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第九話

 閉め切っているシャッターの向こうで、タングスの唸り声が聞こえた。アグニは反射的に、タングスの思考に波長を合わせた。


 「あら、お客さんかな?」


 ツィンカは息子から腕を放し、小走りでシャッターを開けにいった。


 「族長だってさ。おれに用があるらしい。」

 「・・・何だ、客じゃないのかぁ。」


 ツィンカはシャッターの開閉ボタンを押しながら、アグニをにらんだ。

 「またタングスの事で怒られんじゃないの?」


 アグニは肩をすくめた。



 しばらくして、薄暗い路地から2人の人影がこちらへと向かってきた。族長は、小柄な身体には大きすぎるワニのアバターを被っている。年老いて痩せてはいるが、足取りはしっかりとしていて背中も曲っていない。彼のすぐ後ろに、たいそうな荷物を抱えた側近が1人ついて来ていた。


 「族長!わざわざ来ていただけなくても、こちらから向かわせますのに。」


 ツィンカは、とびきりの笑顔で出迎えた。


 「少しは歩かねば、足が衰えるでの。」

 「そんなこと言ってぇ。まだまだ現役じゃないっすかあ。」


 人当たりのよいツィンカの対応に、族長はご満悦で声を立てて笑った。

 「実のところ、お前さんの顔が見たかったのじゃよ。ツィンカ、今日も色っぽいのう。」


 エロじじいめ。アグニは心の中で罵った。


 「やだっ!このごろ全っ然、仕事回してくれないくせにぃ。おだてたって、何のサービスもしませんからねっ。」

 ツィンカは小娘のように拗ねてみせた。


 「すまん、すまん。じゃが、危険な都市遺跡にお前さんを行かせるには抵抗があってのう・・・四駆の整備でも頼もうかの。ついでに、ドライブでもどうじゃ?」


 「何の用だよ、じいさん。」


 アグニは見かねて2人の間に割り込んだ。


 「おれに用があって来たんだろ?ツィンカじゃなくて。」


 族長と側近は閉心していたため、アグニには彼らが何の用事で来たのか分からなかった。族長は、大袈裟に拳を叩いた。


 「そうじゃった。彼女があまりに魅力的じゃから、本来の目的を忘れてしもうたわい。」

 「ああ、かなりボケがきてるな。」


 アグニは納得してうなずいた。


 「アグニ!族長に対して何て口利くんだ、バカタレっ!」

 ツィンカは息子の頭を思い切り殴った。


 「痛って!」


 「まあ、よいよい。立ち話も何じゃ、ちょいと邪魔するぞ。」



 族長と側近はシャッターを潜って作業場の中へ入った。族長はツィンカが整備中のバイクを興味深げにしげしげと眺めた後、黒い革張りのソファーに腰を下ろした。ツィンカがお客様用に張り込んだ品だ。


 「アグニ、ツィンカにはもう話したか?蛇の目へ行くことは。」

 「・・・あ、うん。」


 族長に話しかけられた時、アグニは側近が抱えている平たく長い荷物にすっかり気をとられていた。布で何重にも包装されているが、彼はすでに中身を透視で確認していた。


 アグニの目が荷物に釘付けになっているのを見て、族長は舌打ちした。


 「もったいぶっても意味無いのう。せっかく、ジャジャーンと出して驚かせようと思っておったのに・・・。」

 族長はぼやきながら、側近に手で合図した。


 側近は荷物の紐を引きちぎり、勢いよく包装を解いた。布の中から現れたのは、ノコギリのような刃のついた赤い大剣だった。


 「・・・・っ!」


 それを一目見たツィンカは、その場で硬直した。

 アグニは大剣に心奪われ、そのことに気付かなかった。


 「これで少しは、男前度が上がるじゃろ。」


 「おれに、くれるのか!?」


 アグニは思わず叫んだ。


 族長はアグニの反応に満足し、重々しくうなずいた。


 「―――・・・!!」


 アグニは、感極まって言葉をなくした。


 震える手で品を受け取った彼は、それをじっくりと眺めた。

 そして、心の底から感嘆の声を上げた。


 「・・・マジか、すっげぇ!!可動式チェーンソー・エッジ、しかも〝カク出力付き〟かよ!超、イケてるっ!!」


 「〝ヒート・エッジ〟と呼ばれる代物だ。専用のカクは4つしか準備できなかった。節約して使うように。」

 強力な武器を手にして大はしゃぎする少年に、側近の男が淡々と説明した。


 「ヒート・エッジかぁ・・・充分だよ、後は自分で何とかする。」アグニは、うっとりとした表情で赤銅色の刀身に触れた。


 「少々手入れが必要じゃが、問題ないのう。」と、族長。


 アグニは慎重にヒート・エッジを発動させてみた。ノコギリ状の刃が赤く発熱し、耳鳴りのような音を立てて高速振動した。

 使い古されてはいるが、アグニ自身の手で充分整備できる。


 「ああ、楽勝だ。でも、なんでおれに?」

 「蛇の目に行くんじゃ。少しは栄える武器を身につけておかんとのう。お前の〝鉄パイプ〟じゃあ、アマゾナスは口説けんぞ。」


 「トンファーだよ、じいさん・・・族長、マジで感謝するよ。ありがとう!」アグニは訂正しつつ、心から礼を言った。


 「・・・どうして、そ、そんな物を?」


 ツィンカがふいに口を開いた。


 「何で・・・アグニに、そんなもん渡すんだ!?」


 「ツィンカ・・・?」

 アグニは驚いて母を見た。


 ツィンカは、血の気が引いて強張った表情をしていた。アグニは彼女の混乱した思考に集中した。その瞬間、彼の頭に強烈なイメージが届いた。息の途絶えた血まみれの青年、その手に握られた可動式チェーンソー・エッジ―――。


