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第二十九話

 アグニは鏡の前で霊薬湿布を剥がし取った。


 鏡の中に映る左頬には、爪痕のような傷が2本斜めに走っていた。恐る恐る触れてみる。もうほとんど痛みは無いが、アスターの話によると霊的な刺激を受けたときに疼くらしい。完全に治るまで何年もかかるそうだ。


 装備品をチェックしながら手早く着慣れた紅蓮洞の戦闘服に着替え、その上から軽くて丈夫な黒革のジャケットを羽織った。マスクを装着し、アバターはとりあえず額へ。


 ふと片耳だけピアスが外れていることに気づき、慌てて寝台を探す。枕の下敷きになった蹄鉄型のオニキスを見つけて安堵した。

 ミアとおそろいでツィンカに作ってもらった大事なアミュレットだ。しっかりと耳たぶに付け直し、荷物を担いだ。


 「・・・・。」


 すでに準備万端のシュゼは、アグニの支度を無心で突っ立って待っていた。アグニはまだ彼が寝ている姿を見たことが無い。ピエロのアバターを胸に提げ、昨晩から同じ場所に立っている気がする。


 アグニはシュゼの丸い頭に乗っている今にもずり落ちそうな灰色の耳あて付きニット帽を被せ直してやり、彼を連れて部屋を出た。


 「遅い!」


 レイアの一声が出迎えた。


 今回の任務に彼女も同行することになっている。遅いと言われてもまだ日の出前だ。アグニは彼女と負けず劣らずの仏頂面を返した。


 「・・・タングス見なかった?」

 「彼女はすでに発った。先にファルコとミドル・ゴーストタウンで合流するそうだ。」


 どうやらタングスは、なるべくアグニと距離を置いて行動したいようだ。アグニはため息をついた。


 「じゃあ早く追いかけないとな。」

 「だから、遅いと言ったんだ。」


 レイアはいつに無くピリピリしていた。それは決してアグニのせいではない。今日からの危険な任務を思い、神経質になっているのだ。大またで廊下を行く彼女の後を、アグニは少し距離をとって歩いた。



 蛇の目からミドル・ゴーストタウンへは、塵の沼地をカマーフで北上した後、アクラシアの独立コロニー〝ウィンガル自治区〟を経由して3日かかる。

 距離にすれば長くはないのだが、足場の悪い困難な道のりであるためカマーフの足でもそれだけかかるのだ。空気汚染も酷く、酸性雨もよく降る。カマーフ達はガスマスクを被り、人の他に重たげなレゴリスシートを背負わされていた。


 ターニャとレイア、リサ、アグニ、シュゼの5人はそれぞれカマーフに跨って塵の沼地を慎重に進んだ。空中を舞う黒ずんだスモッグは危険な有毒物質を多く含んでおり、頑丈なカマーフの肺でも腐ってしまう。

 ガグルやカマーフ同様に外で直に呼吸できるシュゼも、鼻と口を覆うマスクを装着していた。


 レゴリスでぬかるんだ地面は脆く、いちいち透視して安全かどうかを確かめながら歩かなければならない。雲行きが怪しくなり、崖の窪みを利用してレゴリスシートを張った。酸性雨をやり過ごした後、再び歩き始める。


 日が沈みだしたころグリズミンが現れたが、レイアの弓矢を受けて退散していった。夜は、シュゼが1人で見張りを務めた。

 早朝アグニが目覚めると、シュゼは皆が起きる前に半時間ほど睡眠をとった。1日中透視をしながらの旅路で皆が疲れている中、彼はたったの半時間で完全に回復していた。


 さらに半日、汚染された塵の沼地を突き進んだ。植物に擬態したガグルが赤い花びらを広げる地帯に出たころ、分厚いスモッグの中にウィンガル自治区が姿を現した。


 このような劣悪な地帯に彼らがコロニーを構えているのは、外部からの干渉を受けないためだ。水流石や酸素石を多く所持している旅人は歓迎される。それ以外の者は、近づいただけで射撃される。


 不気味なガスマスク面の住人たちが廃棄物の山から姿を見せ、カマーフに跨ったアグニ達を眺めていた。

 ウィンガル自治区に住まう一族は謎に満ちている。何を食べて何を目的に生きているのかわからないような者たちだ。

 つぎはぎだらけの衣で身を覆い、深々とフードを被って一言も言葉を発しない。アグニ達に興味は持っているのだが、絶対に近づいてこようとはしない。

 よそ者に干渉されることを嫌い、また自分たちからよそ者に干渉することも無いのだ。


 一説によると、バルタナ諸島から長い旅路の果てにこの地へ辿り着いた者たちの子孫らしい。それを思うと、カフは親しみやすい人物だったが何処となく彼らと雰囲気が似ていた。油断の無い他者への警戒心、気配の無さ、何を考えているのか知れない閉ざされた心。


 カマーフから降りたターニャは、門番のウィンガル人とアグニの知らない言語で何かを話した。


 「皆、荷物を持ってカマーフから降りて頂戴。彼らの乗り物と交換してもらうから。」


 ターニャの指示に従い、それぞれ荷物を抱えて地面に降り立った。何処からとも無く現れた数名のウィンガル人が、カマーフの手綱を持って足早に消えていった。


 しばらくして、4台の黒光りするマシーンが運んでこられた。反重力装置で地上から浮上して走る立ち乗り型のバイクだ。


 ターニャの通訳で、ホバーバイク〝グリム・ジャッド〟の操縦を習った。普通のバイクより少々複雑だが、呑み込みのいいアグニ達には問題なかった。

 カマーフ5頭と大量の酸素石に対し、ホバーバイクは4台しか貰えなかった。そのため、リサはターニャの後ろに乗ることになった。


 ここからの旅路は大型ガグルの出没頻度が高いため、臆病なカマーフを連れてはいけない。ホバーバイクに乗り込んだ一行は、早々にウィンガル自治区を後にした。


 グリム・ジャッドは非常に快適だった。最高速度を比較すればカマーフの方が上だが、浮上しているためレゴリスの溜まりを気にせず走ることができる。


 「彼らの持つ高度な機械技術は、旧世界から受け継がれてきたものなの。南アク大陸に住まう者として、私たちにもっと貢献して頂きたいものだわ・・・。」

 ターニャが前を走りながらぼやいた。


 ウィンガル自治区を出た頃から、アグニは何者かに付けられているような気配を感じていた。南アクには至る所に盗賊団が蔓延っているため、その一部に目を付けられたのだろう。そう思い、特に気にしなかった。向こうが手を出してきたら仕留めるまでだ。

 ターニャとレイアも気づいていたが、アグニと同様の判断をして放置していた。


 蛇の目を出て2晩の野営を明かし、3日目の正午に目的地のミドル・ゴーストタウンに到着した。




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