアランさん。
「よく見えるようにかしら」
「王族の席は高いところに設えてあるでしょう?」と彼は指を差し、それから私たちの席を見て微笑む。「ここならアリーナにいるランベルト様と話しやすい」
「なるほどねえ」と関心するエマ。
席にすわりエマとお喋りをしていると、
「ねえ、見て魔女よ」という声が耳に入った。
「いやねえ、不気味な黒魔術を使うのでしょう?」
「それでストラーニ近衛騎士団長や王族を魅了してしまっとか」
「知り合いが見たのよ。庭園中の花を散らせて王女様のお姿をお隠しになったとか」
「恐ろしいわあ」
アランさんが動きそうになるのを止めて声の主を探そうとした、そのとき。
「それを真実だと思っていらっしゃるなら、正々堂々と国王陛下の前でお話してきたらどうかしら」
凛とした声があたりに響き渡った。ジャンヌ様だ。
「宰相閣下でもいいわね。『真実』を教えてさしあげたら?」
私より何段かうしろの席にいる令嬢たちが、気まずそうな顔をしている。
そのそばにおつきを沢山連れた、ジャンヌ様が立っていた。ツンとした表情だ。私と目が合ったけれど、彼女はなにも言わずに歩き出してしまった。そのまま、わたしから三ブロックほど離れた最前列にすわった。
「……なかなかにご立派ですね」と言うアランさんが困ったような表情だった。「ランベルト様は彼女にも相当に冷淡な仕打ちをしていたはずですが」
「それでも私の敵にはならないとお約束してくださったのよ。素敵な方だわ」
それだけでなく、私の擁護までしてくれた。もしかしたら『不愉快だったから』という理由かもしれないけれど、それでも十分嬉しい。




