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第三話

 休憩時間が過ぎ、ナリは稽古に戻った。


 キラは釣殿に残ってイスラとサラマンを筒から放った。2匹のムスリムに驚いた地底湖の主は、慌てて水中に隠れてしまった。

 だが気になって仕方ないようで、度々頭を出しては頭上を飛び交う銀色の翼竜と炎のトカゲを窺い見ていた。


 地底の主が頭を出すたびに、サラマンは水面まで下りていった。サラマンが近づくと、地底湖の主はすぐさま頭を引っ込めた。そしてサラマンが諦めて離れると、再び頭を覗かせた。その様子をイスラは穏やかな眼差しで見守っていた。


 テンに呼ばれ、キラは2匹のファミリアに地底湖の主を傷つけないよう命じ、彼らを放置して釣殿を後にした。



 社の一室でキラはテンと向かい合って座り、昨日と引き続き様々な霊術と霊的存在について学んだ。この3週間、キラは上級アイオン試験に合格するための必要な知識を、彼女の指導係を担っているテンから教わっていた。


 上級アイオンに認められることが、キラにとって最も効果の高い護身術になる。そのことを東官吏たちは身をもって知っていた。

 なぜなら、ヘルが上級アイオン試験に合格してから彼に手を出す者が目に見えて減ったからだ。当時、彼は10歳だった。


 たった10歳の少年でも、上級アイオンの名がついた途端にバースに住まう多くのパイマー達が恐れ敬うようになった。

 特別階級である四天王の名を継承することよりも、上級アイオンとして認められることの方がバースのパイマー達に対しての威勢となる。それだけ、上級アイオンはバースで恐れられる存在であるということだ。


 上級アイオンになるために必要な要素は4つ。まずは、中級アイオンに求められる基準値を超えた霊感。次いで高度な霊的知識と技術。

 そして最後は特殊能力だ。特殊能力には、特異なファミリアの召喚や一部の血族にしか使えない秘術、特化されたテレパス能力など様々なものがある。


 キラには上級アイオンに認められるだけの霊感と特殊能力があった。後は技術と知識さえ身につければいい。

 だが、どれほど優秀な才子でも一筋縄で得られるようなものではない。それをヘルは10歳で、テンに至っては僅か7歳で習得したという。勿論、テンがバース史上最年少の上級アイオン試験合格者だ。約20年間、その記録は破られていない。


 テンの教え方は非常に丁寧で分かりやすく、キラは順調に知識を自分のものにしていった。いくら優秀な教師がついても、上級アイオン試験を合格するだけの知識を得るには一から始めるとなると数年はかかる。

 それをキラは、この3週間ですでに大詰めにまで達していた。


 キラの並外れた理解力と記憶力、何より学習することへの意欲の高さにテンは感心していた。最初は、主要任務の合間に任された面倒極まりない仕事だと思っていた彼だが、いつの間にかキラと向き合う時間が楽しみになっていた。彼が出した課題を必要以上にこなし、高レベルな専門知識を驚異的な速度で呑み込んでいく少女が面白くて仕方なかった。


 テンは生まれて此の方、ヘル以外の人間に興味を持ったことがなかった。幼少の頃は人々から史上最強の天才児と呼ばれ、今はシャイマンの座に最も近い者として知られているテンだが、彼は自分自身のことにすら無頓着であり、無論バースのナビになる気など微塵も無い。

 温厚な人柄に見えて冷酷無情な性格の持ち主で、ヘルと八部衆以外の者とは必要以上に口を利かないような男だ。


 キラは彼の本性を見破っていた。その上で彼を尊敬し、慕っていた。それは、テンがバースの頂点に立てるほどの実力者でありながら一切の私欲を持っていなかったからだ。

 野心を漲らせる貪欲なパイマー達が集う地下都市で、彼のアウラは際立って純度が高い。テンが唯一気にかけるのは、常にヘルの意思のみだった。

 誰よりもヘルに忠実な彼は、キラがバース・ヒルスで心から信用することのできる数少ない人物だった。


 「―――じゃあ、あたしは肉体を所持したまま魔界へ行けるのかな?」


 魔界についての講義の途中で、ふいにキラが呟いた。彼女の素朴な疑問に、テンは強く関心を抱いた。


 「その可能性は否定できん。影を持たぬということは、そなたの肉体にはマリッドや悪魔に類似した物質が含まれておると言っても過言ではない。」


 「最高濃度のエクトプラズムだな。」


 テンがあえて曖昧な表現をしたことに気づき、キラは間を置かずに答えた。

 テンは満足げに頷いた。


 「・・・ただし魂魄の問題がある。」


 テンに指摘され、キラは落胆したようにため息をついた。


 「そうか・・・あたしの身体は〝魄〟の力で動いてるから、魔界に満ちるエネルギーを受ければ一溜まりもないな。やっぱ幽体離脱ができないと行けないか。」


 テンは意味深に笑った。


 「そうとも言い切れん。シャイマン・シバが高濃度のエクトプラズムを放出することのできる人物であることは知っておろうな?」

 「うん。」


 「そなたが、もしも最高濃度のエクトプラズムを放出して自在に操れるようになれば・・・。」


 テンはここで言葉を切った。

 キラは、彼が言おうとしていることを悟って目を輝かせた。


 「魄をガードして肉体を持ったまま魔界に行ける!」

 「その通り。理論上の話ではあるが。」


 話は魔界の講義に戻った。人間界と同様の物質世界である魔界には、人間が悪魔と呼ぶ種族が住んでいる。彼らは人間界にいる生物と霊的存在の中間にあたる半生命体であり、人間に近い性質を持っている。

