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第四話

 夕食前、キラはイスラ達を連れ戻すついでに中庭で稽古している武官たちを見物した。武官たちといっても、彼女のお目当てはナリだった。

 キラは彼の稽古姿を見るのが好きだった。稽古に集中している時のナリのアウラは、キラにとって何よりも美しいものに思えた。


 ふと、キラはある事に気がついた。

 気づくと同時に、彼女はナリに声を掛けていた。


 「―――ナリ、イスラはどうかな?」


 ナリは構えていた弓を下ろし、顔を顰めてキラを振り返った。


 「・・・は?」


 不可解な発言で稽古の邪魔をされたことが不愉快だったようだ。機嫌を損ねたナリに、キラは慌てて説明した。


 「ナリのファミリアに、イスラはどうかなってこと・・・。」「!?」


 それを聞いて、稽古中の狐たちが一斉にキラを振り返った。監督官の赤鬼も、その聞き捨てならない話に注目した。

 イスラほど強くて美しいジンを、ナリに譲るなどもっての外だと言いたいのだ。


 「阿呆か。イスラはお前のだろ。」


 ナリは素っ気無く言ってのけ、弓を構えなおした。ナリの放った矢は障害物の合間を抜けて、カラクリ仕掛けで動いている的の中心を見事に射抜いた。


 「・・・ナリが集中してる時のアウラって、何処となくイスラと似てるんだ。まるで、風に包まれてるみたい。だからイスラには、ナリが相応しいと思う。」

 「・・・・。」


 「それから、色々勉強して分かったんだけど・・・エリア8でナリとイスラの身に起こった現象は、どうも説明がつかないんだ。あれは異例だよ。だから、イスラとナリの間には何かの縁があると思うんだ。」


 ナリは何やら複雑な面持ちで、社の上を飛び交うイスラを見上げた。キラは彼の心情を察することができず、眉を顰めた。

 「・・・イスラじゃ不満?」


 キラの間抜けな質問に、ナリは呆れて笑った。

 「イスラを欲しがらないパイマーがいるかよ。でも、おれが貰う訳にはいかない。お前には〝遣り手の用心棒〟が必要だからな。」


 ようやくナリの思いが分かり、キラは不敵に笑ってみせた。


 「サラマンがいる。」


 キラに呼ばれたと勘違いしたサラマンは、地底湖から凄まじい速度で彼女のもとへ飛んできた。


 「こいつが本気を出せば、イスラより強いんだ。知ってるだろ?」


 サラマンは不安定な火トカゲの姿でキラの回りを回った。キラは、触れる事無く精神力をサラマンに食わせた。

 この3週間で、サラマンは随分と形体を維持するのが上手になった。ひと回り大きくもなった。まだジャーンの段階だが、ジンに成長することは不可能ではないのかもしれない。


 ナリは、赤々と燃え上がる奇怪な火トカゲを見やって鼻で笑った。


 「護衛の数は、多いに越したことはない。」

 「・・・・。」


 彼はイスラに魅力を感じていながらも、受け取る気は全く無かった。キラは残念に思った。ナリには大きな借りがある。キラはイスラを彼に譲ることで、その借りを返せればとも考えていた。


 「―――男なら、女性からのプレゼントは黙って受け取るもんだ。」「!」


 突然、背後から声がした。ぎょっとしてキラが振り返ると、1人の夜叉が腕組して廊下に立っていた。

 金茶色の髪と洒落た身なり。都一の女誑し、〝覚の怪〟マコだ。読心術において、地下都市で彼の右に出るものはいない。


 「マコ!いつ戻ったんだ?」

 「ついさっきな。ヤミも中にいるが、ヨミ達と大事なお話中だから今は駄目だ。」


 キラの思考を読み、マコはやんわりと制した。


 キラが把握している範囲では、地底湖と抜け穴から社に入ってきた者はいなかった。彼らはワープ装置を使って帰ってきたに違いない。数少ない旧世界の遺産だ。

 気体だけを移動させるキューブとは違い、人や物を空間移動させることのできるワープ装置には多大な動力が必要となるため使用は制限されている。


 それを使ってヤミ達がコロニー間を移動しているということは、よほど重大な問題が東の管轄で発生しているということだ。


 「・・・・。」


 キラは不安げな表情をマコに向けた。マコは彼女の思いを読み取りながらも、その事について何も答えなかった。


 「ナリ、気持ちは分からなくも無い。だが東武官の1人として、その考えは甘いんじゃないか?」


 マコはナリに話を戻した。

 彼の指摘に、ナリは顔を顰めた。


 「それは試してみなきゃ分からないだろ。その後は、お前がキラの護衛役を務めればいいってだけだ。」

 「・・・・。」


 ナリは難しい表情で暫く考えた後、軽く息をついて頷いた。2人のやり取りを見ていたキラは、ナリがイスラを引き取ることに同意したと知って喜んだ。


 「じゃあ、早速いくよ。準備はいい?」


 ナリは深呼吸し、キラに向かって頷いた。キラは、イスラを繋ぎ止めている鎖を精神内で断ち切った。


 頭上を飛んでいたイスラは、キラを見下ろして空中で停止した。イスラの青い目は、突然の釈放に困惑しているようだった。

 キラはナリを見た。彼は突っ立ったまま、無言でイスラを見上げていた。


 「・・・・。」


 暫くの間、イスラはホバリングしながら待機していた。自由な空へ今すぐ飛び立ちたいという渇望に駆られながら、なぜかイスラはその思いに耐えて留まっていた。キラの目には、イスラがナリの言葉を待っているように見えた。


 銀色に輝く美しい翼竜を、ナリは苦悩に満ちた表情で見つめた。彼は、その名を呼ぶことを躊躇っていた。


 ついにイスラは踵を返した。地底湖の上へと飛び出し、そのまま速度を上げて鍾乳石の間を突っ切っていった。

 社からぐんぐん遠ざかっていくイスラを見て、狐武官たちは焦って騒ぎ始めた。


 「おい、ナリ!」

 「何してる、逃げちまうぞ!?」


 それでもナリは動かなかった。

 ただひたすら、飛び去っていくイスラの背を黙って見つめていた。


 「・・・・っ。」


 限界を感じ、キラは前へ出た。


 「イスラ!」


 地底湖を出る寸前のところで、イスラはキラに拘束された。自由を目前に抵抗したが、キラの誠実な訴えに逆らうことは出来なかった。

 イスラはゆっくりと身をひねり、社の方へ戻ってきた。

 

 キラは、ナリを窺い見た。


 「・・・悪い。やっぱ、おれには出来ねぇ。」


 ナリは力なく呟き、自嘲するように笑った。





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