8・1 デートは三人で
暖かな日差しのもと、庭園をそぞろ歩く。
王宮にいくつもある中の、『憩いの庭』と呼ばれる庭園だ。ここだけほかのものと違って自然なつくりで、まるで村里のように様々な植物が雑多に、だけど美しいバランスで咲いている。人口の小川と池、小さい水車まである。
確かにデートには最適だ。ふたりきりで歩いたら、ロマンチックな気分に浸れるのだろう。
「素敵ね。花の香りも草の匂いもする。あ、見てちょうちょだわ」
弾んだ声を上げてシャルロット様が手を伸ばす。その先には白い蝶が二頭、たわむれるかのようにひらひらと飛んでいる。
「恋人同士かしら。楽しそうでうらやましいわ。そう思わない?ミレーナ」
「そうでございますね。仲が良さそうです」
笑顔で同意したのに、なぜかシャルロット様は不満そうに口を尖らせた。
「ミレーナって、いじめ甲斐がないわ! もうちょっと不満そうな顔を見せてよ!」
「不満、ですか?」
「あなたの婚約者を私が独占しているのよ! こんなにくっついてしまうんだから!」シャルロット様は叫ぶと、自分を抱きかかえているランベルト様にしがみついた。
シャルロット様には庭を散策する体力がないようだった。自然をテーマにした『憩いの庭』は小道が多く輿は入れない。でこぼことした地面のせいで、車いすも難しい。
だったらランベルト様が抱っこをすればいいのではないかという話になり、彼女たちのデートは実現した。
「むしろ姫様たちのデートを私が邪魔をしていて、申し訳ないのですが」
シャルロット様がますます口を尖らせる。
「叔父様! いいの? あなたの愛しの婚約者があんなことを言っているわよ!」
「嫉妬してほしいです」と、冷ややかな表情で私を見るランベルト様。
お付きの侍女や警護の近衛騎士たちが、必死に笑いをこらえている声がする。
「ほらね、ミレーナ! そんな態度ではダメなのよ」
「そうなのですか? このようなことは、あまり経験がなくて」
「そこは心配しないで、叔父様も経験がないから!」
シャルロット様が力強く励ましてくれ(?)、ランベルト様も大きくうなずいた。
「でもね、こういうときは『ほかの女の人を抱っこしているなんて、イヤ』と駄々をこねるものなのよ。この前侍女たちが休憩中に話していたもの」
シャルロット様は機嫌よく喋る。今日はだいぶ調子がいいみたいだ。
木の葉に触れ、花の香りをかぎ、小さい昆虫を観察する。陛下御夫妻によると外出は三ヵ月ぶりだとか。我が国トップの医師や魔術師をもってしても、彼女の体の弱さを改善することはできず、対処療法しかないのだという。
「あ、あそこが休憩場所ね」
シャルロット様が指さした先には、急造のお茶席が用意されていた。パラソルが立てられ、テーブルの上にはアフタヌーンティーの準備が整い、給仕たちがかしこまって待っている。
「外でお茶をするのは、はじめて!」
嬉しそうなシャルロット様は、少し手前でランベルト様からおろしてもらうと自分の足で歩いた。
「土の上を歩くのも久しぶりだわ。ねえ、ミレーナ、花の歌を歌って!」
請われるままに歌い始めると、次々と色とりどりの花が現れ宙を舞う。
シャルロット様は
「すてき!」と喜びながら、スカートをつまんでくるくると回った。
そのあとは席について、ティータイムだ。
シャルロット様はよほど気分が高揚しているのか、手ずからランベルト様と私に菓子を取り分けた。
「今日のティータイムのテーマは『デート』よ。では、叔父様。叔父様が考える、最高のデートプランを教えてちょうだい」
「……デートプラン……?」
あからさまに狼狽するランベルト様。
「まさかないってことは、ないわよね? 私は叔父様と一緒にデートするプランをたくさん考えてあるのよ? 侍女たちから、たくさん情報を仕入れたのだから!」
そう言って、彼女はたくさんのデートスポットを挙げた。
真剣に聞いているランベルト様。
「どこも良さそうだ。ミレーナは行きたい場所はあったか」と私に真顔で尋ねるランベルト様。
「シャルロット殿下とランベルト様のデートのお話ですよ!」
迂闊な彼に注意申し上げると、叔父と姪はふたりそろって不満げな顔になった。
「ミレーナ。さっき注意をしたでしょう? あなたがそういう発言をするのはダメ」
「そうでしたね。申し訳ございません」
「今の叔父様への正しい返しは、私が『ひどいわ、叔父様!』って泣き崩れることよ。楽しめる機会を奪わないでね」
「わかりました」とうなずけば、シャルロット様は
「つまらないわ」と言って、侍女に「あれを出してちょうだい」と要求した。
シャルロット様の前がささっと片づけられて、紙と木炭が置かれる。
「ふたりは好きにお話をしていていいわよ。私はスケッチをするから」
そう言うと、彼女は木炭で庭の様子を描き始めた。
とても上手い。
私たちと喋ることもお菓子を食べることもせず、真剣な目を庭と紙とを往復させて、魔法のように風景を紙に写し取っていく。
もう完成でいいのではないかと思っていたところで、シャルロット様はしばらくぶりに私を見た。
「ミレーナ。今日の記念に、虹の歌を歌って!」
のどの調子を調えて、すぐに私は歌いだす。間もなくくもひとつない青空に美しい大きな虹がかかった。
シャルロット様はまた木炭を走らせて、絵の中に虹を描いていく。
やがて彼女は木炭を置いた。
「できたわ!」両手で持って、絵を高く掲げる。頬が紅潮して目がきらめいている。「ありがとう、ミレーナ! あなたの歌は最高よ!」
◇◇
「ねえ、ストラーニ団長の婚約者の話、聞いた?」
そんな言葉が聞こえてきたのは、シャルロット様とのお茶の時間を楽しんだ帰りの廊下でだった。
話しているのは声からすると若い女性のようだけど、姿は見えない。柱の陰にいるのか、扉が開け放たれた部屋の中にいるのか。
「あの令嬢、歌うことで花とか虹をだすんですって。おととい庭園で見た子がいるのよ」
なるほど。ランベルト様と三人で散策をしたときのことだ。
「そんな魔法があるの?」と別の声が尋ねる。
「それがね、魔法ではないらしいわ。魔女の力なんですって。筆頭魔術師が鑑定したから間違いがないそうよ」
「うそでしょ? 魔女?」
「恐ろしいわよねぇ」
「団長も陛下も騙されているのではなくて?」
私を先導していた若い侍女さんが、小声で
「お気にせずに。やっかみですよ」
と、フォローしてくれる。
「ええ、大丈夫です」と、私も小声で返す。
悪口が堪えないわけではない。けれど、ランベルト様やシャルロット様をはじめとしたひとたちは、怖がっていない。だから、大丈夫。
気になんてしないわ。




