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第二十八話

 翌日、アグニはシュゼを連れて稽古場へ向かった。午前中はパイとファミリアを使用した戦闘訓練が主に行われる。

 ファミリアを所有していないアグニは、カク出力式の武器を用いた訓練に加わった。そこにレイアの姿もあった。

 ブリキ人形を相手に各自で練習をした後の模擬対戦で、アグニはレイアに相手役を頼んだ。レイアは相変わらず無愛想だったが、彼の申し出を引き受けた。


 監督官に見守られる中、2人は防具を着て大型のカク出力式ブレードで手合わせを繰り返した。本物の剣を用いているということで、昨日よりも2人には緊張感が走っていた。

 いくら頑丈な防具を着ているからといって、受身を失敗すれば大怪我をする。アグニはどうしてもレイアの身を案じてしまうため調子に乗れず、彼女に何本もとられた。


 休憩を挟み、レイアは爆矢の稽古に移った。弓術と相性の悪いアグニは、気銃での射撃に挑んだ。

 その間シュゼは石段に膝をそろえて座り、皆の動きを瞬きひとつせずに見ていた。彼の頭は凄まじい速度で回転していた。

 どうやらアマゾナス達とアグニの動きをすべて把握し、分析して優れていると判断したものを1つ残らず吸収しているようだ。

 そしてさらに、得た動きを組み合わせることで我流の武術を頭の中で作り上げていた。アグニは、彼の高性能な学習力と応用力を羨ましく思った。


 「そのアバターの片翼は、誰が持ってんだ?」


 昼食休憩の時、アグニは思い切ってレイアに話しかけた。彼はウイング式アバターの見分け方をカフに習っていた。レイアが肌身離さず持ち歩いているコヨーテのアバターにはウイング式の特徴が見られた。

 アグニは純粋な好奇心から聞いたのだが、レイアにとっては非常に不愉快な質問だったようだ。


 「・・・貴様には関係ない。」

 彼女は刺々しく言い放ち、稽古に戻った。


 アグニの隣でヘビ皮の塩焼きをかじっているシュゼが目を細めた。


 「レイアさんは、落ち込んでいるのですか?」


 アグニは肩をすくめた。

 「いや、あれは怒ってんだ。」


 シュゼの目は、赤い糸のようになった。


 「・・・オレには、落ち込んでいるように見えますが。」

 「・・・・。」


 シュゼはリサがいるときは〝私〟を、いないときは〝オレ〟を間違えることなく使い分けている。アグニは、レイアのアウラを今一度よく見た。だが、彼には見分けがつかなかった。



 それから2日間、アグニは朝から夕刻まで稽古場で過ごした。レイアは二度とアグニの相手をしてくれなかった。

 他の女兵士では相手にならないので、高官たちが交代しながらアグニの相手役を務めた。


 高官は皆強かった。頭脳派のターニャでさえアグニと同等以上の戦闘能力があった。男勝りのミザリィと自信家のビアンカには、アグニは全く敵わなかった。

 もっとも、アグニの実力は精神状況によって大きく左右されるが。


 シュゼは常に定位置で皆の動きを観察し、リサは別の稽古場で霊術訓練に明け暮れていた。タングスは晩餐の後から宮殿の地下に設けられているアスター用の研究室に篭りっきりで、アグニに一度も姿を見せようとしなかった。それが気がかりではあったが、アグニは嫌味なビアンカから1本でも取ることを目標に稽古に励んだ。


 夕食後はターニャ達と扇形劇場のようなすり鉢状の会議室に集まり、石段に座って任務について夜遅くまで話し合った。

 アグニは予知夢の内容を絵に書いて説明した。リサは彼に絵心があることに対して失礼なほど驚き、そのギャップに喜んでいた。

 アグニの描いた見事なスケッチによって、彼とキラが出会う場所はすぐに特定できた。バース圏内とアマゾナスの領土の中間地点にある崩壊したコロニーだ。アマゾナス達は、その場所を〝ミドル・ゴーストタウン〟と呼んでいる。


 行くべき場所は分かっても、そこへ向かう目的がはっきりしなければ動くことはできない。予知夢で見た場所だから行くという理由では、未来は変わってしまう。キラとすれ違う可能性が生じるのだ。そのため、何らかの必然的な目的が訪れるまで待つしかなかった。


 ターニャ達は手当たり次第に、ミドル・ゴーストタウンへ行く目的となるものを模索した。近々そこへ行く予定のある探索隊やハンターはいないかどうかをアマゾナスのコロニー中に連絡して探させ、その団体と自分たちが行動を共にする必要性があるかどうかを検討した。


 だが、手がかりは一行に見つからなかった。焦りを見せるターニャ達とは裏腹に、アグニは落ち着いていた。その目的は、ただ眠っていたとしても必ず自分に訪れることを知っていたからだ。



