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第八話

 翌朝、アグニは酷い頭痛を抱えて目を覚ました。


 普段は安くて軽い酒しか飲まないアグニにとって、昨晩の酒はやはり強すぎた。酒豪のアマゾナスを酔わせるほどの酒だ。出されても二度と飲まない、とアグニは心に誓った。


 胸焼けも酷かった。言葉にならない呻き声を漏らしながら、アグニはハンモックから起き上がった。 そのまま、しばらくうずくまる。見ていた夢を思い出す。アグニの毎朝の習慣だ。


 金髪の少女がさらに鮮明になって夢に現れた。顔の形や身につけている細かな物まで、絵に描けるほどはっきりと見えた。出会いの時が近づいている証拠だ。


 それとは別に、妙な夢を見た。登場したのは、ミア。


 夢の中で、ミアは暗闇の中に立っていた。少し離れた場所にいるアグニに、何かを訴えるような目を向けていた。

 突然、ミアの身体が透明になった。霊体よりはっきりとした質感で、輝いていた。それはまるで水のようだった。

 アグニは彼女に歩み寄り、その身体に触れた。その途端、ミアの透き通った身体ははじけ飛び、蒸発してしまった。


 「・・・・。」


 不吉な夢だ。予知夢とは少し違う。四大エレメントの話を聞いたせいで、そのような夢を見たに違いない。ただの夢だ。アグニは自分に言い聞かせた。


 「アグニィ――――っ!!」「いっ!」


 突然の金切り声。

 頭痛に響き、アグニは身を硬直させた。


 「何だい、これは!?何の金だ!!?」


 作業用のつなぎを着たツィンカが、金色のリボンがかかった布袋をアグニに突きつけていた。


 昨晩アグニは泥酔して帰宅したため、母に話す前にダウンした。起きたら話すつもりでいたのだが、先に彼女に見つけられてしまったのだ。


 「・・・・報酬。」


 アグニはうめいた。


 「何の報酬かって聞いてんだ!!そのくらい分かるだろ!?」


 アグニは明らかに母親似だ。赤銅色の瞳と髪、浅黒い肌の色、すぐに熱くなる性格。ツィンカは、アグニの姉としてでも通じるほど若い。そして美人だ。言い寄ってくる男はいくらでもいる。でも、彼女は見向きもしない。亡くした夫をまだ愛しているからだ。


 「アマゾナスの高官に、仕事を依頼されたんだ。その前払い。」


 アグニは嘘をついた。デスマッチの賞金などと正直に言ったりしたら、レンチでぶん殴られる。ツィンカに霊感は無いので、アウラで嘘を見抜かれることはない。


 アマゾナスと聞いて、ツィンカの顔色が変わった。


 「・・・何を、依頼された?」

 

 「気の狂ったアマゾナスの男児を読心すること。セラピーだな。」


 アグニは、ファルコとの打ち合わせ通りに話した。


 「何でお前なんだ?他に術者はいるだろ。」

 ツィンカは訝しがった。


 「知らねぇよ。族長に用があって紅蓮洞に来たって言ってたから、族長が紹介したんじゃね?おれのこと買いかぶってるしさ。」


 アグニはほとんど裸のままハンモックから立ち上がり、棚から古びた金属容器と水流石を取り出した。彼は容器に水を注ぎながらツィンカに話しかけた。

 「明日からしばらく留守にするけど、いいよな?」


 容器に満たされた水を一気飲みし、2杯目を注ぎ込む。


 「そんだけあれば、数ヵ月は困らないだろ。」

 アグニは2杯目をゆっくり飲みながら、ツィンカが手にする布袋を見やった。


 彼女は目を見開いた。

 「数ヶ月って・・・そんなにかかるのか?」


 「いや、わかんね。1週間で戻ってこれるかもしれないし・・・その男児に会ってみないことには何とも言えねえよ。」


 水を飲んで気分が楽になったアグニは、倉庫のような部屋のあちこちに雑然と脱ぎ捨てられた服に手を伸ばした。


 ツィンカは、てきぱきと身支度をする息子を目で追った。


 「どこのコロニーだ?」

 「〝蛇の目〟・・・くそっ、ブーツも買い換えねえと。」


 アグニは母に短く答え、何度も修繕された皮製のブーツにどうすることもできない破れ目を見つけてぼやいた。


 「〝シュバルツ・バルタ〟に行くのか!?」

 ツィンカは声を裏返した。


 「だから、言っただろ。アマゾナスの高官に頼まれんだって。おれが診るのは、その人が大切にしてる少年なんだ・・・心配ねえよ、ターニャはいい人だ。」


 アグニは落ち着いた口調で説明し、動揺する母をなだめた。


 「グールの付き添いはいるんだろ?ま、まさか女部族の巣窟に1人で放り込まれるわけじゃないだろうね?」

 ツィンカが何を想像して心配しているのかは、アグニには手に取るようにわかった。アグニも、そのことについて全く心配していないわけではない。


 「ファルさんが同行する。」

 「・・・・。」


 彼の名を聞いた途端、ツィンカは大人しくなった。ファルコのことを信頼していないのは、紅蓮洞でミアとタングスくらいだ。


 「・・・そう。なら、安心ね。」


 ツィンカは無造作に賞金袋を棚に置き、工具を手にして整備中のバイクのもとへ戻っていった。


 ツィンカは、都市遺跡からコロニーに運び込まれる壊れた機械や部品を買い取り、あるいは依頼されてそれらの解体、組み立て、修理を生業としている。時には自ら都市遺跡に足を運び、塵の海からのサルベージ作業に加わることもある。


 「ツィンカ・・・おれは、構わないよ。」


 アグニは、狭い作業場で仕事をしている母に向かって大真面目で言った。


 「何が?」

 「惚れてんだろ、ファルさんに。素直になれよ。」


 アグニの冷やかしをツィンカは鼻で笑い飛ばした。

 「ふん、何をバカなこと言ってんの。そんなんじゃないよ・・・それとって。」


 アグニは母が指差した部品を手に取り、彼女に投げて渡した。


 ツィンカが、ファルコに信頼以上のものを感じていることにアグニは気づいていた。恋愛感情とまではいかなくても、惹かれているのは間違いない。


 工具類とガラクタのような部品で埋め尽くされた棚の隅に、手作りの写真立てに収まった亡き父親ログの写真が置かれている。アグニはそれを何気なく手にとった。ハンター仲間に囲まれて写っている彼は、少年のように無邪気な笑顔を向けていた。


 父親の姿も声も、アグニはぼんやりとしか覚えていない。そのためか、寂しさや懐かしさといった感情はあまりない。

 でも、ツィンカは違う。この11年間ずっと、彼を失った喪失感を抱えて生きている。時々、彼女は遠い目をしてぼんやりしていることがある。アグニは、そんな彼女を見るのが辛かった。


 「ログの事、まだ思ってんのは知ってる。でもさ、まだ若いんだし・・・美人がもったいないよ。もっと楽しんでいいと思う。ログだって、きっとそう思ってる。」


 「・・・・。」


 ツィンカが後ろからアグニに腕を回してきた。オイルの匂いが鼻を刺激した。


 「お前はどうなんだよ?ミっちとは、どこまで進んだ?」

 「はあ?ミアは、友達だって。タングスと同じだ。」


 ツィンカはにやつきながら、アグニの頬を指で突いた。


 「素直になれよ。ハンサムなんだから、自信持ってさ。」

 「あのなぁ・・・。」


 アグニは頬についたオイルをこれ見よがしに拭った。



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