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第二話

 東専用の渡し舟から身を乗り出し、キラは物憂げに無色透明の石を手の中で転がしていた。〝虚空の大精霊石〟と名付けられたその大粒のパイは、キラの亡き友キトラの忘れ形見だ。


 「!」


 ふいに手が滑り、大精霊石がキラの手から転げ落ちた。慌てて捕まえようとするも間に合わず、石は地底湖の水面に落ち込んで沈んでいった。

 考える暇も無く、キラはアバターを外して地底湖へ飛び込んだ。


 「お・・・キラ!」


 シニは素早く彼女の装束を捕まえようとしたが、間に合わなかった。キラは、冷たく澄み渡った水を掻き分けて起用に潜っていった。

 白く発光するセキメたちが地底湖に飛び込んできた少女に驚き、何事かと赤い目を向ける。


 舟の上から見ていたよりも、地底湖は深かった。白亜と石灰岩が敷き積もる薄暗い湖底まで、キラは一直線に泳いでいった。大精霊石が落ちていったはずの場所をくまなく探したが、見つからない。


 「?」


 おかしい。周囲を透視しても見当たらない。常人離れしたキラの息も続かなくなり、やむを得ず浮上した。

 舟縁に捕まり、落ち着いて湖底を透視し直した。だが、どこを探しても虚空の大精霊石を捉えることができなかった。


 「キラ、身体が冷える。」

 「・・・・。」


 キラは諦めきれずに湖底を凝視していたが、身を切るような冷水に手足が悴みだしたため、潔くシニの手を借りて舟に乗り上げた。カゲはアバターを外し、袖をめくり上げた。


 「某にお任せを・・・。」


 カゲが水面に飛び込もうとしたのを、シニが止めた。


 「その必要はない。〝地底湖の主〟が拾ってくれた。」

 「主・・・?」


 キラは、地底湖の底から何かがこちらへ近づいてくるのを感じた。

 

 「――――・・・!」


 程なくして水面が盛り上がり、謎の霊体が姿を現した。それは人の上半身を模り、舟にゆっくり近づいてきた。水のような質感の、少女の霊体だった。いや、キラの姿を真似ているのだ。


 霊体は魚のような尾で水を跳ね上げ、キラに向かって透明の石を投げて寄越した。キラはそれを両手で受け止めた。

 先程、地底湖に落としてしまった大精霊石だ。キラが礼を言うと、彼女の姿を借りた霊体は水面で踊るように揺れた。


 「・・・どうやら、お前のことが気に入ったようだな。」

 シニは意外そうに呟き、キラに厚手の羽織を着せた。


 「昔から、この聖域に住み着いているジンだ。時々、水を操って悪戯する・・・まあ限られた人物がいる時にしか水面まで出てこないが。オレが知る限りでは、キラは3人目だよ。」

 「他の2人って?」


 「ヘルと、ナリだ。だから〝面食い娘〟ってあだ名がついてたんだが・・・姿で判断している訳じゃないんだな。」


 それを聞いてカゲは、なぜか憤怒のアウラを放った。

 「キラが醜い娘だとでも申すのか!?」


 突っかかってきたカゲを、シニは鬱陶しそうに一瞥した。

 「いや、そうじゃない。性別のことを言ってるんだ。」


 「野生のジンなのか?」

 キラは自分が醜いか美しいかの話には興味が無く、水をこちらに跳ねて遊んでいるジンを一心に観察していた。


 「元々は誰かのファミリアだった可能性が高い。噂を聞きつけて捕獲に来たゴースト・ハンター達の話では、あのジンにはすでに名前があるそうだ。だから、新しい名を付けて捕らえることができない・・・人から名を忘れられた野良のムスリムってとこだ。そいうのが希にいるんだと。」


 「・・・なんか、悲しい話だな。」


 まるで自分のことのように落ち込むキラを見て、シニは少し笑った。


 「そうか?そのお陰で、呪縛を受ける事無く自由に暮らせるんだ。きっと幸せな事さ。」

 「・・・・。」


 確かにシニの言う通りだ。誰にも拘束されず、好きな場所で好きなだけ自由に暮らせることほど恵まれた身空は無い。




 キラ達が社に戻ると、中庭で武官たちが昼食休憩をとっていた。


 「ナリ、ムスリムは手に入れたのか?」

 

