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第十七話

 社に戻ってきたキラにサラマンは大喜びし、彼女の周りを高速で回転した。イスラは青い目を細め、まるで甘えるように半透明の頭を摺り寄せてきた。


 キラに解放された後、2匹は自らの意思で社にいるヘルのもとへ飛んでいき、中枢官吏たちより先にキラの身の危険をマモンの通訳を介して彼に知らせたのだという。賢明なイスラとサラマンに、キラは心の底から感謝した。



 その夜、キラは東社の御座所に急遽集まった者達にアザゼルとのやり取りを一部始終話した。ニコの南アクでの通り名は大きな手がかりだ。また、身内の中に彼と関わっている者がいるという事実は重大 な問題である。


 中枢からの使者が、緊急会議においてキラが上級アイオンとして認められたことを伝えた。試験は中断されてしまったが、彼女の実力は充分に証明されたとのことだ。

 正確にいうと、中枢はアウトローの侵入を許した事を公にはしたくないようで、今回の事件は内密に止め、キラの試験は何事も無く最後まで順調に執り行われたことになったそうだ。





 翌日、キラは大神殿でアイオンの個人証明となる入れ墨を彫った。サンプルは複数用意されていたが、彼女は左の頬に赤い小さな逆三角を入れることを選んだ。

 初級アルコンの証だった片耳ピアスではバランスが悪く感じたため、入れ墨のついでにもう片方の耳にもピアスを嵌めてもらった。



 そのまま、ヘルと共に下層部へと下りた。バルタナ大陸出身の霊具技師ロベルトは、バース・ヒルスの中央都市に住み込みで霊具の開発に携わっているそうだ。シニの体内に埋め込まれている霊具、リセッターも彼が発明したものだという。


 キラは昨日の悪夢から完全に立ち直り、足取り軽く地下街を歩んだ。対するヘルは酷く神経質になっていた。キラの図太さに呆れながら、片時も周囲への警戒を怠ることは無かった。


 まるでレーザー網のように張り詰めた彼のアウラを少しでも和らげようと、キラは必要以上に明るく振舞った。だが、あまり効果は無かった。昨日の事件は、キラ本人よりもヘルに相当なダメージを与えたようだ。


 ヘルが過保護なまでにキラの身を案じるのは彼女自体を特別に思っているからでは無く、彼女がレナの忘れ形見であり、テフの代わりとなる存在だからである。彼女を傍に置き、失うことを何より恐れている理由はその2点にある。


 キラは、そのことに対し言い表しようのない虚しさを感じていた。ヘルの傍にいたいという彼女の思いには同情や使命感は無く、ただ単純に彼に惹かれているからだ。その誤差を不満に思いながらも、彼女にはどうすることも出来なかった。



 「いらっしゃーい!」

 「チッパピポ!」


 工房の扉を開けるなり、謎の生物が勢いよくヘルに飛びついた。全身を覆うふわふわの白い綿毛に、潤んだ丸い眼。


 「か・・・かっわいい!」


 キラは思わず声を上げ、その生物をヘルの胸から引き剥がした。それは、キラの両手に挟まれて腹部に連なる黒豆のような足を忙しなく動かしながら、彼女をまじまじと見つめた。


 「ヤバイっしょ?〝リギー・バータン〟の幼虫、ポポたん2世ね。」


 電動車椅子で2人を出迎えた白金頭のロベルトは、フランクな言葉遣いで馴染みやすい笑顔を見せた。


 キラと年の変わらない少年のように見えるが、実年齢は40歳を過ぎている。彼はバルタナ大陸の大半を占める〝アールヴ人〟という長寿族で、平均寿命300歳といわれるエスで最も長生きする人種だ。

 リギー・バータンとはバルタナに生息する変異生物で、霊感を持ち、知能の高い神秘の甲虫類である。


 「キラだ。よろしく、ポポたん。」

 「チッピ!」


 キラが挨拶すると、ポポたんは零れ落ちそうな黒い眼をうるうると輝かせながら元気よく鳴いた。どうやら気に入ってもらえたようだ。


 鉄屑を継ぎ合わせたような人形型の〝ゴーレム〟が、訪問者に茶を運んできた。ゴーレムは、アールヴ人の間では主流のファミリアだ。屍に魂を宿らせるアンデットとは違い、呪術によって石や金属などに動力となる魄を注ぎ込んで生み出される。彼らに精神は無く、電力で動く旧世界のロボットと同じようなものだ。



