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第三十話

 崩壊した建築物が一面に広がる大規模なコロニー跡には、そこら中で怨霊が蠢いていた。まともなパイマーなら絶対に近づかない心霊スポットだ。無能者でも、よっぽど鈍感な者でない限り、この場所に漂う危険な空気に気づくだろう。


 魔除けの効果で、怨霊の群れは訪問者から一定の距離を保っていた。アグニ達は彼らを刺激しないようにアウラを沈め、目を合わせないように気をつけながら進んだ。

 久々の生きた人間の訪れに興奮した霊たちは、あちこちでラップ現象やポルターガイストを起こして騒いでいた。


 何らかの巨大な工場跡の平たい屋上に、怨霊では無い人影があった。その人影は、こちらに向かって手を振っている。ファルコだ。


 アグニ達はファルコのいる巨大工場の中にホバーバイクを停めた。どうやら、この建物全体に結界が張られているようだ。怨霊の影はどこにもない。

 誰からともなく、皆は安堵のため息を漏らした。アグニは緊張で固まった肩を回して解した。


 屋上から軽快に下りてきたファルコは、シュゼ以外の青くなった顔を面白がるように見渡した。彼は片翼のゴーグル型アバターを首に提げていた。タングスとは無事に合流したようだ。


 「噂を流したら、すぐに連中は動き出した。明日の夕刻にはここに到着する。タングスは奴らを俺たちの潜伏地点へ誘い込むために、北西の入り口付近で待機してる・・・言っておくがこの建物じゃないぞ。タウンのど真ん中で待ち伏せするつもりだから、覚悟しとけ。」


 レイアが眉を顰めた。


 「怨霊の、大群に紛れ込むってこと?」

 「その通り。シュゼの能力が大活躍しそうだな。」


 皆は円になって座り、今後の打ち合わせをした。ファルコは地面に墨でタウンの図を描き、石を使ってアグニ達の配置を示した。


 「現在、確認できている向こうの人数はキラを含めて5人だ。彼女の戦闘能力は不明だが、まあ除外していいだろう。問題は後の4人。全員、東武官だ。

 その中にラシュトラ・ヘルも入る。リサを補助役として除外しても、こちらの方が人数は多い。まずは俺がラシュトラの気を引いて、奴を集団から引き離す。その後―――。」


 「待った!」


 アグニは思わず口を挟んだ。

 「ファルさん、1人で奴を相手にする気か?いくらなんでも、それは・・・。」


 ファルコは笑って首を振った。

 「ガチで勝負する気はない。目的はキラの確保だ。俺は恐らく奴で精一杯になるから、皆のフォローはできなくなる。とにかく連中を拡散させ、隙をついてお前たちの誰かがキラの身を拘束するんだ。そうすれば、連中は易々と俺たちには手が出せなくなる。その後、すぐさまホバーバイクで撤収。」


 「・・・どうやって、奴の気を引く?」


 レイアの質問に、ファルコは目を細めて笑んだ。

 その笑みはどこか病的で、アグニは不安を覚えた。


 「俺には、奴にしか効かない飛び切りの裏技があるんだ。」

 「・・・・。」


 「心配ない。だが、もしも俺が殺られるような事があったら計画は中止だ。すぐに連中を撒いて逃げろ。いいな?」


 アグニとリサ、レイアが曖昧な表情をする中、ターニャはきっぱり頷いてみせた。彼女は、そのような事態が起こるわけがないと信じきっているようだ。

 ファルコは、3人の若者が返事をするのを待たずに話を進めた。


 「キラを確保する役回りとしては、シュゼが妥当だろうな。奴らに隙ができたら、すぐに彼女を拘束して人質にとるんだ。

 シュゼ、これはキラのためだ。彼女が抵抗して何を言おうと応じるな。キラは、奴らに捕まって利用されてるんだ。人質にとるのは、奴らから彼女を救い出すための手段だ。できるな?」


 シュゼは目を細めた。

 「キラは、魂の呪縛を受けているのですか?」


 「いや、それは無い。連中も彼女が被縛者であることは承知している。奴らにとって、キラは大精霊石を見つけ出すための大事な道具なんだ。彼女を丁重に扱い、善人を装って味方であると信じ込ませ、彼女の精神力が尽きて心死にするまで使い続ける気でいる。」

