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第七話

 (あなたが、バースに対抗し得る兵器となる理由を説明するわ。〝四大エレメント〟をご存知かしら?)


 「・・・・。」


 アグニは、訝しがりながらも頷いた。


 四大エレメントとは、エスを創造した4体の使徒である。エスに生きるものなら誰でも知っている神話に登場する伝説上の存在で、火、水、風、土の源泉であるとされている。人がそれらを破壊してしまったため、エスが崩れ始めたという子供だましのおとぎ話だ。


 (・・・ただの架空神話。私達は長い間そう思っていた。でも違ったの・・・四大エレメントは、実在する。)


 「!?」


 アグニは目を見開いた。


 (神話のすべてが実話とは言えないわ。長い年月をかけて、変化したものが大部分を占めている。でも四大エレメントは、エスに本当に存在したの。私達は、そのひとりを見つけ出した・・・見つけ出した、という言い回しは不適切ね。〝偶然に、復活した〟と言うべきかしら。


 1ヵ月前の大戦時、アマゾナスのある1人の男児に奇怪な現象が起きた。その時は誰も気付かなかった。気付いたのは大戦の後よ。その子は、私達一族の間でも希にみる細馬で・・・名前はハルヌーン。彼は私の、一番のお気に入りよ。)


 アグニは彼女の〝お気に入り〟という言い方に引っかかったが、その意味を深く考えないようにした。


 (戦闘中、ハルヌーンは1匹の強力なジンを憑依させた。普段は決してジンとのトランスはやらないの。私が彼の身を案じ、許可しなかったから。

 でもあの時は、彼は私の命令に背いた。少しでも北アクに抵抗しようと無我夢中だったのでしょうね。それで、彼は・・・彼が所有するファミリアの中で最強のジン、ノームとひとつになった。)


 「・・・ひとつ、に?喰われたのか?」

 アグニは眉を顰め、口を挟んだ。


 ターニャは、首を静かに横に振った。

 (〝融合〟したの。信じられないでしょ?私も目を疑った。ノームをハルヌーンの身体から取り出そうとあらゆる手を使ったわ。でも駄目だった。彼らは混ざり合い、今もハルヌーンの肉体の中に留まっている。この1ヵ月、トランス状態のままよ。恐ろしい速度で、彼の肉体から大量のエネルギーが放出され続けている―――。)


 「・・・・!」


 信じがたい話だ。アグニは唾を飲み込んだ。


 通常のトランスは体内でマスターの魂とファミリアが反発しあい、混ざり合うことなど決して無い。また、トランス状態を保てるのはせいぜい10分前後。

 どれだけ精神力に自信のあるパイマーでも、30分以上はもたない。それ以上となると自殺行為だ。肉体も魂もぼろぼろになり、死は免れないだろう。


 それを1ヵ月も維持しているなど、想像もできない。人の限界を完全に超越している。


 (―――そして、日増しに彼はやせ衰えている。何も食べようとしないの。無理やり食べさせても、すぐに吐いてしまう。水さえも飲まない。

 ただ飲み食いしなくなっただけじゃない。ノームと融合してから、彼の姿形、人格さえ変わってしまった。記憶も無くしている。自分の名前はかろうじて覚えているものの、他の事はなにも覚えていないの。毎日、ただひとつのことを言い続けている―――『私ヲ開放シロ、彼ノ者ノモトヘ行カセテクレ!』と。


 私達は様々な資料に目を通し、彼の身に起こっている現象を解明しようとした。そして、見つけ出した。その答えは、古い神話の中にあった。〝対となる器に 対となる魂戻りし時 大いなる使徒 再び目覚めん〟。


 神話に描かれているエレメントの特徴と彼を比較し、ハルヌーンとノームの融合体が〝土のエレメント〟であることが判明したわ。


 彼が繰り返す謎の言葉の意味も、神話を解読することで答えを得た。四大エレメントを指揮する第五の使徒〝要のエレメント〟・・・土のエレメントは、その第五の使徒のもとへ行かせてくれと訴えている。〝要 目覚めし使徒 再び静めん〟。要となる存在を見つけ出せば、ハルヌーンからノームを分離させることができるはず。