 そして、その時は来た。ファルコが蛇の目を出発してから3日目の夜、彼から知らせが届いた。アグニ達は会議室に集まり、ターニャから詳細を伺った。それはキラについての情報だった。


 キラは現在、バース・ヒルスで東部の支配下に身を置いている。そして彼女は、ある特殊能力が理由でバース北部の相続権を得ているという。

 北部の主将イシュラの正統な継承権は、決して誰も聞くことのできない大精霊石の音、オーンを聞くことのできる人物に与えられる。キラにはその力があり、イシュラの正統な後継者として東部で保護されているのだそうだ。


 身内同士の権力争いが耐えないバースでは、四天王が一角の後継者であるキラは常に命を狙われている。それを聞いたアグニは、今すぐにでも怪物どもの巣から彼女を救い出したいという衝動に駆られた。


 東部の武将ラシュトラ・ヘルは、総大将シャイマンより大精霊石の回収を任されているという。エス各地に散らばる大精霊石を見つけ出すには、オーンを聞き当てるキラの存在が必須だ。


 ファルコは、そこを突こうと提案してきた。紅蓮の大精霊石を用いて、彼らを誘き出そうというのだ。誘き出す場所としてはミドル・ゴーストタウンが最適だという。危険な場所ではあるが、連中に疑われることなく罠を張って潜伏することが可能だ。


 紅蓮の大精霊石をコロニー外へ運び出すことについて、ターニャ達は抵抗した。南アク一の財産を、バースに奪われるような危険に晒したくは無いのだ。紅蓮洞から蛇の目まで運ぶだけでも大仕事である。


 そこで、アスターが挙手した。

 皆、彼に注目した。


 「実は・・・紅蓮以外の大精霊石が1つ、すでに蛇の目にあるんだ。」―――「!?」


 ターニャ達は半信半疑でアスターを凝視した。アスターは、会議室へ持ってくるといって席を離れた。



 暫くしてアスターが戻ってきた。彼の背後から、タングスが顔を見せた。アグニは彼女の変貌した姿を一目見て、階段席から跳ね上がるようにして立った。


 「タングスに何したんだ、アスター!?」

 「僕が改造した訳じゃない。今から、ちゃんと説明する。」


 アスターは今にも自分に飛び掛ってきそうなアグニをなだめ、タングスを連れて前へ出た。また一回り大きくなったタングスは、頭から背中にかけての毛が派手に抜け変わっていた。その長く伸びた背毛は、朱色と金茶色の縞模様だった。瞳の色も、少し変色している。


 「ご覧の通りタングスは、エア・ウルフからの変異体だ。彼女が打ち明けてくれた話によると、自身は新たなガグルを生む母体としての役割を担っているのだそうだ。つまり、彼女は神獣だ。」

 「・・・・!」


 騒然となる会議室で、アスターは説明を続けた。


 「タングスの自我は、いずれ失われる。その兆候が出始めたため、彼女は僕に助けを求めてきた・・・それで僕は今、彼女の自制心を保つための手段を検討中だ。

 とりあえず成長抑制剤を応用して薬を調合した。しばらくは、それで何とかなるだろう・・・彼女がすでに神獣として目覚めているのは明らかだ。僕は、彼女の自我を守るためにできる限りの事はする。」


 アスターは、言葉を失って唖然としているアグニを直視してきっぱりと言い切った。そして一息ついてタングスの肩に手を置いた。


 「先ほど、彼女に今回の件を話した。彼女は、自分が力になれることなら何でもすると言ってくれた・・・ミドル・ゴーストタウンで、おとり役を担ってくれるそうだ。」


 それを聞いてアグニは即座に反対した。

 「そ、そんなことタングスにさせられるか!危険過ぎる!」


 タングスが笑うように唸った。

 (アグニ、私の足の速さは知っているだろう?そう簡単には、生身の人間に捕まりはしない。)


 生身の人間といっても相手はバース・ヒルスのパイマーだ。連中は、人間と呼べる領域の存在ではない。


 キラがミドル・ゴーストタウンに現れるなら、あのラシュトラ・ヘルに連れられてのことに違いない。ファルコの話だと、キラは彼にとって無くてはならない人材だ。絶対に彼女から目を離すことなく行動を共にするだろう。

 となると、彼等の護衛も付き添ってくることになる。罠を張って待ち伏せしたとしても、そう簡単には連中の隙を突いてキラを確保することはできないだろう。タングスの身の安全も保障し切れない。


 (大丈夫だ、何もかもうまくいく。私は、アグニ達を信じている・・・アグニも私を信じてくれ。)


 信じる?何を信じろというのだ?


 タングスが自分達を信じることは間違っている。それは大きな過信だ。いや、それよりもタングスの自我が失われるというのはどうことだ?


