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第二十七話

 晩餐の準備が整った大広間まで、アグニとレイアは一言も会話せずに歩いた。


 篝火に照らされた大広間には、リサとターニャが先に来ていた。彼女たちに出迎えられ、アグニは安堵した。

 レイアは口数が少なく、何か喋れば皮肉や嫌味が出てしまうタイプの人物だ。アグニにも似たところがあるため、彼とレイアが2人きりだとまともな会話はできない。

 アグニは彼女を嫌っている訳ではないが、彼女はアグニを敵視しているようだった。そのため、無言の道中はアグニにとって軽い地獄だった。


 アマゾナスの高官たちと軽く挨拶を交わし、アグニは毛皮の絨毯とクッションが敷かれた主賓席に胡坐をかいて座った。そこにアスターとタングスの姿もあった。

 タングスはアグニに閉心しており、アグニも彼女には話しかけなかった。タングスの態度に腹立たしさと寂しさを感じたが、なるべく考えないように努めた。

 タングスは成体化したエア・ウルフであり、アグニが彼女の行動を拘束する権利はどこにも無い。


 リサとアスターの間に挟まれているアグニは、どうも落ち着くことができずに音頭をとる高官が乾杯を言う前に酒を飲んだ。

 男勝りの体格をした高官ミザリィは、今晩の主賓であるアグニ達に歓迎の意を述べた後、土のエレメントが回復の兆しを見せていることについて祝した。そして、アグニ達の任務成功を祈った。


 長話の間、アグニは背後で正座しているシュゼと小声でやり取りした。シュゼは場の空気を読んで声を潜めることを覚えた。

 彼の話によると、ネオは食事も睡眠も呼吸さえも普通の人間より遥かに少量で事足りるらしい。


 それでシュゼは今、腹が減っていないので晩餐の席は必要ないのだという。理屈的には合っているのだが気持ちの問題ということで、アグニはリサと自分の間に無理やり彼を座らせた。

 アスターは、アグニがシュゼを予想以上に気に入っていることに対して大喜びしていた。アグニは、シュゼとの会話を自然と楽しんでいた。気難しい弟を持たされたような気分で、それは決して悪いものではなかった。


 乾杯した後、見目のいい奴隷男児たちが酒をついで回り、床に並べられた大皿の料理を小鉢に装ってはアグニ達に運んできた。アグニは食事よりも薬を飲んで睡眠をとりたかったのだが、アスターが横で見張っていたので食べ物を酒で無理やり胃袋に流し込んだ。


 早々に部屋に戻りたくとも、引っ切り無しにアグニのもとへ高官直属兵たちが寄ってきては何かと話題を振った。アグニは疲れと薬の作用で睡魔に襲われながら、何が目的なのかもよく分からない彼女たちに辛抱強く相手をした。


 酒が入って頬を染める高官たちに囃し立てられて、仏頂面のレイアが大広間の中央に出た。奴隷男児たちは、すでに準備していた打楽器を構えた。レイアはコヨーテのアバターを被り、腰に下げた刀剣を抜いて構えた。


 リズミカルな打楽器の音に合わせて、レイアは剣の舞を披露した。荒々しく、迫力のある美しい舞踊に皆は手拍子を送った。

 先ほどまでアグニと体力の限界まで戦ったとは思えないほど、レイアの動きは力強かった。見ているこちらが息の切れそうな激しい舞を、彼女は優雅に踊り続けた。


 「彼女を気に入ったかしら?」

 「・・・・。」


 アグニがレイアに見とれていると、ターニャが後ろから酒瓶を片手に冷やかしに来た。


 「いろいろ訳ありでね。レイアは同僚たちとうまくいってないの・・・でもいい子なのよ?人付き合いが苦手で、捻くれてはいるけど。」

 「・・・いろいろって?」


 アグニが興味を示したことに、ターニャは嬉しそうに微笑んだ。彼女はアグニの隣に座っているアスターの背に図々しくもたれかかり、くつろぎの体勢をとった。


 「まずは・・・そうね、彼女は混血なのよ。アマゾナスと、我らが宿敵の。」

 「バース・ヒルス?」


 ターニャは頷いた。


 「彼女がここへ来たのは7年前。8歳の時よ。それまで両親と一緒にバース・ヒルスで暮らしてたんだけど、バースでの政権交代時に彼女の母親であったアマゾナスは処刑され、父親と共にバース圏外へ追放された。

 彼女の父は、彼女をここへ連れてきた後に間もなく病気で死んだわ。両親共に優れたパイマーだった・・・天涯孤独の身で、アマゾナスにも馴染めず、彼女はただひたすら父親から学んだ武術の稽古に明け暮れた・・・今も、まだね。」


 「・・・・。」


 「それから・・・レイアはアグニと同じように、南アクのやり方を快く思っていないの。でも、バース・ヒルスに対する恨みは誰よりも強い。それが、彼女が居たくもないコロニーに留まっている理由の全てよ。」


 剣の舞を踊り終えたレイアはアバターを乱暴に外し、皆のアンコールを無視して元の席に戻った。胡坐をかいて酒を飲む彼女の整った横顔を、アグニは何となく見ていた。それに気づいたレイアは、眉間にしわを寄せてそっぽを向いた。


 「―――彼女は孤高のトリックスター。仮面の下に素顔を隠し、決して弱みを見せることはない。時には賢者、時には愚者となり、神に疎まれ嗤われながら矛盾を背負って踊り続ける。」


 ターニャは歌うように呟き、キセルを吹かした。






トリックスター:神話などに登場する、悪戯して秩序を乱す存在のこと。日本におけるスサノオ、ケルト神話ではパック、北欧神話のロキなど。一貫性を欠く矛盾した性質。また、インディアンの間ではコヨーテをトリックスターとしてあがめる文化がある。

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