 土のエレメントとして目覚めたハルヌーンの身体から生み出されるエネルギーは、バースのパイマーを遥かに越えているわ。あれを操作できるようになれば、ハルヌーンは私達の救世主となる。

 でも、そのためには早急に要のエレメントを見つけ出さなければならない。急がねば、ハルヌーンの身体がもたない・・・彼を失うわけにはいかない。


 土のエレメントは、エスのどこかにいる要の存在を感じ取っている。その者に引き寄せられている・・・ハルヌーンを外へ出せば、すぐに見つけられるかもしれない。


 でも、彼をあの状態で外に出すわけにはいかないの。放出されるエネルギーがあまりにも強すぎて、近くにあるパイすべてを発動させてしまうから。この世界で、パイのない場所なんて無い。外に出して歩かせれば、大変なことになるわ。


 だから、彼は私達のコロニー深くに幽閉してある。口もろくに聞けないから、どちらの方向に要を感じるのかさえ知ることができない。読心術者に思考を読ませても、彼の頭の中は人が解読できるものではないほど混沌としている。


 そこで、要を見つけだすための別の手段を考えたわ。要は、四大エレメントを引き寄せている。ならば、四大エレメントとなる器と魂も引き寄せられているはず。

 それで私達は、先に器を探すことにした・・・その1つは、すぐに見つかった。)


 「それが、おれ?何でおれだと?」

 「・・・アウラよ。」


 半信半疑のアグニに、ターニャは声に出して自信たっぷりに答えた。


 (ハルヌーンのアウラがとても特殊だったから、器となる存在にはそれぞれアウラに特徴があると推測したわ。

 彼のアウラは、植物のように静かで澄んでいた。他のどの人間と比べても、そのアウラは異質だった。エレメントとして目覚めた後は、大地から微かに放たれるエネルギーを凝縮したようなものになった。それで、彼が土のエレメントだとわかったの。

 あなたのアウラは、彼同様に異質なのよ。それが理由。戦闘時は、特にそれが際立っていた―――あなたは〝火のエレメント〟となる器よ。アグニ。)


 「・・・・。」


 アグニの脳裏に、いつの日かのミアの言葉が蘇った。



  『アグニって〝炎〟みたいね。すぐに熱くなって、あっという間に冷めるの。』



 (あなたの対となる魂は、きっとすぐ見つかるわ。ハルヌーンが数ある霊体の中からノームを選んだように、自然と惹かれあうはずよ。

 でもエレメントとして覚醒する前に、要を見つけ出さないとね。ハルヌーンの二の舞になってしまう・・・何か、心当たりはないかしら?誰かに引力を感じたことは無い?)



 〝引力〟と聞いて、アグニの脳裏に3人の人物が浮かび上がった。


 1人目は、ファルコ。ターニャの仲間である彼は、きっとハルヌーンに会っているだろう。ならば、彼が要であるはずが無い。


 2人目はミア。霊感もない少女が要となりうるのだろうか?それはアグニにはわからない。


 ミアの顔をしっかりと思い浮かべてみた。自分にとってかけがえの無い友達だが、引力のようなものとは少し違う。傍にいて当たり前の存在で、一緒にいると落ち着く。

 不思議なほど落ち着く。ベジーへの怒りが頂点に達していた時でも、彼女を見た瞬間一気に鎮圧された。でも、喧嘩もよくする。


 アグニは頭を振った。こんな奇妙で危険な話に、ミアを巻き込みたくない。とりあえず彼女は除外しよう。


 3人目。アグニがこれまで一度も会ったことのない人物。いずれ、どこかで出会うはずのパイマー。神秘的な瞳をした、金髪の少女。


 「・・・あるのね?心当たりが。」

 ターニャは期待の眼差しをアグニに向けた。


 アグニは、このことを話すかどうか迷った。予知夢で見る少女が、要である確証はどこにも無い。だが、無関係だとも思えない。アグニの直感がそう言っている。


 それがもし間違っていたら、その少女を煩わせることになる。直接本人に会ったわけではないが、夢の中での彼女はとても善良な印象があった。彼女に迷惑をかけることになれば、きっと後ろめたさを感じるだろう。


