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第八話

 「邪魔をする。」


 診療所の入り口に現れたのは〝朱雀〟のアバターを被った白夜連の女隊長と、のっぺりとした黒面の隊員数名だった。

 彼女たちの姿を見るなり、バオドの患者たちはパニックに陥った。奇声を上げて外へ逃げる者や床に平伏して許しを請う者を、暗部は一切気に留めることなく毅然と建物内に進入した。


 「あ、姉貴・・・。」

 ナリは後ずさって身構えた。


 朱雀の女隊長はちらっと彼を一瞥したが、何も言わずソレに視線をやった。


 「彼女に返事をもらいに来た。」


 カゲは猿面の前で袖をあわせ、礼儀正しく一礼した。

 「十二神将、四獣が一角マサ・アイオン。御無礼を承知ながらも、ここは仮にも診療所ですぞ。」


 キラ達3人がバオドの患者たちを怯えさせないために地上用の衣装で診療所へ来たのに対し、暗部の者たちは威厳を見せ付けるような堂々とした装束を身に纏っていた。

 それをカゲが遠まわしに指摘したのを、マサは鼻で笑い飛ばした。


 「バオドに心の治療が必要だとは知らなんだ。」


 彼女の言い草に、キラはカチンときた。

 ソレは軽快に笑って前に出た。


 「相変わらず辛口じゃのう・・・ティコは口が利けん故、おれが代弁しよう。彼女は、バオドに残ることを望んでおる。お引取り願おう。」

 「・・・それは残念だ。」


 ソレの返答に、マサが気を損ねたのは一目瞭然だった。彼女は、先程から自分に威嚇的な視線を向けているコヨーテに目を付けた。


 「何だ、その目は?」―――「!」


 マサに見据えられた途端、ナリの身体は強張った。そして震える両腕を持ち上げ、自らの手で首を絞めつけた。


 「が・・・っ。」「ナリ!」


 膝をついて悶える彼に駆け寄ったキラは、彼の首から手を引き離そうとした。だがナリの腕には恐ろしいほどの力が入っており、キラの腕力ではその行動を阻止することができなかった。


 「父が病に臥す今、私がヤマトの指揮者であることを忘れるな。尤も、私はお前を実の弟だとは思っておらん。姉などと呼ばれては不愉快だ。」

 マサは冷淡に吐き捨て、ナリの拘束を解いた。


 ナリは首から手を離し、床に伏して苦しそうに咽た。キラは怒りに震えながらマサを睨んだ。


 「あんた・・・ナリに何て事をっ!」

 「キラ、止しなさい!」


 マサに襲い掛かろうとしたキラを、カゲの腕が制した。彼の凄まじい気迫に、激怒していたキラさえ度肝を抜かれて硬直した。彼はキラ以上の怒りを抱えながらも、それを頑強な理性で制圧していた。


 マサは少し首をかしげ、カゲをまじまじと観察した。


 「・・・懸命な判断だな。噂によると、崩壊した〝エミシ家〟の血縁者だとか。負け犬の血族にしては、なかなかの覇気だ。ラシュトラに見込まれただけのことはある。」

 「・・・・。」


 エミシとはキラが初めて聞く家名だった。これまでキラは、カゲの若さには不似合いの古風な喋り方に違和感を持っていたが、彼が元々バースにあった旧家の出身であることを知って納得がいった。


 「地下へ降りたのが一族の復興を目的としているならば、私が手を貸してやらなくもない。貴殿にその気があるなら、いつでも中枢に口添えしてやろう。」そう言いつつも、マサが本気でカゲに持ちかけていないことは明らかだった。


 それに気づいていながら、カゲは礼を失すること無く深々と頭を下げた。


 「某には勿体無き御言葉。然しながら、ヤマトの手を御借りする訳にはいきませぬ。」

 「・・・ああ、うっかりしておった。エミシを都から追いやったのは、我々ヤマトであったな。」


 マサは冷ややかに笑い、カゲの後ろにいるキラを見やった。


 「キラ、だったかな。カグヤは兎も角、そなたがヤマトを〝クソッタレ〟呼ばわりした罪は重いぞ。精々、東武官に守ってもらうがよい。」

 「・・・・。」


 キラは精一杯の威圧感を込めて彼女を睨みつけた。

 マサは余裕で受け流し、ソレに向き直った。


 「三つ目に伝えておいてくれ。落ちぶれた祖父の身を思うのなら、謹んで中枢に貢献すべきだと。また出直す。」


 脅迫だ。キラは蕁麻疹が出るのでは無いかと思うほどのストレスを感じた。白夜連は診察所から颯爽と出て行った。


 ティコは布仕切りの隙間から恐る恐る顔を出し、恐ろしくアウラが荒れているキラを窺い見た。彼女の精神状態は来たときよりも悪化していた。

 白い首筋が赤紫色に染まり、金髪が静電気を帯びたように膨らんでいる。今にも発火か放電かしそうな勢いだ。


 ティコが駆け寄ろうとしたところ、キラは腕を上げて制した。


 「聖眼は要らない!」

 「・・・・。」


 キラは黙り込んでいる皆の顔を見渡した。


 「何で誰も、何も言い返さない!?あそこまで言われて、何で黙っていられる!?おかしいだろ!」

 「・・・これがバースの趣なんだ。」


 どんなに悔しくても、ナリが本名を握られている実の姉に歯向かえる訳がない。ソレやカゲも、中枢の上級アイオンを敵に回すようなことはできない。ティコは前代未聞の天才少女であっても、たった9歳のか弱い子供だ。