 アスターは任務の話を持ち出して軽く流したが、その訳の分からない話でアグニの頭は破裂しそうだった。ターニャ達がアスターの提案に賛成して話がどんどん進んでいく中、アグニの思考はその一点で停止していた。


 話し合いが終わり、誰かがアグニの肩に触れて何かを言った。だが、アグニは話し合いが終わったことも、誰かが自分に触れて声をかけたことにも気づいていなかった。


 会議室から1人、また1人と出ていった。アグニの隣に座っていたシュゼは、目を細めながらもアスターに指示されて席を離れた。

 篝火の炎が弱まる中、アグニとタングスだけが静まった会議室に残された。頭が混乱して呆然と座り込んでいるアグニに、タングスは音も無く近寄った。


 タングスの唸り声で我に返ったアグニは、顔を上げて彼女を見た。タングスは金糸の混ざった赤い目で、アグニに優しげな眼差しを向けていた。そして、彼女は全てを打ち明けた。


 (・・・内海で遭遇した巨大ワームが船を襲わなかったのは、私が乗っていたからだ。あれは私が同胞だと感じ取り、攻撃しなかったのだ・・・あれには自我が無かったが、私が神獣であるという事実を読み取ることができた。そして、私がこれからどうなるかを知った。)


 「・・・・。」


 (事実を知った私は、絶望に打ちひしがれた。自分はいずれ、あれと同じように自我を失い、本能のままにエスを喰い漁る存在になる。そのことを、どうしても受け入れられなかった・・・いや、生まれた時から私はガグルであって、アグニの生きる世界をレゴリスで侵食していたのだ。そう思うと、自分が堪らなく嫌になった・・・。)


 彼女が抱えていた苦しみを知り、アグニは胸が燃え尽きそうなほど苦しくなった。


 (そんな時、アスターに出会った。神が強いた運命に逆らって生きる彼の姿勢に感銘を受けた・・・私も、自らの宿命に最期まで抵抗しようと心に誓った。私はエスを壊したくない。アグニが駆ける大地を崩したくはない・・・。)


 タングスは、アグニの頬を静かに伝い落ちる涙を鼻先で拭った。


 彼女はこの先をアグニに伝えるかどうか迷った。アグニが受け止めてくれるかどうか自信が無かった。だが、今この瞬間に伝えなければ手遅れになってしまう。タングスは心を完全に解き放ち、アグニに思考を読ませた。


 (私は、最期まで耐えてみせる。だが、もしも・・・もしも私の自我が消滅したとして、その時まだアグニが私の傍にいたのなら、アグニの手で私の息の根を止めてくれ。アグニや、アグニの大切な者達の命を、私が奪ってしまう前に・・・!

 寝て起きた時には全てを忘れていて、隣で無防備に寝ているアグニを食べてしまうかもしれない恐怖に苛まれながら、今ここにいる・・・アグニ、私をしっかり監視していてくれ。私が傍にいる間は警戒を怠らないでくれ。異変を感じた時は、容赦なく止めを刺してくれ!それを約束してくれなければ、私はアグニの傍にいられない・・・。)


 「・・・・っ。」


 タングスは思考の中で泣き崩れ、声を詰まらせていた。アグニは堪らず彼女の首に頭を埋め、鬣を握りしめた。タングスは、声を押し殺して泣く少年に顔を摺り寄せた。


 (・・・アグニに拾われてから、もう6年になる。すっかり私の方が大きくなってしまったな。)


 彼女は、しみじみとアグニと出会った時の光景を思い浮かべた。


 タングスは8歳の時のアグニよりも体の小さい幼体のエア・ウルフだった。いくら小さくても怪我を負って興奮したエア・ウルフは非常に危険だ。それにも関わらず、アグニは恐れる事無く手を差し出した。


 (どれほどに神が残酷な存在でも、アグニと巡り会わせてくれたことについては感謝せねばなるまい・・・。)


 アグニは唸った。

 「止せよ、辛気臭い話は・・・。」


 彼には、タングスの思考が別れの言葉を告げているように聞こえた。アグニが条件を呑まなければ、彼女は今すぐにでも立ち去る気でいるようだ。余りにも突然のことで、アグニはどうしていいか分からなかった。


 今、タングスが己を失ってアグニに襲い掛かろうとも、アグニには彼女を仕留めるだけの覚悟は無い。そのような恐ろしい事ができる訳がない。でも傍にいてほしい。

 アグニにとってタングスは、ミアと同じくらい必要な存在だ。傍にいて当たり前で、失うことなど考えたくも無い。

 ましてや自分の手で殺すなど、天と地が逆さまになろうとも出来やしない。


 タングスは騙されないだろう。

 それでもアグニは、彼女の望み通りにすると思考の中で嘘をついた。


 「・・・おれに監視してほしいのなら、もう二度と閉心するのは止めてくれ。」


 タングスは、深く鼻で息をついた。


 (勿論、そのつもりだ。)


 タングスなら大丈夫だ。

 自分を見失ったりはしない。


 何の根拠もなく、アグニはそう信じるしかなかった。




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