 迷ったあげく、アグニは夢の一部を話すことにした。

 「・・・バースのパイマーで、名前は分からない。服装からして相当な身分に違いない・・・毎晩、夢で見るんだ。」


 それを聞いたターニャは、顔を輝かせてアグニに詰め寄った。

 「もっと、詳しく聞かせて頂戴!」


 「ちょっと待て。まだあんた達に協力するとは言ってないぜ。そんなぶっ飛んだ話を、黙って大人しく聞いただけでも感謝してくれ・・・ちょっと頭ん中を整理する。」


 「・・・・。」


 アグニは両手に顔をうずめ、ターニャの話を今一度よく考えてみた。


 彼女から読み取った話は、正気とは思えないほど衝撃的なものだ。だが、いくらか真実味はある。ハルヌーンという少年の身に起きた奇怪な現象と、人事を超えたエネルギー。それが神話に描かれた四大エレメントであるかどうかはさて置き、これまでのトランスの常識を覆す発見だ。


 ハルヌーン以外にも、特定のファミリアと融合することのできる特殊な人間がいてもおかしくない。アウラの質から、その特殊な人間を見つけられるという彼女達の説も正しい。


 アウラは、その人間の肉体や魂といった構成要素すべてを表している。ハルヌーンのアウラに類似したアウラをもつ者であれば、肉体と魂の作りが彼と類似していることになる。つまり、ハルヌーンと同様の現象が起きる可能性が極めて高いということだ。


 ファミリアと融合し、その力をコントロールできるようになれば、確かにそれは強力な武力になる。しかし、融合してしまった2つの魂を再び分離することが果たしてできるのだろうか。ハルヌーンの身に起きたのは、偶然の成功ではなく不運の事故なのではないだろうか。


 ハルヌーンが繰り返す言葉が、要のエレメントの存在を示しているというターニャ達の解釈には疑問点がある。彼女達はハルヌーンを土のエレメントであると確信した上で、その言葉の意味をこじつけた。


 ノームと融合したハルヌーンと、神話のエレメントとの特徴が似ているのはただの偶然かもしれない。ハルヌーンは、発狂して意味の無い言葉を繰り返しているとも考えられる。


 それとも、まだ他に四大エレメントの存在を裏付ける証拠があるのだろうか。彼女達が確信できる何かが。


 ターニャは真剣に四大エレメントの存在を信じている。それは、アグニに痛いほど伝わっていた。彼女が正気ならば、もっと確実な証拠を持っているに違いない。

 彼女はアグニに読心させるため閉心を解いたが、すべてをさらけ出した感は無かった。思考をたくみに操作して、制御していたように思われる。


 アグニは顔から手を離し、黙って自分を待っている2人を交互に見た。


 「・・・まだ何か隠してるだろ、ターニャ。ファルさんも。」


 ファルコは横目でターニャを見た。ターニャは自嘲的に笑み、アグニの意見が正しいことを認めた。


 「〝(さとり)〟ってほんと厄介・・・これ以上は、あなたが知るべきではないのよ。今のところね。」


 覚とは、読心術者に畏怖の念をこめて呼ぶときの言葉だ。ターニャは、アグニに本心を晒さないよう相当の努力をしているのだろう。


 ターニャは残りの酒を一気に飲み干し、一息ついた。そして、前かがみになって精一杯怖い顔をしてみせた。


 「どうすれば協力してもらえるかしら?無理強いはしたくないの。」


 言うことの聞かない子供を相手にするかのように、ターニャはアグニを脅した。

 「・・・・。」

 わざとらしく、冗談のように見える彼女の言動。だが、アグニは彼女が本気であることはすぐ分かった。最初から、アグニに選択権が無いことも分かっていた。


 ターニャには、アグニを強制的に協力させるだけの力がある。グールの下級兵であるアグニには、アマゾナスの高官に逆らうことはできない。反抗すれば自分はもちろん、家族や友人までもが処罰されることになる。


