7・3 ランベルト様の強烈なお母様
来客は、ランベルト様のお母様、ドミニク様だった。
おそらくランベルト様によく似た、綺麗なお顔立ちなのだと思う。瞳も息子と同じアイスブルーだ。
だけど厚く派手なお化粧と、訪問着とは思えない大胆な服装で、申し訳ないけれど、はすっぱな女性に見えた。
私を一瞥するとお母様は、
「ずいぶん地味な子ね」と笑った。
「私の大切な婚約者をけなすのなら、今すぐお引き取りを」
ランベルト様は母親に向けるとは思えない、冷ややかな声で告げた。
陛下から聞いたことが思い出される。ランベルト様にとってこの女性は、関わりあいたくない方なのだ。
「それが母親に向けて言う言葉かしら? 私があなたを産まなければ、あなたは存在しなかった。私がこの美貌であの男の胤を勝ちとらなければ、あなたはこぉんなに立派なお屋敷には住めなかった。忘れないで。あなたは誰よりも私を大切にしなくてはならないのよ」
ランベルト様からギリッと音がした。
なんだろうととなりを見ると、彼は恐ろしい顔で歯ぎしりをしていた。膝の上で手を固く握りしめている。
「令嬢の前で下品な話はやめろ」
「この程度で下品だなんて。どれだけ清い生活を送っているのよ。誰に似たのかしらねえ」とドミニク様が笑う。「まあいいわ。お金を用立ててちょうだい」
「……は?」
ランベルト様の視線はもう、都中の人間を氷結させそうなものになっている。だけどドミニク様には効かないらしい。
「それとドレスね」
「……先代陛下の個人資産から、慰謝料をいただいたはずだよな」
「もう使いきったわよ、あれっぽち」
「豪勢な暮らしをしても、一生遊んで暮らせる額だったぞ!?」
「どこが? 美しさを保つためにも、元寵姫に相応しい生活を保つためにも、お金はたくさん必要なのよ?」
「どうせ愛人どもにもバラまいているんだろうが!」
「今、言ったじゃない。『美しさを保つため』に必要って。一番効果があるのは、男たちに愛されることなんだから」
ランベルト様から、またギリッと音がした。
「売女め」
それから彼はハッとした顔をして、私を見た。
「すまない、君の前で汚い言葉を……」
私は首を横に振り、手を伸ばすとランベルト様が強く握りしめている拳に触れた。手袋越しでも、彼がどれほど力を込めているのかがよくわかる。
「そうよ、母親をけなすなんて酷いわよ」言葉とは裏腹に微笑んでいるドミニク様。「あなたの父親だって愛妻がいるにも関わらず、淫欲に負けて年端もいかない私に手を出したような男よ? 潔癖ぶらないでくれるかしら」
ランベルト様がいっそう体を強張らせる。
「お母様」
思わず口を挟んでしまった。だけどなにを言うかは決まっていない。ただ、ランベルト様が苦しい思いをするのをこれ以上見たくなかっただけだ。
「なにかしら?」
ええと……。必死に頭を働かせる。私はなにを言えばいい? どうすれば話の流れを変えられる?
「あの……。公爵様はとても素晴らしい方です。私を怖がらせないよう気を配ってくださったり、倒れたら運んでくださったり、今日は素敵なデートにも連れて行ってくださいました。公爵様を産んでくださり、ありがとうございます!」
ドミニク様はゆっくりとまばたきをして、それからふっと力を抜いて苦笑した。
「あのね、おぼこいお嬢さん。それは全部、普通のことだから」
ええっ!?
「もちろん、それができない下衆な男もたくさんいるけど、下衆は下衆。今あげたみっつは『通常ライン』」
ドミニク様がランベルト様を見る。
「ほんと、あなたはつまらない男ね。こんな普通のことを褒められるなんて、どういう状況なの? 大事な子なら、もっともっとサービスの高みを目指しなさいよ」
「あっ、お母様! プレゼントもいただきました!」
「だから普通だって。女にモテたい男は、それくらいみんな普通にやるの」
ドミニク様は笑った。今までと違って心底楽しそうなお顔だった。
「まあ、女嫌いのランベルトにしては成長したのかしら? あなたには顔も財産も地位もあるから、その程度しかできなくても、お嬢さんに逃げられることはないでしょうしね。美男の第二王子として生まれたことを感謝しなさいよね」
◇◇
結局ドミニク様は、ランベルト様から当座の資金をもらい、帰って行った。額が少ないと不満そうではあったけど。
ふたりきりになった応接室で、となりにすわっていたランベルト様は体ごと私に向き直ると
「不快な思いをさせてすまなかった」と頭を下げた。
「驚きはしましたけど、不快ではないです」
頭を上げてほしいと頼む。
いつもは鋭いランベルト様の目が、ひどく弱々しかった。
「私に幻滅しただろうか」
「どうしてですか?」
「あんな母親がいて」
「いいえ、まったく」
少しだけ逡巡してから、思い切って彼の両手を取り、てのひらで包み込んだ。
「陛下との契約に、私は公爵様に寄り添うことという項目があります。でも、そんなものには関係なく、あなた様に寄り添えたらいいなと思っています」
「……ミレーナ嬢」
「はい」
ランベルト様の瞳が揺れている。まるで不安を感じているかのように。
しばらくの沈黙のあと、彼は
「ありがとう」と言った。「君に出会えて、幸せだ」
きっと、口にしたかったのはその言葉ではないと感じた。だけど、
「私こそ、素敵な方に巡り会えました。ありがとうございます」と答えるに留めた。
気にならないと言ったら嘘になる。だけど『幸せだ』との言葉が、とても嬉しい。
私もランベルト様を好きなのだ。きっと。
「ミレーナ嬢。私のことは、ランベルトと呼んでほしい」
「わかりました、『ランベルト様』」
彼の顔がゆっくりとほころぶ。
嬉しそうなその表情に、またしても鼓動が速くなる。
今日はもう、無理。きっと心臓がもたない。
「ミレーナと呼んでも?」
「はい」
「ミレーナ、顔が赤くなっていて可愛い」
なっ!
急にそういうのは、やめてください。
「一段と赤くなったな?」
そんな報告はいりません!
――そうしてランベルト様は、本日二回目の叱責をアランから受けることになったのだった。




