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4・3 氷結王子はポンコツ王子?

「食べすぎもあるかもしれませんが、腹痛の直接の原因はストレスですね」

 私にたくさんの質問を投げかけた壮年のお医者様は、自信たっぷりに言い切った。


「なんてことでしょう! 私が気が付かなかったばかりに」と目に涙をためたエマ。

「ストレス……」と絶句しているのはランベルト様。

「あなたの対応が悪すぎるんです!」と怒っているのはアランさんと執事長。


「女性の寝室かつ病人の枕元ですよ。静かになさい」とお医者様が怒ると、みんな一様に口を閉じた。

「ミレーナさん。お薬は出しますが、ストレス源を絶たないと治ることはありませんからね」そう言ってお医者様がランベルト様を見る。「女性に、まさか騎士団員と同じように接してはいないでしょうね?」

「もっと酷いです」とアランさん。うなずくエマと執事長。


 ため息をついたお医者様が、

「閣下以外にストレスはありますか?」と尋ねた。

『ない』と答えようとしたけど、私より早くエマが

「セニーゼ侯爵夫人です!」と叫んだ。「今朝、執事長さんに相談したばかりなんです」

「ええ。旦那様。夫人の授業は明らかに常軌を逸しています」


 そうなの?

 だって彼女はベテランで陛下やランベルト様の信頼も得ている、すぐれた教師なのではないの?


 戸惑う私をよそに、エマが授業について早口で説明する。

 と、みるみる間にランベルト様の表情が鋭さを増していった。

「アラン、あの女を今すぐ解雇しろ!」

「陛下にお伝えします」と、アランさんが寝室を飛び出していく。

執事長(フレデリック)、ヤツを二度とこの屋敷に入れるな」 

「かしこまりました」と執事長。


「よかった!」とエマが私の枕元にひざまづく。「ミレーナ様はお人がいいから。あの夫人はおかしかったんですよ。タンビーニ男爵夫人も侍女様もおっしゃっていたじゃないですか。『女性の嫉妬に気をつけて』って」

「……私、また騙されていたのね。だめね。ノエルにあれほど言われていたのに」

「悪いのは騙したほうだ」


 ランベルト様が射殺しそうな目で私を見下ろす。思わず震え上がってしまう。でも、今のセリフは、励ましてくれたのよね?


「異変に気づかないなど、騎士としてありえない失態だ。すまない」

「いえ……」

 大丈夫です、と言いたい。でも、視線が怖すぎて、うまく声が出ない。アレだわ、蛇に睨まれた蛙。


「旦那様、ミレーナ様が怯えていらっしゃいます。もう少し、雰囲気を柔らかく。あなたもストレス源です」と執事長が言う。

 ランベルト様がうめき声を出した。目がそらされる。

「申し訳ないことをした。以後、気を付ける」


「あの……」尋ねたいことはあっても、怖い。すこしだけ掛け布団を引っ張り上げる。「閣下は私がお嫌いなのですよね?」

「まさか!」と叫んだのは執事長。

「陛下のご命令だからと、諦めていらっしゃるのでは?」

「違う!」と今度はランベルト様が叫んだ。「確かに今回のことは兄上の暴走だが、嫌ではない」

「でもほとんど目も合わせてくださらないし、合ったと思ったら睨んでいらっしゃるし、会話も」

「それは旦那様がポンコツだからです!」


 執事長が答えた。お医者様はなぜか額を押さえている。


「旦那様は大の女性嫌いで、王妃様以外とはろくに話したこともないのです」と執事長が力説する。「ですからミレーナ様となにをお話していいのかわからない、ただそれだけです。目つきが悪いのも、ただの緊張に過ぎません」

 お医者様が「おまけに彼は子供のころから眼光が鋭いんですよ」と言い添えた。


「え、じゃあ、私の勘違いですか?」

「「そうです!」」と力強くうなずく執事長とお医者様。

 エマが、

「ミレーナ様、よかったですねえ」とまたも涙ぐむ。「とんだ悪鬼との結婚かと思っていました」


 ランベルト様が無表情ながらもまたもや、ぐっと喉を鳴らした。

 それからポケットからなにやら取り出すと、エマのとなりにひざまづいた。


「ハンカチの礼だ。作らせるのに時間がかかった」

 ハンカチって、私が刺繍をしたあれのことだろうか。

 盗み聞きをしてしまったあと、さしあげるのをやめようと思った。でも執事長がどうしてもと頼むので、ランベルト様に渡しに行った。だけど彼はハンカチを睨んでいるだけで、受け取らなかったのだ。代わりにアランさんが預かってくれた。


 てっきり捨てられたのだろうと思っていたのに、私にお礼をくれるというの?


 ランベルト様の白い手袋をした手の中にあるのは、美しい水色をした宝石がついた指輪だ。

 ブルーダイヤモンドに見えるけど、大きさが尋常じゃない。


「すごいサイズだ」とお医者様がため息交じりに言う。

「都で一番大きいものを探させた」と、ランベルト様が、宝石と同じアイスブルーの瞳でじっと私を見ながら言う。「気に入らないだろうか」

「……私に、ですか?」

「そうだ」


 エマが、

「お嬢様、手を」と言って、シーツの中から私の手を引っ張り出す。

 するとランベルト様は私の手を取り、左手の薬指に指輪をはめた。

 どう見ても私には不釣り合いな豪華さだ。だけどランベルト様は、なにかを納得したかのようにうなずいた。



 ◇◇


 ランベルト様たちが寝室を出ていくと指輪を外して、エマに渡した。

「つけていないとマズくないですか!?」

「こんな高そうなもの、怖いわ。厳重にしまっておいてね。それに寝るのに邪魔だし」

「それはそうですけど。これ、絶対に愛の証ですよ。外しているのを見たら、公爵様はがっかりすると思います」

「そうかしら」


 エマの手の中にある指輪を見る。

 どうやら私はランベルト様に嫌われてはいないみたいだ。でも、ますます彼がなにを考えているのか、わからなくなってしまった。


「自分の瞳の色をした、こ――んなに大きな宝石をプレゼントすることを、意味がないと考えるほうが不自然ですよ」

 私はもう一度、

「そうかしら」と答えた。

「きっと、ものすごい口下手な方なんですね」とエマ。「よかったじゃないですか、ミレーナ様。愛されていますよ」


 とても、そうだとは思えないのだけど。

 陛下たちが言う広場の一件だって、本人が『一目惚れなんてしていない』と明言したのだ。まだなにか、言われていない事実があるのではないかと思う。


 だけど。お腹が痛い私を抱き上げてくれたランベルト様はとても頼もしかったし、指輪を差し出しながらみつめてきた彼の眼はとても真剣に見えて――


 とても胸が高鳴ったのだ。



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