 ならば最初から、面倒な説明は省いて命令を下せば済む話だ。そうしなかったのは、彼女達がアグニに自らの意思で協力してもらえることを強く求めているからだ。無理強いはしたくないという彼女の言葉は本心だろう。しかしアグニが応じなければ、やむを得ず強硬手段に出るつもりだ。


 (今後のことを考え、おれを信用させ手なずけるためか。)


 アグニは鼻で笑った。これは、自分の力ではどうすることもできない凶事だ。ここ最近の不安感は、彼女達が原因に違いない。そこに、ファルコが一枚も二枚も噛んでいた。ミアとタングスは正しい。これから自分は自由を失う。彼女達の〝実験台〟に任命されたのだ。


 そういった悲観的な考えとは裏腹に、アグニは高揚感を抱いていた。未知なる力への興味と、これから出会う謎の少女への期待感が膨らんでいた。


 そのことにターニャは気付いていた。好奇心と慎重心の間で揺れ動くアグニのアウラは、すでに協力的になっている。


 「報酬はいくらでも払うわ。私の〝天使〟を救うためだもの、あなたが欲しいものは何でも用意する。言ってちょうだい、何だってする。」


 ターニャは、念を押してアグニにもちかけた。


 彼女の申し出に、アグニは正直そそられた。アマゾナス高官の直属兵になれば、二度と飢えに苦しむことは無い。母も一生楽にさせられる。


 でも本当にそれでいいのだろうか。これから自分が手を貸そうとしている者達が自分にとって天使なのか悪魔なのか、今の時点では判断できない。

 善悪など、見る方向によって変わる。アグニには、正義とか悪といった話にはたいして興味は無い。ただ、自分が不快な思いをする行為には手を出したくなかった。


 何にせよ、アグニが抵抗する余地は今のところ無い。


 「・・・じゃあとりあえず、おれをその〝天使〟に会わせてくれ。この目で見てみたい。じゃなきゃ、さっきの話を信じられそうにない。」


 アグニは思いついたまま提案した。


 「・・・・!」


 ターニャは、それをアグニの受諾だと解釈したようだ。彼女は満面の笑みをうかべ、アグニに大きく頷いてみせた。

 「勿論いいわ。お安い御用よ。出発はいつにする?私は今からでも発てるわよ。」


 アグニは、少し考えて答えた。

 「明後日だ。何かと準備がある・・・タングスも連れてっていいよな?」


 ターニャは当たり前だと言わんばかりに微笑んだ。

 「あなたの相棒ね。どうぞご自由に。」


 テーブルに追加の酒が3人分運ばれてきた。先ほどまで飲んでいたものより高級で、強い酒だった。


 「私達の、未来の栄光に。」


 ターニャはグラスを掲げた。

 ファルコとアグニも彼女にならってグラスを持ち上げた。


 「乾杯。」


 つき合わされた細長い金属製のグラスが、高く尖った音を立てた。



 店を出て、ほろ酔いのターニャがドップ・ファミリーに支えられて路地深くへ消えて行くのを見送った。

 アグニは彼女の姿が完全に見えなくなったのを確認して、特大のげっぷをかました。最後に飲んだ酒が予想以上にきつかったせいで、彼は眩暈と吐き気に襲われていた。


 「大丈夫か?」


 ファルコは笑いながら、今にも吐きそうなアグニの背を擦った。彼は全く顔色が変わっていない。素面そのものだ。〝笊〟とは、彼のような人物を指して言うのだろう。


 酒気を漂わせる相棒に、タングスは鼻をひくつかせて責めるような視線を浴びせた。アグニには、タングスの思考を読み取る余裕は無かった。


 「送ってやりたいが、族長に用があるんだ。」

 「ああ、平気。タングスがいる。」


 アグニは、ふらつきながらタングスの長い毛にしがみ付いた。