 無数のコードで繋がれた機械類で埋まる工房の棚には、変わった形状のアバターも並べられていた。その中に、ヘルが地上用にしている白狐の面を見つけた。


 「これも、ロベルトが?」


 「まだ未完成だけどね。アバターっていちいち取り外しすんの、ぶっちゃけ面倒っしょ?だから、自動で装着できるものを試作中。見て見て。」


 ロベルトは液晶画面のような平たい表面をしたアバターを手にした。彼が装着すると、黒い画面に単純な記号で構成された顔文字が表示された。


 「感情の変化に反応して、それに適した表情を表示するんだ。でもパターンを多くしすぎると、アバター本来の機能が損なわれちゃうんだな。実際、表情なんて必要ないんだけどね。」


 ナンセンスではあるが、ユーモアのある発明だ。キラは他にも面白い物は無いかと周囲を見渡した。


 彼女には全く理解できない複雑な数式が書かれた黒板、都市遺跡から発掘されてきたのであろうアンドロイドの残骸、製造途中の霊具。キラが工房を物色している間、ヘルはロベルトから手渡された何かの書類に目を通していた。


 キラは机の上に置かれていたリング状の機械装置を手に取った。官吏たちが度々首につけているものだ。


 「それは、旧世界の〝携帯用MFP(マルチファンクションプレイヤー)〟を参考にして製造した精神エネルギーを動力源にする複合機なんだけど、改良の余地ありだね。」


 「まるでメカニックだね。」


 アバターの画面に得意げな笑みが表示された。


 「これでも錬金術師の端くれ。」

 「・・・・。」


 アールヴの錬金術師は、霊科学に精通した発明家として有名である。テサでも、数名の若いアールヴ人が錬金術の修行を目的に住み込みで働いている。若いとはいっても100歳を超える彼らの頭脳はネオ研究において必要不可欠な存在だ。



 キラにとって、アールヴの錬金術師は〝マッドサイエンティスト〟というイメージが強い。少なくともテサにいるのは、知識を得るためにはどのような犠牲も厭わぬ、人倫から逸脱した者達だ。


 エスの動植物を絶滅に追いやった兵器を発明したのもアールヴの錬金術師だったという。確証は無いが、アールヴ人が異様に長生きなのは、彼らの間で古来より盛んに行われてきた不老不死の研究が関係しているといわれている。


 キラは今、ロベルトの発明のお陰で生きている。だが、本来の時間を捻じ曲げるリセッターの発明は、常軌を逸したもののように思われてならない。


 アールヴ人の性ともいえる知識への探究心は、どこまでも一途だからこそ危険性を孕む。彼らの発明は高度な文明を築き、またその文明を滅ぼす原因となったのだ。


 ロベルトは邪心の無い純粋な探求者だ。その純粋さは、常に狂気と背中合わせにある。キラは、彼をテサの研究員と重ねずにはいられなかった。

 彼に礼を言いたいのは山々なのだが、テサでの暮らしで培われたアールヴの錬金術師に対する猜疑心が邪魔をして、どうしても感謝の言葉が口から出てこなかった。



 「・・・ロベルトは、どうしてバース・ヒルスに?」


 「ここだと質のいい霊媒物質がいくらでも手に入るし、霊具造りに絶好の磁場を保有してる。何より、アイデアに尽きない。」


 ロベルトはキラの複雑な思いには気づいていない様子で、何やら嬉しげに謎の装置を腕に装着していた。筋力補助器のようだが、それにしてはシンプルな形状だ。


 「これ、シニの要望で製作中の強化装置。目標は片腕1.2t、片足3.6t前後。握力は、0.5tってとこだね。完成すれば女武官の悩みを一挙に解消できる。目立たないように、もっと軽量化するつもり。」


 「すごい・・・。」


 悪魔の脅威を体感したキラにとって、その装置はとても魅力的に感じた。彼女が強い関心を示したことに気をよくしたロベルトは、実際に強化装置を発動させて鉄屑をひねり潰してみせた。


 精神力を圧縮して念力に変換し、それを肉体に留めて怪力を生む仕組みのようだ。部分的にリミッターを強制解除するようなものだが、自ら念力を生む必要が無く、身体にかかる負荷も軽減される。


