6・2 女嫌いの理由
魔術師様による鑑定は、すぐに終わった。 やっぱり私に魔力はほとんどなく、歌うと不思議な現象が起こるのは魔女様の祝福によるものということで間違いないそうだ。
魔女と呼ばれる人々が祝福をほどこすのは、相当に珍しいものらしい。
当時の状況や魔女様について詳しく聞き取り調査をしたいと筆頭魔術師様がよだれをたらさんばかりの顔で迫ってきたけれど、陛下が後日にしろと一蹴した。
『ミレーナ嬢はランベルトの鍛錬を見に行くのだ。邪魔するな』と。
しかもその後陛下は、
『あ、ミレーナ嬢。せっかくだから惚れ薬を飲んでから行くか』と笑顔で言い出して、本気なのか冗談なのか判別がつかなくて困ってしまった。
陛下は全力で私を弟の妻、それも愛情を持って接する妻にしたいみたいだ。
あまりにぐいぐい来るからちょっと困る。だけど、それ以上に陛下には感謝の気持ちのほうが大きい。
昨日、お父様や領地に赴いた医師団からの手紙が届いた。それによると、さっそくお父様の病気について新事実がわかったという。なんとお父様は病気でなかった。微量の毒を長期間盛られたことで起きた症状らしい。
毒は珍しいもので、しかも微量だったために症状の出方も少しづつだったという。そのせいで、今までの医師にはわからなかったようだ。
様々なことから勘案し、毒物はここ一年ほどはお父様は摂取していないと考えられるとか。そうなると犯人のめぼしは財産を奪ったあの叔父となる。
現在叔父の行方はわからない。今後は伯爵暗殺未遂犯として指名手配をするという。
叔父が奪った財産をどこに隠したかがわからないので、それを取り返すのは時間がかかるとのことだけど、それは後回しで構わない。
お父さまの回復のために、現在医師と薬師が治療方針を検討してくれている。
陛下のおかげで、光明が見えた。感謝してもしきれない。
だから、陛下の望みが私がランベルト様に寄り添うことならば、全力でがんばろうと思う。
当初よりずっと、ランベルト様に親しみを感じているから、難しいことじゃない。彼の心を凍てつかせるような視線にはまだ怯えてしまうけれど、いつかは慣れる……はず!
ただ、気になるのは――
隣を気さくに歩く陛下に、
「ランベルト様はどうして女性嫌いなのですか」と思い切って尋ねてみた。「もしはっきりとした原因があるのなら、私はそれを避けたいと思うのです」
「ふむ。良い努力姿勢だ」と満足げにうなずく陛下ご夫妻。
「だが心配することはない。ミレーナ嬢は、当てはまらない」
ということは、嫌いなタイプがあるということ?
「王宮にいる者はみな知っているがな」と陛下。「あいつの母親がクソだ」
「く……?」
突然の暴言に驚いて、思わず足を止めた。王妃様も周りにいる近侍さんや騎士たちも、沈痛な面持ちをしている。
「彼女の望みは王に囲われ楽で贅沢な生活を送ることだった。そんな女の誘惑に、負けた父が悪いんだがな。あげくに『一回とは言え間違いをおかしたのだから』と寵姫扱いをしたから、余計に悪かった」
『扱い』ということは、本当は寵姫ではなかったということ?
「ランベルトの母親は」と陛下は続ける。「別棟に暮らして金を湯水のように使い、たくさんの男を侍らせやりたい放題。『第二王子の母親』という肩書きのためだけに息子を利用する。ランベルトを案じた両親が彼を本棟に迎え入れようとしても、彼女は頑として応じなかった。あれで女嫌いにならないほうが難しい」
結局、このままではランベルト様のためにならないと考えた先代国王陛下は、寵姫に多額の慰謝料を持たせて王宮から追放したという。
そしてランベルト様は、自分のために動いてくれた国王陛下夫妻に報いるために、彼らを守るための近衛騎士になる道を選んだ。
「恩義に感じる必要などないのだがな」と表情を曇らせた陛下。「ランベルトは誰に似たのか、真面目なんだ」
「反面教師というものでしょう」と王妃様が目じりを拭う。
「そういう訳で、あいつは筋金入りの女嫌いだ。特に、男にうつつを抜かすタイプの女への嫌悪がひどい」
その言葉に、周りの人たち全員が大きくうなずいた。
「ミレーナ嬢は、当てはまらないだろう?」
「どうでしょう。綺麗な顔立ちの方を見れば美しいなと思いますし、旅の道中での近衛騎士様たちの頼もしさにかっこいいなと感じました。これって、ランベルト様の許容範囲になりますか?」
「……ちょうどいい例をあとで見せてあげよう」
そう告げると陛下はにっこりとした。
それの意味がわかったのは、近衛騎士専用の鍛錬場についたときだった。
見学エリアにすずなりになっているたくさんの女性。年端もいかない年齢から、お子様が複数いそうな年齢のかたまで。上級貴族とおぼしきひともいれば、王宮の使用人らしきひともいる。
彼女たちを示して陛下は、
「あれがランベルトの嫌いなタイプ」と苦笑した。「もちろん、ほとんどの女性たちは悪くないぞ。諸悪の根源は、あいつの母親だ」
「もしかして、全員が公爵様のファンなのですか」
「そのとおり」と陛下。「ランベルトも彼女たちの大部分は悪気がないのはわかっている。だが、嫌な思いをさせられたことも多くてな。可哀想な子なのだ」
なるほど。
以前出会った町娘さんのことを考えると、純粋に憧れている女性を十把一絡げに厭うのはやめてほしいと思う。
だけど同時に、そう感じるようになってしまったランベルト様の事情も悲しい。
「どうしてランベルトが君に惹かれたのかはわからないが、兄としてはこのチャンスを逃したくないのだ。君がどう感じようと、あいつには幸せになってもらいたい」
「それは、私が不幸だと感じても?」
尋ねると陛下は微笑んだ。
「無論幸せだと思ってくれることが一番だ」
つまり陛下は、私がどんな犠牲を払うことになろうとも、それでランベルト様が幸せになれるのなら構わない、という考えなのだ。とても、弟思いなのだろう。
「少なくとも、今現在は良い縁談をいただけたと考えています」
「それはよかった。その調子でぜひ、あいつに惚れてくれ。剣をふるう姿は普段の十割増しでいい男だぞ」
「楽しみです。――-そうだわ」
ふと、いつかランベルト様から聞いて、ひっかかっている言葉があることを思い出した。
「陛下。公爵様が、自分のほうこそ私に相応しくない、と仰ったのです。どういう意味かをお尋ねしたのですが、『そのようなことを言った覚えはない』と」
だけどランベルト様はあからさまに動揺していた。あれはきっと嘘だし、言葉を口にしてしまったのは不覚だったのだと思う。
「お母様のことが関係しているのでしょうか」
「私が君を無理やりランベルトの婚約者に仕立てたからな。そのことを指したのだろうが、あとになっていつまでも拘っている自分が恥ずかしくなったのではないかな」
陛下はそう言って微笑んだ。
「恥ずかしい……?」
「あいつは繊細なんだ」
陛下が言い終えたか終えないかのタイミングで、ひとりの近衛騎士が足音高く駆け寄ってきた。
ランベルト様の部下だという近衛騎士は陛下に、緊急事態が起こってこのあとの鍛錬は中止になったと告げた。
残念がる国王夫妻。
そのとなりで、私も思いの外がっかりしていることに気づいた。
どうやら私は、かっこいいランベルト様のお姿を見たかったらしい。
 