 シニに声を掛けられたナリは、干物を頬張りながら肩をすくめた。


 「・・・いや。全件回ってみたけど、これだって奴がいなくて。」

 「はあ?何も〝花嫁〟を探せって言ってるわけじゃないんだぞ。」


 呆れ返るシニに、ナリは不愉快そうに顔を顰めた。


 「いいだろ、別に。これまでファミリア無しでやってきたんだ。今さら持っても持たなくても、たいして変わらねぇよ。」


 シニは腕組して訝しげに彼を見やった。


 「・・・お前、前からファミリア欲しがってたじゃないか。この機に及んで何を渋ってる?上級アルコンにまでなってジン1匹持たない奴がいるか、とっとと買って来い!」


 彼女の命令口調が気に食わなかったのか、ナリの鳶色の目が鋭くなった。


 「おれに、指図すんじゃねえ。」


 シニは鼻で笑い飛ばした。


 「赤鬼に指図されたくないなら東社を出て行け。」


 「ヘルが好きにしろっつったんだ。だからファミリアを持つかどうかは、おれの自由であって赤鬼がとやかく言う事じゃない!」


 ナリは吐き捨てるように言い残し、中庭から荒々しく立ち去った。


 赤鬼武官の1人がため息を漏らした。

 「・・・ったく、ラシュトラが甘やかし過ぎなんだよ。ヤマト本家の長男だからって特別扱いしたせいで、ああなったんだ。」


 「ナリの我がままは生まれつきさ。ヘルがあいつを可愛がってるってのは、否めぬ事実だがな。」と、シニ。


 二階の回廊から寝巻姿の夜叉が、釣殿でセキメに餌をやっているナリを興味深げに眺めていた。桜色に染めた頭髪が特徴的な八部衆の1人、カルだ。

 「・・・妙なとこに拘るんだよな、あいつ。前から変わった餓鬼だとは思ってたが。案外、大物になるかもしれないぜ?」


 狐武官の間で笑いが起きた。


 「またまた、ご冗談を!」

 「ある訳無いっすよ、ナリは元無能者ですぜ?うまく呪縛を掛けられずに持ち帰れなかっただけでしょ。」

 「違いないな。格好つけて言ってるだけだ。」


 口々にナリを中傷する若い狐武官たちに、キラは無性に腹が立った。ナリを誰かが馬鹿にすると、なぜか彼女は堪らなく不愉快な気分になって仕方なかった。

 他の誰でも無いナリの事になると、やたらと向きになってしまう。そんな自分に戸惑っていた。


 戸惑いながらも怒りを抑えられそうにないキラは、ナリを忌み子呼ばわりした狐武官の靴底にある浮遊石に精神を集中させた。


 「お、おわっ!?」


 ふいに狐武官の身体が浮かび上がった。皆はキラを振り返った。テレキネシスによってパイを遠隔操作できる者は極めて限られている。

 言うまでも無く、この場にいる〝念力保持者(サイキッカー)〟は彼女だけだ。


 キラは、自分に注目している狐武官たちに睨みをきかせた。


 「あたしも元無能者だけど?それにナリは、ちゃんとムスリム操れるよ。」

 「・・・・っ。」


 中庭の不穏な空気に気づき、白髪の夜叉が寝殿から音も無く姿を現した。彼は宙に浮いている新米を見やり、視線をキラに移した。


 「キラ、下ろしてやりなさい。血の気が多いのはお互い様であろう。」

 「・・・・。」


 テンに優しく言い聞かせられ、キラは大人しく狐武官を地面に下ろした。若い狐達の畏怖に満ちた視線に居心地の悪さを感じた彼女は、その場から逃れるように釣殿へと向かった。


 「青春だねぇ・・・。」キラの背を見送りながら、カルがしみじみと呟いた。


 テンは、キラを追っていこうとしたカゲを鋭く呼び止めた。

 「カゲ、社の中でまでキラを監視しなくとも宜しい。ラシュトラの言葉数が少ない故に誤解をしておるようだが、上が御考えになる事を悟ってこその赤鬼だ。お主は、まだまだ鍛練中の身であろう。キラが社に居る間は稽古に励みなさい。」

 「・・・・っ。」


 穏やかな口調ながらも厳しく諭すテンに、カゲは敬意を込めて一礼した。

「八部衆が一角、上級アイオン・テン殿よりご指摘頂き、某カゲは感動の極みにありし所存。ご期待に背かぬよう、日々鍛練を怠らぬ事をここに誓いし候。」


 他の武官が昼食休憩の最中に稽古をし始めたカゲを見て、カルはしみじみ呟いた。

 「初々しいねぇ・・・。」




 釣殿でセキメに餌をやりながら、キラはカグヤ家の屋敷での出来事を正直にナリに話した。ナリは高価な見舞いの品を割られた事に対して全く怒らなかった。それどころか、大体のところを予期していたようだ。


 「そっか。そりゃ仕方ねぇな。」


 平然とした面持ちでセキメに骨を投げ続けるナリを見て、キラは申し訳なくなった。


 「・・・ごめんな。あたしが注意してたら、割られずに済んだのに。」

 「お前が謝ることじゃねぇだろ。そうなる気がしてたのに、頼んだおれが馬鹿だっただけだ。悪ぃな、嫌な思いさせちまって・・・つか、服着替えてこいよ。風邪引くぞ。」


 言葉遣いは乱暴でも、ナリは何かと人のことを気に掛ける優しい少年だ。キラはそのことを知っていた。


 東官吏が身に纏う衣は、熱も電気もイフリートのプラズマさえも通さない特殊素材で作られている。強力な酸性雨でも、この〝羽衣〟を溶かすことはできない。

 地底湖に飛び込んだキラだが、服は全く濡れていなかった。服の隙間から中に水は入ったが、通気性のいい布なのでほとんど渇いていた。

 「これくらい平気だよ。見た目ほど柔じゃないんだ。」


 ナリはふんっと鼻で笑った。

 「知ってる。世間体に決まってんだろ、ばーか。」


 突然、釣殿の下から勢いよく水柱が上がり、大量の冷水がナリに浴びせ掛けられた。


 「・・・・。」


 こげ茶色の猫の毛のような髪から水を滴らせながら、ナリは水かけ攻撃をかました相手を睨みつけた。キラの上半身を模った水の塊が、水面で笑うように震えていた。ナリの隣で笑っているキラを真似しているのだ。


 地底湖の主は、キラにも水を引っ掛けてきた。顔面に特大の水玉を食らって固まったキラを見て、ナリはにやりと笑った。


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