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後編:第一話

 時は遡り―――




 いつになく陰鬱な空気の立ち込める地下の都を、白イタチの面を被った少女は目的地へと向かって急いでいた。

 少女のすぐ後ろ隣には2人の赤鬼が、彼女を護衛するように付き添っている。


 金髪の少女はどうもその2人が気になるらしく、何度も振り返っては不満げなため息をもらしていた。

 「・・・仕方ないだろ。お前1人で都を歩かせるには危険すぎる。まだ、な。」

 オレンジ色の髪をした女武官シニは、不機嫌な少女に言い聞かせた。


 彼女に便乗するように、もう1人の赤鬼が胸を張って口を開いた。

 「某、カゲは何があろうと、この命をもってして貴女をお守りいたします。それこそが某の使命であるからして・・・。」


 「分かった、分かった、分かったから!もう少し距離を置いて歩いてくれないか!?」

 キラは溜まらず彼の発言を遮って怒鳴り返した。


 シニは参ったなというように頭を掻いた。

 「そうカリカリするな。お前にもしもの事があったら・・・。」


 「だからって、ちょっと外出るたびに赤鬼を何人も護衛につける事ないだろ?他にやる事はないのか!?」

 「・・・・。」


 エリア8の一件から約3週間。キラは制式に東官吏として社に身を置き、イシュラ代行は中央官吏の上級アイオンが務めることとなっていた。

 だが、キラが正当な後継者である事実には変わりなく、いつ刺客が送られてくるかわからないのが現状である。


 現に先々週、武官の付き添いの下でアン達と都で外食していた際に、数体のジンに奇襲をかけられた。イスラに敵うほどのジンではなかったため大事には至らなかったが、彼女の外出は以前より厳しく制限されることになった。キラが社の外に一歩でも出る時は、赤鬼が数人付き添わねばならなかった。


 初めは我慢できた。というより、誰かと一緒でなければ不安だった。しかし地下に蔓延する陰険なアウラにも慣れ、危険を回避する術を身につけ始めた今のキラにとって、赤鬼の護衛は煩わしくなる一方だった。


 特にキラを苛立たせている原因がカゲだった。初級アイオン試験に合格したカゲが、東官吏に認められてから2週間が経つ。彼が社に来た当日からヘルに任されたのがキラの護衛役だった。


 カゲは、キラが社にいる間さえ彼女から目を離すことがなかった。彼女が稽古を受けているときも食事を取っているときも、女部屋で休んでいるときも。


 キラは、自分の記憶が正しければもうすぐ13歳になる。この数週間で背丈もだいぶ伸びた。体つきはまだまだ少年と大差ないが、成長が遅れているとはいえ年頃の少女である。こうも監視されては堪ったものではない。


 キラ達は今、養生のため社を離れて実家に戻っているヤクを見舞いにいくところであった。ヤクは一向に霊感が戻りそうに無く、ひどく塞ぎこんでいると聞いている。話を聞いて励ます事くらいしかできないが、キラはほんの僅かでも彼の力になりたかった。


 ナリも一緒に来るよう誘ったのだが、彼はカグヤ家の屋敷に近づく事をひどく嫌がった。ヤクとナリの関係は随分と和らいだが、キラの知らない家系の事情が分厚い壁を2人の間に築いていた。


 鉄柵に囲まれたカグヤ家の屋敷は、何とも言い表しようのない不気味な雰囲気を漂わせていた。黒曜石の石段を上がり、蛇頭からぶら下がる真鍮の輪で扉を叩いた。しばらくして扉が開き、女中が無言でテトラ達を屋敷の中へ招いた。


