8・2 悪意がいっぱいのお茶会
到着したお屋敷は、とても立派だった。カルステン伯爵邸。私も伯爵令嬢ではあるけれど、オレフィーノ邸とは雲泥の差だ。
でも、ひるんではいられない。今日はこちらのご令嬢ロザリア様のお茶会に招待されたのだ。ランベルト様の婚約者として恥ずかしくない振る舞いをしなければ!
だけど出迎えに出た執事は、慇懃な態度で、
「すでに茶会は始まっております」と私に告げた。
「……いつから?」と尋ねると、
「一時間前からでございます」との答えだった。
なんてことだ。ウルスラ叔母さまの予想が当たってしまった。
カルステン伯爵令嬢のお茶会に招待されたことを伝えたら、意地悪するために呼ばれた可能性があるから用心しなさいと助言してくれたのだ。
執事に案内されたサロンに入ると、大きな円卓を五人の令嬢が囲んでいた。その中にはランベルト様をお慕いしているという、パガネッラ侯爵令嬢ジャンヌ様のお姿もある。
私の到着を執事が告げると、ひとりの令嬢が笑顔で立ち上がりやってきた。
「ロザリア・カルステンです。本日は招待に応じてくださり、ありがとうございます」
「お招きいただき、ありがとうございます。ミレーナ・オレフィーノです」
「来てくださってよかったですわ」とロザリアが微笑む。「なかなかいらっしゃらないので、わたくしのお茶会など参加したくないのかと心配をしておりました」
彼女の後方で、令嬢たちが冷ややかな目で私を見ている。
「そうですか。――このようなことは言いたくはないのですが」
実際に胃が痛いわ! でも、がんばって手持ちのバッグから招待状を取り出す。とたんにロザリア様の顔がこわばった。
「こちらをお書きになった方に、『注意深くあれ』と助言したほうがよいでしょう。時間を間違えています」
招待状を開いて、ロザリア様に渡す。
「お茶会に招待されるのは初めてなのです。嬉しくて、馬車の中でずっとこちらをみつめていたのですよ。最初から参加できずに、とても残念です」
これは全部、ウルスラ叔母さまが考えたセリフだ。きっと叔母さまも、多くの修羅場を乗り越えてきたのだろう。
ロザリア様は招待状を見るそぶりをしてから、微笑みを浮かべた。
「確かに間違えていますわね。ミレーナ様、うちの使用人が申し訳ありませんでした。よく言っておきますわね」
ふう。これで第一関門突破だ。
お友達がほしかったのだけど、今日は無理なのかな。
ほかの令嬢たちはロザリア様と同じ目的なのか、なんの関係もない招待客なのか。どちらにしろ、歓迎されている様子はない。
残念だけど、その気持ちを顔に出さないように気を引き締める。
笑顔を保って他の方々にも挨拶をして、勧められた席にすわった。ロザリア様の左隣だ。ジャンヌ様はロザリア様の真正面にいる。
私の到着のせいで途切れていた会話が、再スタートした。都での流行りや、社交界の噂話。和やかに会話は進み、私は聞き役に徹する。だって、わかることがなにひとつないのだもの。
ただ、聞き役がもうひとりいた。ジャンヌ様だ。彼女も、話しかけられたときを除けば、言葉を発さない。ツンとした表情で、黙っている。
ジャンヌ様はお話するのが好きではないのか、仲良しさんがここにはいないのか。それならどうしてこのお茶会に参加したのだろう。
ヒマなので、そんなことをぼんりと考えていたら、
「ミレーナ様はどうやって魔女になったのですか」との声がした。
「え……?」
我に返ると、ロザリア様が微笑みながら私を見ていた。
「ミレーナ様は魔女なのでしょう? もう都中のひとが知っていますよ」
笑顔だけれどロザリア様の目は猛禽のような鋭さがある。ほかの令嬢たちも。ジャンヌ様だけが侮蔑の眼差しだ。
「私は魔女ではありませんが」
「あら、嘘はよくありませんわ」とロザリア様。「あなたには魔女の力があると、筆頭魔術師様が認定したのでしょう? 筆頭魔術師の認定を否定することは、彼にその役を与えた国王陛下のご判断を否定することにもなるのですよ」
ということは、筆頭魔術師様の認定内容を歪めて解釈したら、陛下の判断をそうしたことになるような……。
「誤解があるようですね」とロザリア様に向かって微笑む。「私にあるのは魔女様の祝福です」