 「・・・・。」


 「現に、先代イシュラ・・・彼女と同じ能力を持っていたバース・ヒルスの青年が心死にするまで連中に利用され、挙句の果てに自殺したそうだ。」


 ファルコの話に、シュゼは目を最大限に開いた。

 爛々と輝く紅玉の瞳は、まるで怒りに燃えているように見えた。


 「それはキラにとって悪質極まりない環境です。キラがバース・ヒルスタンに居るべきではありません。私は、キラを彼らから解放します。」


 ファルコは満足げに頷いた。

 「その通りだ、シュゼ。頼むぞ。」


 アグニは先代イシュラの末路を聞いて胸をざわつかせながら、ファルコがたった数日でここまで情報を集めたことに対して驚いた。

 ファルコの能力は謎に満ちているため、どのような手段を使ったのかは定かでは無い。だが、それが作り話でないことは明らかだ。アウラを判別する能力の高いシュゼが納得したということは全て実話に違いない。


 「他3名の実力は、はっきり言って分からない。だが、ラシュトラとキラの護衛役を任される武官ということは相当な能力者に違いない。

 シュゼの能力で連中の目を誤魔化せるのは1回きりだ。一度でも姿を捉えれば、連中はシュゼの能力を見極めるだろう。シュゼと顔馴染みのキラが、向こうにいる訳だしな・・・シュゼの存在に気づかれる前に決めることができれば、俺たちは必要以上に連中とやり合わずに済む。

 1度目のチャンスは、俺とアグニ、レイア、ターニャの4人で作る。3人は連中がタウンに近づいた時点で、自分が担当するべき相手を見極める必要がある。無論、連中に感づかれないようにな。

 俺がラシュトラを引き離したら、各自が相手を務める東武官の注意を自分に向けさせるんだ。その不意を突き、姿を消して待機していたシュゼがキラを確保する。それが失敗したら・・・各自で臨機応変に動くしかないな。」


 ファルコが大まかな作戦を話し終えると同時に、レイアが笑い出した。


 「自分が担当する相手をぶっ倒せばいいってだけよね。つか〝野性の神獣〟を演じ終えたタングスも戦力に含まれるだろ。シュゼだって、透明になることだけが取り柄って訳じゃないようだし。その上、リサの霊術で援助があれば楽勝じゃない?

 問題なのはファルコよ。本当に、あんた1人に奴を任せて大丈夫?」


 ファルコは自信たっぷりに頷いてみせた。


 「俺は問題ない。問題があるとすれば、アグニだ。」

 「・・・・。」


 レイアは訝しげにアグニを見やった。アグニは地面に描かれた図面に視線を落としていた。石を弄りながら独りで思い耽っている彼を、ファルコは険しい表情で見据えた。


 「・・・お前の夢の結末は、お前にしか作れない。全ては、お前が選択する行動にかかっている。だろ?」


 ファルコに指摘され、アグニは一瞬ぴくりと顔を歪ませた。


 「アグニ・・・何があっても冷静に判断しろ。例え誰かが殺られたとしても、相手がどれだけ挑発してきても平常心を保つんだ。俺が言わなくても、お前自身がよく分かってるだろうがな・・・

 怒りで我を忘れるんじゃない。ここには、ひとたび火の点いたお前を止められる奴はいないぞ?自分の力で、自分を制圧してみせろ。」

 「・・・・。」


 明日の夕刻、悪夢のような現実が訪れる。自分さえ冷静な頭で判断して動けば、最悪の結果は免れることができるはずだ。

 それを考えると、重圧な責任感がアグニに圧し掛かった。これは今までの予知夢とは違う。自分だけの問題ではなく、皆の命がかかっている。これまでアグニが予知夢によって回避してきた凶事は、明日訪れる本番の予行演習だったのではないだろうか。


 ファルコの言う通り、アグニが怒り任せに相手とやり合いさえしなければ、例え犠牲が出たとしても任務は成功する。予知夢がそれを知らせている。アグニが自身の力で感情を制御できればキラを傷つける事無く、彼女をハルヌーンの元へ連れて行ける。