 広い玄関ホールの両脇には二階へと上がる階段があった。吹き抜けの天井には豪勢な照明が設置されており、磨き上げられた大理石の床に光が反射している。


 「!」


 キラは視線を感じ、素早く見上げた。二階の廊下に、アバターを装備していない少女が立っていた。手摺に軽く片手をのせ、真っ黒な瞳でテトラ達を見下ろしている。


 長い黒髪に白い肌、くっきりとしたアーモンド形の目をした美しい少女だった。形のいい鼻の上に散るそばかすさえ、彼女の可憐さを引き立てている。

 どこか病的で感情の読めない表情をしているが、その鋭い眼差しには、キラ達の訪問を決して歓迎していないことが表れていた。ヤクの2つ下の妹、ユユだ。


 「・・・あの、こんにちは。」

 キラは遠慮がちに声をかけた。


 「ヤクの、調子はどうかな?」

 「・・・・。」


 ユユは細い眉を少し顰めただけで、何も答えなかった。しばらくキラを観察した後、踵をかえして二階の奥へと消えていった。

 「気にすんな、いつもああだから。」

 シニは、ホールの隅に置かれた豪勢なソファーにどさっと腰を下ろした。


 「オレらはここで待ってるよ。」

 「・・・・。」


 カゲは不服そうにシニを見やった。シニは無言の睨みを彼に向けた。カゲは諦めてため息をつき、石柱を背もたれにして座り込んだ。

 キラはシニの心づかいに感謝しながら、女中に案内されて屋敷の奥へと向かった。



 三階の寝室。ヤクは物憂げに窓の外を眺めていた。生まれてからずっと、当たり前のように見えていたモノが見えぬ不安と恐怖。今までどうやって精神力を操っていたのか、その感覚を思い出せない。焦燥感にかられて食事も睡眠もままならず、ただ時間をもてあます自分に苛立っていた。