「まあ。嘘ばっかり。魔女は気まぐれな生き物。祝福を与えるなんて、おとぎ話にすぎないとみんな知っていますわ」
令嬢がたがうなずく。ジャンヌ様をのぞいて。
「それで、どうやって魔女になりましたの? やはり邪悪な儀式をしたのかしら? それとももしかして生まれながらの魔女?」
「どちらも違います」
「ストラーニ近衛騎士団長は、どうやって魅了しましたの? 黒魔術? それとも惚れ薬のようなもの?」
ロザリア様、それからほかの令嬢がたの顔を見渡す。
「……皆様の目的は私を貶めることでしょうか。だとしたら、私だけを攻撃なさってください」
声が震えそうになるのを、手を強く握りしめて耐える。
「田舎令嬢の私でも、わかりますわ。ロザリア様の今の発言は、私を婚約者に迎えてくださったストラーニ公爵や、彼の婚約者に選んでくださった国王陛下までも貶めるものです」
ロザリア様の顔から笑顔が消えた。
「このお茶会でお友達ができるかもしれないと、楽しみにしておりました。とても残念です」
立ち上がり、辞去の挨拶をする。誰もなにも言わなかった。
サロンを出ると、すぐに執事がやってきた。無表情の彼に、待機しているストラーニ邸の馬車に声掛けをしてくれるよう頼んだ。
豪奢な玄関ホールで、ひとりで待つ。
悪意のあるお茶会かもしれないと考えてはいた。女性たちの嫉妬を受けることも覚悟していた。
だけど私は、まだその意味を本当にはわかっていなかったのだ。
悲しいやら、腹が立つやらで涙がにじみそうになる。
でも公爵夫人になる人間は、外で弱みを見せてはいけないのだ。ウルスラ叔母さまと新しいマナー教師にそう教わった。
と、人の気配を感じて振り返ると、ジャンヌ様だった。
身構える私に彼女はツンとした表情を変えることなく、
「わたくしも帰ります」と告げた。「今日のお茶会は大変に不愉快だったわ」
「えっと、申し訳ありません」
ジャンヌ様がキッと私をにらむ。
「必要のないところで謝るのはおやめなさい。不愉快だわ」
ええ……。だって不愉快だったと言ったのはジャンヌ様なのに。
「なにか誤解しているようだけど、セニーゼ侯爵夫人の件も、このお茶会もわたくしは無関係よ。不愉快だと言ったのは、つまらない嫌がらせに嬉々として興じているロザリア様たちのことですわ」
「そうなのですか!」
「当たり前よ。わたくしはパガネッラ侯爵家の娘ですわよ。いくら腹が立とうが憎かろうが、低俗な嫌がらせをして家名と己の誇りに傷をつけることなんて、いたしません」
凛として言い切ったジャンヌ様のお顔はとても美しかった。今の言葉は真意なのだと信じられるほどに。
「むろんのこと」と彼女は続けた。「なぜわたくしではなく、あなたみたいな田舎娘があの方に選ばれたのか、まったく理解ができません。ですがこんな愚かな選択をする殿方なんて、こちらから願い下げですわ」
最後の一言だけは、無理をしているのだと即座に感じた。ジャンヌ様は鼻をツンと上に向けて気の強そうな表情をしているけれど、先ほどの私と同じように強く手を握りしめている。
彼女に声をかけようとしたそのとき、執事が馬車の用意ができたと告げて玄関扉を開けた。
「パガネッラ侯爵令嬢様」
「なにかしら」
「お友達になってください!」
「どうして!?」とジャンヌ様が目を見開く。「今、言いましたわよね。『腹も立つし憎い』と!」
「でも先ほどの嫌がらせに怒ってくださったのですよね?」
ジャンヌ様がじっと私をみつめる。私もみつめ返す。
「本当に、お友達がほしいのです。敵ばかりでは悲しくて」
「……わたくし、弱い人間もいじけている人も大嫌いですの」
「ならば強くなればいいですか?」
ジャンヌ様の表情が崩れた。わずかに微笑んでいるように見える。
「わたくしからストラーニ公爵様を奪った人間と、友達になんてなりませんわ」
そうなのね。微笑んでくれたように見えたから、期待してしまった。
「でも、敵にはなりませんことよ。そんなに安いプライドではありませんもの」
ジャンヌ様ははっきりと微笑んだ。
「ありがとうございます!」
お友達ではないけれど、素敵なお知り合い様ができたわ。
お礼の気持ちを込めて微笑み返した。