 ファルコは泥酔した少年がすっかり忘れている賞金袋をタングスに差し出した。タングスは、彼の手に触れないよう細心の注意を払いながら袋をくわえた。


 「気をつけてな。お袋さんによろしく。」

 「・・・ファルさん。」


 背を向けようとしたファルコを、アグニは呼び止めた。


 「さっき、何が言いたかったんだ?」

 「・・・・。」


 ファルコは、呂律が回っていない少年の虚ろな目を見据えた。赤銅色の瞳が、外灯の光で揺らめいている。


 「悪魔崇拝者の事で、おれに何を・・・教えたかった?」


 アグニは酔いの回った頭を懸命に働かせ、ファルコに聞いた。ファルコは、ふっと笑って軽い口調で答えた。


 「別に。ただの世間話さ。」

 「そうか・・・。」


 アグニは納得がいかないながらも、了解した。


 まだ何か言いたそうにしているアグニに、ファルコは軽く首をかしげてみせた。アグニはぼんやりした思考の中で、何かが引っかかっているのを感じていた。

 うまく言葉にならないが、それは確かにアグニの心の中で囁いている。


 「・・・おれと、ファルさんが初めて会ったのは2ヵ月前だよな。」


 ファルコは考え深げに頷いた。

 「そうだな・・・もっと前からの知り合いみたいな気もするが。」


 アグニは彼と初めて出会った日のことを思い出し、ある考えが浮かび上がった。


 「ファルさんは・・・あの時、おれが器だと気付いたのか?それで、おれに声をかけた?酒場で喧嘩してたおれのアウラを見て・・・。」


 ファルコは愉快そうに笑い、首を横に振った。


 「なわけ無いだろ。俺が器の存在を知ったのは、ターニャに聞かされてからだ。1週間前にな。」

 「・・・・。」


 アグニは、疑り深い目でファルコを見た。


 「・・・変わったアウラだとは思った。それで、お前に興味が湧いたのは事実だ。」と、ファルコは付け足した。


 アグニはまだ何か物足りなさを感じたが、眠気に襲われ始めたため今日のところは引き下がることにした。


 「だよな。なら、いいんだ。」

 「・・・悪いな。妙なことに巻き込んじまって。」


 ファルコは目蓋を重たげにしている少年を物憂げに見つめながら、静かに詫びた。


 「いや、別にいいよ。面白そうだし。」


 アグニは欠伸しながら気軽に言ってのけた。


 ファルコは少し呆れたように短く笑い、アグニの頭を軽く叩いた。それが気に入らなかったのか、タングスが低く唸った。


 アグニはタングスが急かすのを無視し、酔いの勢いを借りてファルコに本心を打ち明けた。


 「おれ、ファルさんのこと信頼してるし、尊敬もしてる。」


 ファルコはにやりと笑った。


 「言われなくても気付いてる。」


 「うん、まあ聞けよ。おれは、あんたを本当の兄貴みたいに慕ってる。いつも、世話になってばっかで・・・それってフェアじゃないと思うんだ。」


 アグニはファルコの目を真っ直ぐ見つめた。


 「だから、もう少しおれを信じてくれ。」

 「・・・・。」


 ファルコは、ほんの少し困惑したような表情を見せた。自身に向けられたアグニの純粋な思いに、どう応じていいか迷っているようだった。


 戸惑いながらもファルコは、「・・・わかった。」と、うなずいて微かに笑んだ。


 アグニは照れくさそうに笑い、タングスの背中によじ登った。



 アグニ達が去った後を、ファルコは複雑な面持ちで見つめていた。その暗い目には、悲壮感がうかがえる。彼は目を閉じ、短く息をはいた。

 そして再び開かれた黒く無機質な目には、一切の感情が消え去っていた。


 ファルコは踵を返し、暗闇の中へ身を投じた。


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