 「!」


 扉を叩く音に、ヤクは一瞬身体を強張らせた。以前なら、部屋に誰かが近づいてきた時点で気付いていた。そんな簡単な事さえ、今では分からなくなっている。


 「・・・どうぞ。」


 キラが見舞いに来ることは聞いている。きっと到着したのだろう。ヤクはなるべく平然を装って、扉の向こうに声をかけた。


 静かに扉が開き、女中の後ろからキラが顔を覗かせた。


 「ヤク・・・どうだ、調子は?」


 ヤクはカラス顔の下で力なく微笑んだ。


 「見ての通り、ですよ。」

 「・・・・。」


 キラは遠慮がちに部屋に入った。女中は一礼し、扉を閉めて立ち去った。ヤクに促され、キラは椅子を借りて座った。


 「霊感がないと、地下の都もこんなに静かで味気ないんですね。ナリもあなたも、初めはこうだったのか・・・。」

 ヤクは窓際に立ち、感慨深げに呟いた。


 キラは白イタチの裏で顔を顰めた。

 「あんな無茶して、心死にしなかっただけでも儲けものだ・・・何だよ、今にも死にそうな声出して。霊感が戻らないくらいで、何だっていうんだ。」


 まるで不治の病に罹っているとでも思い込んでいるような様子のヤクに、キラは不本意にも口調がきつくなった。

 3週間まともな外出をしていない彼女は、精神的にストレスを抱えている。そのため、人のちょっとした態度が気に障って仕方なかった。


 手厳しいキラに、ヤクは苦笑いした。


 「・・・ナリは、上級アルコンに合格したんだそうですね。エリア8の一件から、霊感が急激に上昇したんだとか。」

 「うん、それが何だ?」


 「ぼくも一度、死にかけてみようかな・・・。」

 「なっ・・・!」


 キラは呆れて言葉を失った。


 「やるせないな。ナリを救ったせいでぼくは霊感を失い、今までほとんど無能者だった彼が以前のぼくと並ぶなんて・・・。」


 ヤクは本気でそう思っているわけではない。キラには分かっていた。ただ不安で、誰かに八つ当たりしたいだけだ。


 「・・・カグヤ家の祖先だといわれる〝月の女神〟は、再生を司る神なんだってな。満ち欠けを繰り返す月のように、カグヤの力は決して失われることは無い。だろ?」


 ヤクは短く笑い飛ばした。


 「ただの言い伝えですよ。誰からその話を?」

 「ヘルだ。彼はそれを信じてるよ。心死にさえしなければ、ヤクの霊感は絶対戻ってくるって・・・全然心配してない。だから―――。」


 「ぼくの代わりはいくらでもいます。たかが官吏ひとりの事で、気に病むような御方じゃありませんよ。」


 「・・・そんな下らない事、ヘルの顔を見て言えるのか!?」

 ヤクの言い草に、キラは苛立って声を荒げた。


 突然の彼女の大声に、ヤクは驚いて硬直した。


  「・・・・。」

  「ごめん、最近ちょっとイラついてるんだ。断じてヤクのせいじゃない。」


 キラは謝って頭を掻いた。

 これではヤクを慰めに来たどころか、自分の憂さ晴らしになってしまう。


 「社へ来てまだ1ヵ月なのに、随分と東官吏が板に付きましたね・・・。」


 ヤクは、ヘルを侮辱したためキラが怒鳴ったと思ったようだ。確かにそれも原因の1つであるため、キラは否定しなかった。


 「・・・ヤクやナリの中には、とても古い血が流れてるんだろ?ナリの霊感が強くなった事で、ヘルは驚かなかったんだ。いずれそうなる事が分かってたみたい・・・2人の中に流れる血には、とても強い力が秘められてるって言ってたよ。それはすごく繊細で不安定なものだから、うまく扱えてないだけだって。」

 「・・・・。」


 「霊感が戻らないのは、ヤクの気持ちに何か原因があるんだよ。ヤク・・・このまま霊感が戻らなければいいって思ってない?」


 キラの推察に、ヤクは首をかしげて笑った。

 「そんな訳ないでしょう。霊感が無いと不便でしかたない・・・なぜそんな事を?」


 彼は、アバターの中に潜むキラの目を覗き込んだ。


 「・・・心療師のまねごとはよして下さい。人の心を無断で覗く行為はモラルに反しますよ。透視して異性の裸を盗み見るのと同じ事です。」


 「そ、そんなつもりは・・・。」


 ヤクに鋭く指摘され、キラは彼から目を逸らした。決して邪心があったわけではないが、読心しようと試みたのは事実だ。


 ヤクは軽くため息をつき、視線を和らげた。


 「心遣いは有り難いのですが、専属の医者はいます・・・あなたは社に戻って、外を自由に歩けるだけの護身術を早く身につけて下さい。いつ発作を起こすか、刺客に暗殺されるかの身で見舞いに来られては休まるものも休まりません。」


 霊感が無くとも、ヤクは全てお見通しだった。キラは何も言い返すことができず、小さく頷いて椅子から立ち上がった。


 「・・・これ、ナリから。太陽蜜と白蛇のお酒だって。」「!」


 キラは手に提げていた陶器製の丸い酒瓶をヤクに差し出した。ヤクが躊躇いながらも受け取ろうとした時、勢いよく部屋の扉が開いた。

 飛び込んできたのはユユだった。


 「!?」


 キラから酒瓶を奪い取ったユユは、それを力任せに床へ叩きつけた。酒瓶は音を立てて割れ、中から溢れ出た飴色の液体が絨毯の上に広がった。ほろ苦く甘い濃厚な酒の香りが部屋に充満した。


 「毒が入っているに違いない。」


 ユユは冷たく吐き捨て、部屋を出て行った。


 キラは何が何だか分からず呆気に取られた。手のつけられなくなった貴重な薬酒を、ヤクは物惜しみするように眺めた。


 「・・・ナリに謝っておいて下さい。さあ、もう帰った方がいい。」


 ヤクに従い、キラは部屋を出た。



 沸々と、どうにもならない怒りが湧き上がってきた。今にも叫びたいのを寸前のところで堪え、階段を下りてシニ達が待っている場所まで戻った。


 鼻息荒く大またで下りてきたキラの酷く乱れたアウラを見て、2人の赤鬼は訳知り顔でため息をついた。まるで薬酒の末路を予期していたとでも言いたげだ。

 「・・・・っ!」

 2人の態度に、キラはさらに腹が立った。腰に下げた鈴の音色も彼女の怒りを静め切れない。


 キラは駆け足で玄関ホールを抜け、鉄製の大扉を開け放って庭へ飛び出た。そして、噴火した火山の如く都に向かって叫んだ。


 「カグヤもヤマトも何だってんだ、クソッタレ―――っっ!!!!」―――「!!」


 彼女の怒鳴り声は、都中に轟いた。放たれたエネルギーは庭中の石像を震わせ、陶器の鉢が幾つも割れた。

 「・・・・。」

 キラは荒々しく息をつき、屋敷に住まう者たちの視線を無視して何事も無かったかのように歩み始めた。


 「ふう、すっきり。」


 テレキネシスを体得して膨張した精神力を発散させることを覚えたキラは、辛うじて発作を起こさずに済んでいた。


 「・・・おめでとう。これでバース民の半分は敵に回した。」


 シニのぼやきは聞こえなかったふりをして、キラは軽快に来た道を戻った。







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