 「それもいいが〝蓄力器〟の開発は進んでおるのか?」

 「むっひっひ。ヘル、おいらを誰だと思ってんだい?神器を生み出した男だぜ?」


 「できたのか。」

 「できちゃったんだな、これが!」


 ロベルトは机の上からカチューシャのような形状の装置を手にし、ヘルに投げて寄越した。


 「8.5mspまで蓄積できる。入出力時に多少の漏れはあるけどね。」


 酸素石を1個分消耗する精神力量を1spとし、その千倍を1ksp、百万倍を1mspと表す。


 「慣れるまでは眩暈と吐き気がするかもだけど、マカビほどじゃないから安心して。」


 精神力を蓄えられる装置など、とんでもない発明だ。あらゆる霊術使用の限界が大幅に上昇するということは、大変な兵力になる。



 「・・・ねえ、キラ。末暦の紀元になった大戦のこと知ってる?」

 「・・・・?」


 ロベルトが唐突に歴史の話をふってきたため、キラは少し戸惑った。


 「また始まった・・・。」

 ヘルは嫌気をさしたように唸り、革張りのソファーにどかっと腰を下ろした。


 「魔術師が支配する大国間で勃発した世界大戦、だよな?」

 「まあ大まかに言えば、そんな感じなんだけど・・・。」


 ヘルの態度は気にせず、ロベルトは語り始めた。


 「アールヴの錬金術師が招いたとされる〝第3次異世界大戦(トリニティ・ウォー)〟。それまで特定の召喚師しか成しえなかった異界存在との接触を科学技術が可能にした結果、悪魔の軍勢が人間界に侵入した。それに対抗したのが、神族および〝天界の鬼神〟たち。それが、人間界を巡る魔界と天界の大戦争に発展した。

 大戦は天界側の勝利に幕を閉じ、アールヴの錬金術師が生み出した異次元の扉〝レベル・ゲート〟は破壊され、それに関する資料は全て闇に葬られた。

 戦いに疲れた神族たちは、どこまでも傲慢な人々の前から姿を消し去った。以降、国が国としての機能を果たさなくなり、文明は崩壊した。それが終焉の始まり、末暦零年ね。」


 ガグルが発生したのは、その大戦の前後だったと考えられている。


 「錬金術たちが、なぜレベル・ゲートを発明したかについては色々な説がある。単なる異界への好奇心、不老不死の研究の過程、あるいは軍事目的の国家命令だったともいわれている・・・で、おいらが信じてるのは、四大エレメントを復活させるためだったっていう説だ。」


 「・・・・。」


 「キラは四大エレメントのことを、神話に登場する架空の存在って思ってるだろ?でもアールヴ人は、それらが異界から出現してエスを築いたと考えている。

 異次元の扉を開け、自身らが破壊してしまった使徒を再び呼び起こすことで、汚染されたエスを救おうとしたんだ・・・まあ、結果的には大変な戦争を招いてしまった訳だけど・・・

 でもっておいらは、ご先祖さまが犯した罪を償うことが自分の使命だと思ってる。近年まで伝説と化していた神族が目の前に現れたとき、それを確信したんだ!」


 「かつての神族などもう存在しない。カルブは長い年月の末に戦いを忘れ、その力は衰えていた。血が薄れ、使える魔術などほとんど残っていなかった・・・。」


 熱弁するロベルトに、ヘルは淡々と告げた。


 「でも、ヘルは〝あれ〟を召喚した。レベル・ゲートですら開けられなかった天界の扉から・・・神族の血にしかできないことだ。覚えてないとは言わせないぜ。」


 「覚えてない。」


 ロベルトは大袈裟にため息を漏らした。


 「ヘル・・・。」

 「その話はしたくないと言っておろう。」


 抑揚のないヘルの低い声には、只ならぬ圧迫感があった。だが、ロベルトは引き下がろうとしなかった。


 「・・・キラには、知る権利があるんじゃないの?」

 「・・・・。」


 「?」


 キラは2人を交互に見やった。


 「10年前、バルタナ大陸を騒がせた一連の出来事について。どうせ、話してないんでしょ。」

 「・・・・。」


 「〝彼女たち〟が死んだのは、もちろんヘルのせいじゃない。あれは彼女たちが選んだ道・・・。」


 「!」


 何かの爆発音が、ロベルトの言葉を遮った。

 ヘルが手にしている蓄力器から煙が立ち昇っていた。


 「・・・・。」


 しんと静まり返る工房。気まずい沈黙が流れる中、「チッピ・・・。」とキラの胸でポポたんが小さく鳴いた。

 ロベルトは落胆するように肩を落とし、息をついた。


 「・・・悪い。ちょっと踏み込みすぎた。」

 「過充電防止機能をつけるべきだ。」


 ヘルは壊れた蓄力器を机へ放り投げて立ち上がった。


 「それは名案・・・。」



 後ろ髪を引かれながらも、キラはヘルの後について工房を出た。


 ロベルトの言う10年前の出来事について、キラは興味があった。〝彼女たち〟というのは、言うまでもなくレナと彼女の狩り仲間のことだろう。


 気にはなったが、ヘルの様子を見るところ無理に問いたださない方が賢明であることは一目瞭然だった。


 キラは、また彼との距離が広がったような気がした。



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