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第十五話

 「・・・・。」


 今にも落ちそうなダークグレーの空。

 血のような赤い花が一面に咲いた大地に、キラは倒れていた。


 彼女は呻き声を漏らしながら重たい身体を起こした。肉体の気だるさと酷い頭痛は、自身がまだ生きていることを暗示している。


 「初めまして、こんばんは。」


 「!」


 突然の男の声に、キラは俊敏に顔を上げて前方を見やった。

 大きな岩の上に、黒い人影があった。


 一見は人間に見えたが、そうでないことはすぐに分かった。異様な光を放つ黄色い目、黒光りする肌、長い黒髪、尖った耳と山羊のような角。そして、背中から生えた黒い羽。


 「あ、悪魔・・・!」


 テンガロンハットにレザーのような質感の黒服を着た悪魔は、キラの発言に端正な顔を顰めた。


 「そう呼ばれるのは嫌いでね。〝カオス軍〟将校、〝カナァン〟のアザゼルだ。どうぞ、よろしく。」

 流暢に人の言葉で自己紹介した悪魔は、何処からともなく葉巻を取り出して口にくわえた。


 カオス軍とは、魔界におけるアウトローの反乱軍のことだ。カナァンは悪魔の種族名で、悪魔の中でも特に人間に似た感性を持つ。


 「・・・何が目的だ?」

 「君の抹殺。」


 キラの問いに、アザゼルは軽い口調で答えた。キラは眉を顰めた。殺すのが目的なら、今すぐにでも実行できるはずだ。


 「たかが小娘1匹のために召喚されて、迷惑してるんだ。こちとら暇じゃないんでね。」

 「じゃあ、さっさと済ませて帰ればいい。」


 アザゼルは葉巻をふかしながら、愉快そうに笑った。


 「それじゃあ芸が無いじゃないか。視聴者もがっかりだ。」

 「・・・・。」


 「バース・ヒルスの警戒網を潜り抜けてひと1人を誘拐するのは、そんな簡単なことじゃないんだよ?とても危険な賭けなんだ。ドキドキしたよ。うまくいって本当によかった。今、最高にいい気分だ。」


 暇じゃないと言いながらも、アザゼルはこの犯行を悠長に楽しんでいる。速やかに目的を果たさないのは、パイマー殺しという喜びを存分に味わうためだ。アウトローの性に、キラは嘲笑した。


 「よかったね、おめでとう。で、ここは何処だ?」


 「いい質問だ。ここは、僕が時空の狭間に作り出した異空間。よく出来ているだろ?君達が住む世界からも、僕らが住む世界からも切り離された次元だ。誰にも干渉されることなく、君との時間を楽しめる・・・。」


 アザゼルの説明を聞きながら、キラは周囲を観察した。空を覆う雲、赤い花、黒い土と岩。どれも本物そっくりだが、そよ風に至るまで精密に作られた模型だ。


 「よく出来てるけど、完全な異世界って訳じゃなんだな。人間界の空間を一部捻じ曲げて、エクトプラズムで塗り固めたハリボテ世界ってとこか。すごく不安定で、長時間は維持できないでしょ?」


 アザゼルは片方の眉を吊り上げた。図星だったようだ。遭遇することは一生に一度あるかないかだが、人間を異次元に誘い込む妖精がいることを知っていたキラは、置かれている現状にさほど驚かなかった。


 「・・・なかなか聡いな。君、怖くはないのか?今から殺されるんだよ?」


 アザゼルが疑問に思うのも無理はない。キラは死に直面しているにも関わらず異様に落ち着いていた。


 「怖いよ。」

 「怖がってるようには見えないが。」


 全く怖くないわけではないが、悪魔の目的がイスラとサラマンでは無く、自分だったということに対してキラは安堵していた。一時は死を覚悟したものの、悪魔の気まぐれが自分をまだ生かしていることを幸運に思ってもいた。


 アザゼルは恐らく、モルフォの扇という新生神器の存在をまだ知らない。神器を発動させられるだけの精神力が回復するまで時間を稼ぐことができれば、隙を突いて倒せるかもしれない。


 アザゼルが消滅すれば、彼の力によって無理やり捻じ曲げられている空間は元の人間界に復帰するだろう。その時、自分の身がどうなるかは正直わからない。だが、何もしないで殺されるよりは断然ましだ。