 「・・・・っ。」


 キラは白イタチの下で歯ぎしりした。

 そして次の瞬間には、診察所を飛び出していた。


 「キ、キラ!」


 皆は慌てて彼女を追って外に出た。




 「待ちな!」


 キラは、神殿へと戻っていく白夜連を大声で呼び止めた。


 マサ達が振り返ると同時に、キラはテレキネシスを発動させた。マサは冷ややかに鼻で笑い、片手を上げて印を結んだ。

 キラが放ったエネルギー波は、マサの前で粉砕して無に帰した。


 ヤマト秘術の結界印。キラは最初からテレキネシスがマサに効かないことは分かっていた。ただ、自分が恐れず彼女に歯向かえることを知らしめたかった。


 「二度と、ナリに呪縛をかけるな。でもってソレとティコに手出ししてみろ、あたしのファミリアでヤマト本家をぶっ潰してやるっ!」

 決して脅しではない。キラは、本気だった。


 「・・・身の程知らずが。」

 マサは怒りでアウラを燃え滾らせ、身体の正面をキラに向けた。


 「マサ様、インプの前です。イシュラ正当後継者に公然と手を上げては、流石に・・・。」


 隊員がマサに小声で耳打ちしたのを、キラの聴覚ははっきりと聞き取った。公然としていなければ、手を上げてもいいということか。


 「!?」


 突如、キラの前にティコが躍り出た。何をする気かと思いきや、彼女はニット帽を乱暴に脱ぎ捨てた。額の中心に、横傷のような目が露わになった。

 ティコは眉間にしわを寄せ、額に力を込めた。閉じられている第三の目が、徐々に開き始めた。


 「いかん、ティコ!止しなさいっ!」


 ソレは素早く駆け寄り、ティコの額を手で抑えた。


 「ヤマト家に楯突いたところで、失うだけで何も得られん。それ以前に、邪眼がバースの武将に通用する訳無かろう。」

 「・・・・っ。」


 祖父の指摘に、ティコは顔を歪ませた。キラに触発された彼女は、通用しないことは分かっていても中枢官吏に抵抗を示したかったのだ。

 ティコが聖眼と邪眼の両方を持って生まれた少女であることを知ったキラは、またさらに彼女に驚かされた。


 「お前さんのファミリアもな。」

 「・・・・。」


 サラマンなら連中にも対抗できるはずだ。キラはそう思いながらも、ソレに言い返さなかった。


 ティコは行き場を失った思いに耐え切れず、声を殺して泣き出した。

 マサは無言で踵を返し、来た道を戻っていった。


 ティコの泣き顔を見たマサは、少し動じたようだった。そのアウラの変化は微弱なものだったが、キラの目は確かに捉えた。

 それは同情や罪悪感ではなく、僅かな恐れだった。〝太陽神の生まれ変わりである三つ目が泣くと、災いが降り注ぐ〟という迷信を思って動じたに他ならない。


 血も涙もない朱雀のマサも所詮は人の子。そう思ったキラは、冷水を浴びせられたかのように怒りが静まった。幼い少女を泣かせて詫びのひとつも無い彼女に嫌悪感は募ったが、先程までの耐え難い憎悪は一気に萎んだ。


 キラは冷静さを取り戻しながらも、ソレの胸に顔を埋めて泣くティコの痛々しい姿を見ると、やはり悔しくて仕方なかった。


 「・・・あたし、武将になる。」―――「!」


 キラの突拍子も無い発言に、皆は唖然とした。


 「このまま何もしないでいられるか。絶対、あいつに一泡吹かせてやる!」

 ナリは呆れてため息をついた。

 「いくらイシュラの後継者だからって、バースの血縁問題には首を突っ込まない方が身のためだぞ。」


 「血族の話はどうだっていいんだ!友達が侮辱されたのに仕返しの1つもしないでいられるかっ!」


 キラが鼻息荒く言ってのけると、ナリは怪訝そうに首をかしげた。


 「・・・友達?」


 「そうだよ、ナリはあたしの友達だろ!?それにティコを泣かせて、Drを馬鹿にして・・・何もかも絶対に許さない!」


 ナリは頭を掻き、通りに歩み出た。


 「来な。いいもん見せてやる。」

 

 「?」


 キラとカゲは彼の後に付いていった。


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