 「落ち着きなさい。これは、ログが使っていたチェーンソー・エッジとは別物だ。」側近の男が冷静に事実を述べた。


 「そんなの関係ない!何で、アグニにそんな武器を持たせる必要があるのかって聞いてんだ!!危険な仕事なのか?そうなんだろ!?」

 ツィンカは族長たちに向かって、声を荒げて詰問した。


 「念のためじゃよ、ツィンカ。物騒な世の中じゃて。」

 のんびりとした穏やかな口調で、族長は彼女に言い聞かせた。


 「子供が持つようなものじゃない!!」


 ツィンカは息子が手にする武器を指して、族長に怒鳴り返した。


 「アグニはもう子供ではない。立派な男で、我々の誇るべき戦士じゃ。」

 「・・・・っ。」


 族長の声は、温厚ながらも冷たく威圧的だった。

 ツィンカは黙って床に座り込み、頭を抱え込んだ。

 

 「・・・もう、帰って下さい。」

 彼女はか細く小さな声で訴えた。


 族長はため息をついて立ち上がった。彼はアグニの肩に手を乗せ、激励の言葉を囁いた。そして、側近を従えて出て行った。


 「・・・・。」


 アグニはヒート・エッジを壁に立てかけ、母の隣に腰を下ろした。何と声をかけていいかわからなかった。膝を抱えて顔を埋める彼女は、いつもより小さく見えた。


 アグニが言葉を探していると、ツィンカが先に口を開いた。

 「ごめん・・・喚いたりして。みっともないな。」


 アグニはにやりと笑ってみせた。


 「お陰でタングスの話題が出ずに済んだ・・・じいさん、文句垂れる気でいたんだ。でもすっかり忘れて帰ったよ。やっぱ、ボケてきてるな。」


 ツィンカは顔を上げ、力なく笑った。

 「タングスも、空気みたいに気配が無いしね。」


 シャッターの下からタングスが頭を覗かせ、こちらの様子を窺っていた。まるで巨大犬の石像のように静かで、ぴくりとも動かない。


 「エア・ウルフだけにな。」

 タングスは誇らしげに鼻を鳴らした。


 「・・・ほんとに、危ない仕事じゃないんだな?」

 「ああ、心配ねえよ。」


 心細げな表情をする母に、アグニはきっぱりと答えた。


 ツィンカは息子の肩に頭を預けた。

 「母さんには、お前しかいないんだ・・・お前に、もしもの事があったら・・・。」


 もしもの事を想像して、ツィンカは硬く身を強張らせた。


 アグニはそれを読み取り、鼻で笑った。

 「あるわけ無いだろ。ツィンカが思ってるほど、おれは弱くないよ。」


 アグニは震える母の肩に腕を回し、肩に乗った彼女の頭に頬を押し当てた。


 「・・・母さんを置いて、先に逝ったりしない。絶対に。」

 「・・・・。」


 アグニの大人びたハスキーな声は、ログの声と生き写しだ。ツィンカは、息子の中に生きる彼の存在を感じずにはいられなかった。それが嬉しくもあり、辛くもあった。



 母のやり切れない思いに、アグニは気づいていた。アグニがそばにいる限り、ツィンカは亡き夫への思いを封じて他の男を愛する事はできないだろう。


 だからといって、アグニは彼女を置いて去ることはできなかった。ツィンカにはまだ、息子と離れて暮す心の準備ができていないからだ。

 アグニが数日でも家を空ければ、彼女は食べることも寝ることもろくにできなくなる。決して口に出しては言わないが、アグニはその事を知っていた。


 明日からの出張が、ツィンカにとってよいリハビリになることをアグニは祈った。恐らく、一週間では戻ってこれない。

 一週間以上の遠出は今回が初めてではないが、アグニにはこの一件がどれほど長引くか正直わからなかった。危険度も計り知れない。


 考えても仕方のないことだと、アグニは自分に言い聞かせた。いつまでも、母と一緒に暮すわけにはいかないのだ。母にも、そのことが分かっている。


 「買出しに行くけど、何か足りてないもんある?」

 「うん、ちょっと待って。」


 ツィンカは立ち上がり、棚から紙切れと墨を手に取った。


 「あ、あのさぁ・・・。」

 「?」


 ぶつぶつ言いながらメモ書きしている母に、アグニは遠慮がちに聞いた。


 「女子って、何をもらったら喜ぶかな?」


 ツィンカは、まじまじと息子を見た。

 アグニは仏頂面で床に視線を落としている。


 「何、何、何!?誰にあげるの!??」


 ツィンカは目を輝かせ、興味津々で問いただした。


 「だ、誰でもいいだろ・・・ファルさんも同じこと言ってた。もっと、具体的に教えてくれよ。」アグニは彼女が口に出す前に、先読みして頼んだ。


 〝心がこもったものなら何でも〟という答えは、これまで女の子にプレゼントをしたことのないアグニにとって漠然としすぎている。


 「うーん、そうだなぁ・・・。」

 ツィンカは、すでに彼女の中で答えが出ているにも関わらず考えるふりをした。


 「どっか、いい店ない?」

 アグニは次の質問に移った。


 「・・・・。」


 ツィンカは顔を顰めた。アグニは彼女の頭に浮かび上がった何件かの装飾品店と、その道順を確かめた。

 「了解・・・。」


 母からつき渡されたメモに目を通し、アグニはぎょっとした。


 「って、多いな!」

 「よろしくね。」


 ツィンカは猫なで声で息子を送り出した。



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