 「今から何するの?すぐに殺す気はないみたいだけど。」

 「そこまでは考えていなかった。さて、何をしようか・・・何かしたい事はあるか?」


 アザゼルは黄色い目を不気味に光らせながら、キラを値踏みするように見ていた。その視線に胸のざわつきを覚えたキラは、なるべく彼と目を合わせないように努めた。


 「・・・アザゼルは、高位のアウトロー?」


 キラは質問しながら、無意識的に赤い花を摘み取った。花は一瞬のうちにして枯れ、黒い煤になって彼女の手から砕け落ちた。どこかで見覚えのある光景だ。


 「いかにも。」


 アザゼルは岩の上から降り立ち、ゆっくりとキラの周りを歩き始めた。キラは立ち上がり、彼の姿を追った。彼はまるで天使のような優しげな笑みを浮かべているが、片時もキラを捉えて離さない目は飢えた肉食獣を連想させる。


 「あんた達が探してる異色のムスリムって何なの?」

 「僕らにとっては・・・〝異端の神〟とでも言うべきものかな。それを喰うと、とても強い力が得られるそうなんだ。」


 悪魔にとっての異端の神?キラには何のことかさっぱり分からなかった。


 人間が悪魔と認識している彼らは、無数にある異次元の1つに住まう種族に過ぎない。彼らの文化の中にも人間界における神と悪魔に該当する観念がある。

 カナァンもインプも、人間が勝手に神と対立する存在として位置づけて悪魔と呼んでいるだけであって、実際は悪魔という単語が示す存在とは別物である。神も悪魔も概念であって、その存在は不確かなものなのだ。


 「アザゼルも、よく知らないんだね。」


 キラの適切な解釈に、アザゼルは苦笑いした。


 「実のところ。他に聞きたい事は?どうせ死ぬんだから何でも聞けばいい。」


 キラは咲き誇る赤い花々を見渡した。


 「アザゼルを召喚したのは、ニコ?」

 「ああ。それも通り名の1つだ。」


 アザゼルはあっさりと認めた。


 「・・・その、ニコは何者なの?他の通り名は?」


 「ただの逸れ者の召喚師さ。通り名は沢山あるけど、南アクでは〝ファルコ〟で通ってる。」


 南アクと聞いて、キラは眉を顰めた。


 「北アクの人じゃないの?何で、あたしを?」

 「彼は君に恨みは無いよ。北アクの官吏に依頼されたそうだ・・・それが誰かまでは知らない。悪いね。こちらの世界では、僕も一介のファミリアなもんで。」


 「・・・・。」


 アザゼルが知らないのは事実だろう。ここから生きて出られぬ相手に隠す必要など何処にも無い。


 不意にキラの背後に回りこんだアザゼルは、今まで隠していた強烈な殺気をむき出しにした。その余りの禍々しさに、キラは振り返ることが出来なかった。


 「少しは力が回復したかな?」

 「・・・なんで、そんなことを聞く?」


 アザゼルは冷ややかに笑った。


 「君の魂は、とても美味そうだ。どうせなら元気な状態で喰いたいからね。」

 「―――・・・!」


 キラは全身が凍りついた。アザゼルは、気まぐれでキラを生かしていたわけではなかった。わざわざ異空間に閉じ込めたのは、力を消耗して弱っていた彼女が回復して食べごろになるのを待つためだったのだ。


 怯えきっているキラを見て、アザゼルはさも愉快そうに笑った。


 「あはは、流石に怖くなってきたかな?大丈夫、いたぶる趣味は無い。」そう言って殺気を閉じ込めた彼は、再びキラの周りを巡回し出した。


 「ムスリムなんかより、生きた人間の魂の方がよっぽど美味いんだ。特に、霊感の強い人間のものとなると病みつきになる・・・カナァンの間では、狂気を生む麻薬のようなものだ。故に、喰うことは禁じられている。だが、アウトローの僕にとっては関係の無い話だ。」


 「・・・・。」


 「それにしても、人間の中には残酷な輩がいるものだ。何の罪も無い善良な少女の死を求めるなど、それこそ正に悪魔だろう・・・。」


 ふと何かを思いついたように、アザゼルはキラの前で立ち止まって黄色い目を爛々と輝かせた。


 「どうだい、キラ。僕らとの混血種にならないかい?君ほどの魂魄なら、儀式に耐えて転生できるだろう。」


 キラは目を瞬かせた。


 「・・・魔族になるってこと?」


 「そう。〝クエドナ〟の血も衰え、人間界では真の魔術師と呼べる者はもういない。ファルコも転生に値する男なのだが、些か問題があって儀式を受けられない身でね・・・君が次世代の魔族になってくれれば有り難い。」