 「―――明日の朝から、各自配置について身を潜める。それまで、工場内でしっかり休んで万全に体調を整えろ。解散。」

 あらゆる事態を想定して入念に話し合った後、それぞれは荷物を解いて休息に入った。


 屋上に上がっていこうとしたファルコを、リサが引き止めた。

 「・・・ファルコ。ちょっといい?」

 「どうした?」


 リサは自分に注目しているアグニ達を見やった。リサの意図を察したファルコは、彼女を連れて工場の奥へと消えていった。

 アグニは何やら思いつめた様子のリサを読心したかったが、自分が介入してよい事ではないと判断して止めておいた。



 日が沈み、夜が更けていった。アグニはどうしても眠ることができずに、寝袋から這い出した。レイアとターニャは熟睡している。彼女たちの図太さに呆れながら、アグニは静かに錆び付いた階段を上がった。


 夜風の吹く屋上には、ファルコと彼にしきりに話しかけているシュゼの姿があった。シュゼは、自分が見張りを務めるからファルコは寝るべきだと理論的に彼を説得している。

 ファルコはシュゼを納得させられるだけの説明ができず、適当に相手をしながら暗闇に集中し続けていた。


 「・・・シュゼの言う通りだ。寝た方がいい。」


 アグニが声をかけると、2人は振り返って同時に目を細めた。アグニは苦笑した。


 「〝貴様こそ寝ろ〟だろ。分かってる。」

 「・・・・。」


 自分に向けられた非難の目を無視して、アグニは2人の傍に座った。


 「ファルさん、だいぶ疲れてるだろ・・・色つき眼鏡でも隠しきれないぜ、その酷い隈は。」


 日に焦げた肌色でもはっきり見て取れる隈が、ファルコの目の下にできていた。普段からファルコには隈があり、それを自然な形で隠すために彼が色つき眼鏡を掛けていることにアグニは何となく気づいていた。


 心配するアグニに、ファルコは微かに笑んでみせた。


 「それなら、もっと色の濃いやつに買い換えないとな。」

 「・・・・。」


 アグニは大げさにため息をついた。ファルコは頑として譲らない気でいる。


 「・・・リサは?夕方から姿が見えないけど。」

 話題を変えると、彼は苦々しい表情をした。

 「下準備しに行った。必要ないと言ったんだが、どうしてもやるっつって聞かなかったんだ・・・あいつは言い出したら、何を言っても聞かないからな。」


 アグニは、はっとして北西の闇に視線をやった。彼はリサが持つ霊術をいくつか聞いていた。下準備が必要ということは、あれをする気に違いない。


 「そんな・・・時間が足りないだろ?それに無謀すぎる。連中と1人で先に接触するなんて・・・。」

 「リサの閉心とアウラの操作力、加えて頭の回転の速さはターニャさえ上回る。向こうに読心術者がいたとしてもバレることはないだろう。危険なことには違いないがな。時間も少ない・・・だが、うまくいけば俺たちは更に有利になる。」

 「・・・・。」


 アグニは、リサの精神コントロールがどれほどのものなのか知らない。はっきり言えるのは、彼女の風貌であれば連中に警戒されることなく近づけるということだ。

 彼女のしようとしている霊術を使えば確かに任務の成功率は上がる。だが、東武官に彼女の霊術が果たして通用するのだろうか?


 「夕方、俺のファミリアでリサをぎりぎりの場所まで送り届けた・・・すでに、連中に紛れ込んでいる。」

 「!」


 「今は、リサを信じるしかない。」


 ファルコは夜の闇よりも暗い色をした目で、タウンの向こうに広がる砂漠地帯を見据えていた。


 リサの策略が連中にばれれば、この計画自体が水の泡になる。何よりも、彼女が無事では済まされない。

 ファルコはそれを分かっていながら、彼女を行かせたのだ。それだけリサを信用しているということだろうか。それとも、彼女の強い意志を尊重してやりたかったのだろうか。


 ファルコの無機質な目からは、何も読み取る事ができなかった。


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