第十二話
翌朝、キラの不可解な行動を女官たちは呆然として見守っていた。キラは、鏡台の前に座って肩にかかる髪を鋏でせっせと切り落としていた。
「もったいない・・・。」
女官の1人が呟いた。キラは気にせず、横に流していた長い前髪もざっくりと豪快にカットした。余りにも乱暴な切り方だったため、見かねたキナが櫛と剃刀を手に取った。
キラの気が済むところまで、キナは彼女の金髪を短く刈っていった。程なくして、キラの頭は少年のような短髪になった。
「・・・・。」
キラは鏡を見ながら眉毛の上まで刈り込まれた短い前髪をいじり、口角を片方だけ上げて満足そうな笑みを浮かべた。キナは怪訝そうに眉を顰めながらも、わざわざ理由を聞いたりはしなかった。
キラの容貌は、爽快なベリーショートで雰囲気が一変して大人びて見えた。白くて細い首筋と形のいい小顔が露わになったことで、異色症の瞳が際立って鮮やかに映る。その眼光からは、挑発的なまでにキラの利発さが剥き出しになって見て取れた。
宝石細工でできた美少年さながらのキラに、女官たちは仕事を忘れて見惚れた。彼女たちの予想を大きく覆し、大胆に刈り込んだ髪形はキラによく似合っていた。
中庭に面した客間で将棋を指していたヘルとナリは、ふいに現れたキラを一目見て絶句した。
「昨晩よく考えたんだけど、やっぱりあたしは武官になる。」キラはヘルの目を真っ直ぐ見据えて言い切った。
「もちろん大精霊石の回収は手伝うよ。そのためにも、いざという時に戦力になれた方がいいと思うんだ。足、引っぱりたくないから。」
「・・・・。」
ヘルは納得がいかないようだったが、「好きにしろ。」と淡白に呟いて視線を盤上に戻した。
キラは、彼女を凝視したまま固まっているナリを見やった。
「ナリ、どっちが先に〝到達〟できるか競争な。」
「・・・お、おう。」
用件を伝えて満足したキラは、足取り軽く回廊を渡って資料室へと向かった。
テンが昨日から不在のため、キラは1人で復習に励んだ。これまでに読んだ書物にざっと目を通し、頭から抜け落ちていることが無いかを確かめた。
確認し終えた書物を棚に戻していたとき、無造作に収められた古い巻物が目に入った。昨晩ヘルが読んでいたものに違いない。
キラはそれを手に取り、床に腰を下ろした。劣化を防ぐため特殊な塗膜で表面処理されているが、パルプを原料とした紙の巻物だ。旧世界よりもさらに古い時代のものに違いない。
キラは慎重に巻物を広げた。文字は読めないが、所々に描かれている絵図は何となく理解できる。どうやら、何かの神話のようだ。複雑な絵図を眺めながら、ゆっくり巻物を手繰っていった。
「!」
見覚えのある図形に目が留まった。正方形を2つ重ねて描かれた八芒星と、その中心で身を丸めて尾をくわえる黄金の竜。
八芒星は精神と肉体の統合を表し、大抵は四大エレメントの象徴として用いられる。尾をくわえた竜はウロボロスと呼ばれ、解釈は時代によって様々ではあるが、無限性や完全性を示すものだ。
キラの頭の中で何かが引っかかっていた。これと全く同じ図形を以前に見たことがあるのだが、何処で見たのかどうしても思い出せない。
「うっ・・・。」
強引に記憶を辿ろうとしたところ、頭に鈍痛が走った。キラは小声で悪態をつき、手早く巻物を直してもとの場所に戻した。
遅い昼食をとった後も、書物に埋もれる資料室に篭り続けた。何十冊もの専門書を再読し終え、試験とは直接関係の無い書物を数冊抜き取った。
霊術戦に関するテン直筆の論文を、キラは時間を忘れて夢中で読みふけった。
いつの間にか、彼女はエア・ウルフの毛皮絨毯の上で身を丸めて眠ってしまった。目を覚ました時、純白の長羽織が被せられていた。