 クエドナとは、月の女神と呼ばれるカグヤ家の先祖にあたる魔族のことだ。拒絶反応に耐えられるだけの力を持つ人間に悪魔の血を輸血することで魔族は生まれるという。魔族になることで、人間はもちろん悪魔さえ凌駕する能力を得ることができると言われている。


 「ヤマトなど目では無いぞ?バース・ヒルスの頂点に立ち、北アクを君が望むままに改革できる。その気になればエス全土を、君が正しいと信じる道に誘うことができよう。」

 「その代償は?」


 アザゼルは目を鋭く光らせた。


 「我々、カオス軍に協力すること。君にとっては魔界の秩序など関係ないだろう?アウトローのことを殺人鬼集団とでも吹き込まれているだろうが、今の人間界の方がよっぽど野蛮で猟奇的な連中が蔓延っている。僕らは、他種族を喰うことはあっても〝共食い〟はしない。」


 「・・・でも、あんた達が力をつければ人間界で好き勝手するだろ?」


 キラの指摘に、アザゼルは笑いながら首を横に振った。


 「いいかい、キラ。僕らにとって君の世界は、数ある異界の遊び場の1つにしか過ぎないんだ。実際、本格的に狩りをしているのは別の次元なんだよ?君が魔族になれば連れていってあげられるのだが・・・まあ、君たちは珍味の絶滅危惧種といったところだ。今さら喰い漁ったりはしない。」


 「まるで以前は喰い漁ってたような言い草だな。」


 アザゼルは薄ら笑みを浮かべ、テンガロンハットを直す素振りをした。


 「・・・そういう時代もあった。過去の話だ。一応言っておくが、エスが今のような状態になったのは僕らのせいじゃないぞ。君ら人間が、自身で招いた結果だ。」

 「・・・・。」


 「ガグルの出現は、その世界の初期化を意味する。つまり君らが暮す空間は、神の意思によって再生されようとしているんだ。君らの言葉でいう人間は、神に見限られたってことさ・・・神というものが本当に存在すればの話だが。」


 アザゼルの立ち振舞いは極めて知性的で、彼の発言が全て正しいことのように聞こえてくる。マモンと話をしている時の感覚に近い。彼らが人間にとって邪悪な存在であるということを、ついつい忘れさせられる。


 いや、彼らは本当に邪悪なのだろうか?真に邪悪な存在なのは、人間という種族なのではないだろうか?


 アザゼルが言うように、人間は滅びるべき種族であると神によって判断されたのなら、秩序を乱すアウトローよりも、危険な野望を抱えるマリッドよりも人間の方が劣悪であるということだ。


 「・・・・。」


 キラの頬を涙が伝い落ちた。アザゼルは好奇心に満ちた黄色い目で、少女の目から流れ出る透明の液体を一心に観察していた。


 そっと腕を伸ばした彼は、キラの濡れた頬に慎重に触れた。黒大理石でできているような硬くて滑らかな彼の皮膚には、冷涼な見た目とは裏腹に熱があった。火傷するほどではないが、人間の平熱よりは遥かに高い。


 「君を殺してしまうのは余りにも惜しい・・・。」アザゼルは、キラの複雑な色合いをしたオッドアイに見入りながら独り言のように呟いた。


 「・・・っ!」


 不意に顎を持ち上げられ、キラは身を強張らせた。アザゼルにとっては極限まで力を制御した動作であっても、人間のキラにとっては恐ろしい怪力に感じられた。


 何を思ったのか、アザゼルは身を屈めるようにして顔を近づけてきた。キラは咄嗟に鉄扇に力を込めた。


 「!?」


 危険な霊波動に気づいたアザゼルは、キラから手を離して素早く飛び退いた。光り輝く鉄扇の刃が、彼の喉元を掠めた。


 「おっと・・・それは、ちょいとヤバそうな霊器だな。」


 アザゼルの目つきは一変して険しくなった。絶好のタイミングを逃してしまったキラは、悪態をついて構えなおした。

 それを見てアザゼルは、喉の奥から獣のような低い唸り声を漏らした。怒っているわけでは無く、興醒めによるため息のようだ。


 「止めておけ。本気で僕に敵うと思っている訳ではあるまい。」―――「!」


 地面から無数の黒い紐が出現し、勢いよくキラの身体に巻きついた。


 「どうだい、これで動けないだろう。」


 両手足の自由を奪われたキラは、紐を振り解こうと渾身の力でもがいた。だが、それは彼女の力でどうにかできる物質ではなかった。

 アザゼルは再びキラに歩み寄り、腕を伸ばした。


 その指先が彼女の金髪に触れかけた時、彼の足元に亀裂が生じた。


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