 キラは以前、悪魔の間ではムスリムを所有している人間を手に掛けてはならないという掟があることをヤクに聞いていた。

 ところが魔界には数々の党派があり、中にはムスリム所有者でも平気で殺す過激派の悪魔もいるそうだ。極一部ではあるが、そういった殺人を好む悪魔の召喚は魔導師の間で禁域とされている。


 キラは悪魔を弱らせるエネルギーを放つ数々の物質と図形を学び、頭に叩き込んだ。悪魔を消滅させるには〝神器〟と呼ばれる特別な霊器が必要になる。実存の神器は世界で4つしか確認されていない。


 バースが所在を把握しているのは3つで、あとの1つは現存するかどうかさえ分からないそうだ。神器の1つ〝ナルの鏡〟はバルタナ大陸に、〝ホルネスの(つるぎ)〟と〝リシュネヒの衣〟はバース・ヒルスに在る。


 リシュネヒの衣は中枢で厳重に保管されているが、ホルネスの剣においては元からヘルの所有物であり、今も彼が所持している。

 どの剣がそうなのかは内密にされているのだが、キラのおねだりに負けてテンはこっそり教えてくれた。

 〝フォーリーンの指輪〟はバルタナ諸島で数百年前に確認されたのを最後に、現在に至るまで所在は不明である。


 神器以外で悪魔を殺すことができるのは同等以上の悪魔かマリッド、そしてマリッドの上をいくイブリーズだけだという。


 「マモンは、どれくらい強いの?」


 何気ないキラの質問に、テンは夜叉面を傾けて怖い顔をした。


 「・・・まさか、あやつの声に応じてはおるまいな?」


 「ん・・・たまに五月蝿くて、どうしようもなくて―――。」


 キラは嘘をついても無駄だと分かっていたため、曖昧に事実の一部を告げた。テンは失望したように荒々しく息をついた。


 「そのことを、ラシュトラには申しておらんのだな。」そう吐き捨てた彼の声は、先程までとは別人のように刺々しく冷たかった。


 「うん・・・。」


 キラが思っていた以上に、これは深刻な問題であるようだった。夜な夜なマモンに上級アイオン試験の勉強を付き合ってもらっていたなどとは、口が裂けても言えそうに無い。


 「即刻、閉心の達人になる必要がある。今晩から猛特訓だ。」


 厳しい口調で言い放ち、テンは立ち上がった。


 彼が何をしに行く気なのかを瞬時に悟り、キラは顔を顰めて下唇を尖らせた。


 「そのような顔をしても無駄だ。ラシュトラには御報告する。」

 テンは動じる事無くぴしゃりと言い切った。


 キラは今にも泣き出しそうな顔をした。

 愛くるしい少女のいじらしい表情に、冷血漢のテンも流石に動揺した。


 「・・・閉心術を体得した上で、1週間後の上級アイオン試験に合格できれば黙っていよう。」


 根負けしたテンの譲歩に、キラは顔をぱっと輝かせた。


 「約束だからな、師匠。」

 「二言は無い。」


 閉心術は、アイオンの必須となる技術だ。東官吏なら、アイオンと問わず誰でもある程度まで使いこなしている。使えて当たり前で、使えぬ者は東の社にいる資格がないのと同然なのだ。


 他の技術は難なくクリアしていくキラだが、閉心だけは苦手分野だった。被縛者の彼女は精神が常に不安定であるため、思考と感情の操作には大きな障害がある。

 そのため、アイオン試験の審査官であるシャイマンを含む中央官吏たちは、協議においてキラの試験では例外として閉心術を免除することを決定していた。閉心術が使えなくとも、彼女にはそれを補うだけの霊力値と特殊能力があるからだ。


 それを面白く思っていないアイオンは大勢いた。故にテンは、最初からキラに閉心の訓練をさせていた。彼女が誰にも文句の言えない上級アイオンにならなければ、試験に合格する意味がないからだ。


 しかし、この3週間の訓練でキラの閉心は一向に上達していなかった。そもそも数週間で体得できるようなものではない。

 だがキラほど呑み込みの早い子供が、優秀な東官吏たちの助言を得ながらの訓練で全く成長しないということは、閉心術が彼女にとって大きな難題であることには他ならない。


 それをあと1週間で体得するというのは無謀な話だ。だが、テンは決して意地悪でその条件を出したわけではない。彼は、キラが本気になればどこまでやれるのかを見てみたかった。


 どの道、キラには何をおいても閉心術を体得することが必要だった。


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