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第六話

 「・・・個人的な用件だ、お前らには関係ない。」

 訳を求める東官吏たちに、ヘルは素っ気無く言い張った。


 「では、我々も之にて。引き続きテサの監視に当たり、随時ご報告に参上奉る。」

 北官吏たちは一礼して足早に姿を消した。


 ヨミと夜叉たちが今後の動きと必要経費などの確認をする中、ヤミとキラは再会を心から喜んだ。


 「キラ!随分と背が伸びましたね、見違えました。」

 「うん、そのせいで体中が引きつってる。」


 ヤミは黒曜石のような目を輝かせてキラを観察し、上品にクスクスと笑った。


 「この調子では、イリ様を凌ぐカリスマ・アイオンとなる日も遠くはありませんね。」


 彼の言っている意味がよく分からず、キラは眉を顰めた。


 「ねえ、ヘルもそう思いませんか・・・。」


 ヘルを振り返った瞬間、ヤミは凍りついた。

 キラもヘルの顔を見て異変に気づいた。


 「・・・ヘル?」


 彼は酷く顔色を悪くして、何かに耐え忍ぶように身を強張らせていた。


 傍に座っているロウは、ぶつぶつと何かの呪文を唱えながらヘルの背中を慎重に擦っていた。冷や汗をかいて引きつっていたヘルの顔は次第に和らぎ、身体から力が抜けていった。


 「薬を持ってくる。」

 そう言って立ち上がろうとしたロウを、ヘルは引き止めた。

 「・・・マモンを、宥めてくる。」

 ロウの肩を借りて立ち上がったヘルは、アスモを大筒(イフリートを閉じ込める大型の封筒)に戻しつつ部屋から出て行った。



 篝火の灯された中庭で踊りの稽古をしているナリの姿を、ヤミは二階の回廊から眺めながら物思いに耽っていた。

 ふと背後に気配を感じて振り向くと、白イタチの青い目と目が合った。


 「・・・・。」


 キラはヤミの隣に立って中庭を見下ろした。南の武神ヴィルダカ・セトのご指名を受け、ヤマト家の代表として剣の舞を鎮魂祭で披露することになったナリは、鳴り物を担う南官吏たちと共に毎晩遅くまで練習していた。


 セトを含み、南部の大半はヤマト家の親族で構成されている。またシャイマン・シバや四獣のラドもヤマト家の出であり、ナリの実家は現在バース・ヒルスで最も権威のある大御所といえる。


 「最初は、あんなに嫌がってたのに・・・。」

 ナリの真剣な姿を見て、キラは目を瞬かせた。


 ヤマト分家のシニとナラの助言を得ながら、ナリは汗だくになって舞の稽古に取り組んでいた。バース・ヒルスの伝統舞踊である剣の舞は〝精霊輪舞〟と呼ばれ、数種のパイを使用して踊る危険で華麗な舞踊だ。

 バース旧家の者にとって剣の舞は嗜みの1つであり、ヤマト本家出身のナリも幼い頃から舞の基本となる動きを叩き込まれて育っていた。


 実際にパイを使用して踊ったことがなかったナリは、3週間前の急なセトの依頼に戸惑った。数種類のパイの同時使用は上級アルコンになったばかりのナリには難しく、1ヶ月で精霊輪舞を完成させるには厳しいものがあった。


 そのため断ろうとした彼を、シニとナラが止めた。精霊輪舞はカク出力式の武器を使用するためのよい訓練になるからだ。舞の動き自体、古くからバースに継承されてきた剣術の基礎であり、完璧な精霊輪舞を体得することは東武官としてのナリの成長に繋がる。


 2人の赤鬼に説得されて渋々了承したナリだったが、いつの間にか本気になって練習に励んでいた。今では完成したのも同然の精霊輪舞にアレンジを加え、さらに激しい舞として仕上げの段階に入っていた。


 「今のナリを見れば、ヤマト本家の者たちも考えを改めるでしょうね・・・彼がここまで成長するとは、正直思っていませんでした。」


 ヤミは、弟を見守る兄のような眼差しでナリを見ていた。キラは頷いた。


 「エリア5で初めて会った時とは別人みたいだ。」

 「・・・あなたが現れて、色々な事が変わろうとしている。」


 そう呟いたヤミの心情がよく分からず、キラは面の下で眉を顰めた。


 「それは良くない事?」


 ヤミは意味深に笑った。


 「良いか悪いかはさて置き、私はキラがこの地へ来てくれた事に感謝しています。」

 「・・・別に何もしてない。」


 困惑しているキラに、ヤミは優しく微笑みかけた。


 「あなたは、自然体でいるだけで人に影響を及ぼす存在です。」

 「・・・・。」


 それは褒め言葉と受け取っていいものなのかどうか、キラには判断できなかった。


 「ヘルの背中にある霊傷は、マモンが?」


 ヤミは、キラが平然と口にしたマリッドの名に顔を一瞬歪ませた。


 「ええ・・・彼が、上級アイオンになる少し前のことです。」


 燃え上がる篝火の赤い明りを反射しているヤミの黒い瞳は、悪夢のような記憶の中に落ちていった。


 「あの夜の惨事は、今でも昨日のことのように覚えています・・・奴を食い止めようとして、多くの名のあるパイマーが命を落としました。南部から応援に駆けつけた私とシニも、奴の餌食になるところでした。」


 「・・・・!」


 ヤミの思考を通して、キラは当時の悲惨な光景を垣間見た。都中に散らばる裂かれた死体と、その上空で騒ぐ数々の霊体とインプ達。

 おぞましい姿をした巨大な影が、逃げ惑う人々を追いかけていた。それは、3つの頭部と9本の尾を持つ醜悪な狐の化け物だった。


 「―――ヘルは、私を庇ってあの傷を負いました・・・骨まで達した霊傷は、一生癒えることはありません。その激痛は、いかなる拷問にも勝ると言われます・・・彼は意識不明に陥るはずの重傷を負った状態で、マモンに呪縛を掛けたんです。シバにさえ出来なかった事を、私とシニの目の前で。表向きには、名誉を守るためにシバが取り押さえた事になっていますがね。」


 「・・・・。」


 「あの時から私は、この身の全てをヘルに捧げることを誓いました。彼には〝いらん〟と言われましたが。」


 ヤミは苦笑し、キラに向き直った。


 ふいに真剣な面持ちになった彼に、キラはなぜか胸騒ぎを覚えた。


 「キラになら、きっとヘルを救えます。あなたにならナリも・・・ヤクもユユも〝(いにしえ)なる血縁の因果〟から救い出せる―――どうか、彼らの傍にいてやって下さい。」


 そう告げたヤミは、どこか果敢なげだった。




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