7・幕間 氷結王子は思い悩む
(ランベルトのお話です)
寝巻のボタンを止めながら、アランが
「今日は充実したデートだったようで、ようございました」と言った。
その後にからかいの言葉が続くだろうと身構えたが、アランは口を閉ざしたまま支度を終えた。肩透かしをくらった気分だ。
アランが私を真正面から見つめる。
「あなたに愛おしく思う女性ができたこと、心の底からお祝い申し上げます」
嬉しそうな微笑みに、言葉を返そうとして口を開き、だけどなにも言わないまま閉じる。
アランから目を離し、手袋をしていない己の手を見た。
「ランベルト様」
「伝えるべきだろうか」
「あなたが、そうしたいと望むのならば。嫌だと思うのなら、伝えなくてよいのです」
アランを見ると、先ほどと変わらない笑顔を浮かべていた。
「不誠実ではないだろうか。瑕疵を黙っているというのは」
「誰しも秘密のひとつやふたつ、持っているものです。あなたの秘密なんて可愛いものですよ」
アランは私の前を離れてキャビネットに向かう。
「寝酒を用意しましょう。なにがよろしいですか?」
「いつものを」と答えて、近くの椅子に腰を降ろした。
「彼女に知られたくない」
「それでいいではありませんか」
カチャカチャと音を立てて、アランがグラスに蒸留酒を注いでいる。
「知ったら、私を軽蔑するだろうか」
アランが手を止めて私を見た。
「……そんなに不安そうなあなたは、初めて見ますよ」
不安、と声に出して呟く。自分がそんなものを感じているのだとは気づかなかった。
「兄上が彼女を連れてくるまで、結婚したいだとか、そんなことは考えたことはなかったんだ」
「そうなのですか?」
膝の上に置いた両手を見る。
「もう一度会いたいとは思っていた。――秘密裏に探してもいた」
「ええっ!!」
アランが驚くのも無理はない。誰にも知られないように、こっそりと。身分も名前も偽って、民間の調査会社に彼女の捜索を依頼していたのだ。
「だけど再会してから、私はどんどんおかしくなっている」
「それだけミレーナ様に惹かれているのですよ。素敵なご令嬢ですものね」
そばにやってきた彼から、グラスを受け取り喉を潤す。
「嫌われたくない」
「大丈夫ですよ。ミレーナ様はそんな方ではないと思いますよ。ドミニク様がいらっしゃたとき、私もフレデリックさんも外に控えていましたけど、ミレーナ様の対応は素晴らしかった」
それは、そのとおりだ。彼女はあんなに下品で失礼な母を前にしながらも笑顔で、私と母の両方を立ててくれた。
「彼女はあなたの秘密なんて、気にも留めないでしょう」
ミレーナの愛らしい姿が脳裏に浮かぶ。とたんに苦しくなる胸。
「……彼女に触れたい……」
「ランベルト様」アランが空のグラスを私の手から抜き取る。「今夜は特別に二杯目をさしあげましょう」
「酔って忘れろということか?」
「いいえ。明日から自制をするための、気合入れです」
意味がよくわからず、アランを見る。
「キスをし過ぎるなと言っているのですよ。どこの世界に一日二度も婚約者を気絶させる男がいるのですか。嫌われたくないのなら、まずはこっちの加減を覚えなさい」
それは……。
「自信がない」
あははは、とアランが声をあげて笑った。その目に涙が浮かんでいる。
「あなたの言葉とは思えませんよ! あなたを変えてくださったミレーナ様は女神だ!」
彼はグラスをキャビネットに置くと、戻って来て私の前にひざまずいた。そして私の両手に自分の手を重ねる。
「私たち一同、あなたの恋を全力でサポートしますから。強気で行きましょう! でもキスはほどほどに」
「そうだな。サポートを頼む」
彼女に対して秘密を抱えたままというのは罪悪感がある。
だけれど最終的に私と結婚してよかったと感じてもらえれば、秘密を許してもらえるかもしれない。
母のことは大嫌いだが、今日、生まれて初めて益のあることを教えてくれた。
私がミレーナにしていることは、通常のこと。嫌われないためには、もっとサービスの高みを目指さなければならないのだ。
アランの手をほどき、寝巻のポケットからミレーナにもらったハンカチを出す。美しいコマドリの刺繍がほどこしてある。私が好きな図案を伝えた翌日に、彼女はこれをプレゼントしてくれた。
私はミレーナから幸せをもらってばかりだ。
私はその何倍もの幸せを返したい。
毎日更新はここまでとなります。
再開は7/24(水)21時を予定しています。
少しあいてしまいますが、引き続きお読みいただけたら、嬉しいです。




