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第二十六話

 アグニはアスターに手を借りながら、パイ類を預けた場所まで戻った。アスターはその場で医療道具を広げ、アグニを椅子に座らせて怪我の治療をした。


 「しばらく痛むだろうから、鎮痛剤を持たせておく。1日1錠が目安だが、余りにも痛む場合は後で胃が荒れるのを覚悟して1錠半飲みなさい。君が正気であるなら、すきっ腹には決して入れないように・・・念のため、胃薬も出しておこう。」


 アスターは、アグニが正気であるかどうかを疑っているようだ。


 「・・・研究者っつうよりも、呪術医と名乗る方が似合ってるな。」

 アグニは頬に張られた霊薬湿布をいじりながら呟いた。


 アスターは道具を片付けながら微かに笑った。

 「本職は医者だ・・・余り触るんじゃない。〝霊傷〟を甘く見るな。」

 「・・・・。」



 誰かが慌しく階段を下りてくる足音が聞こえ、アグニはそちらを振り返った。下りてきたのは、血の気の引いた顔をしたリサだった。後ろからシュゼとタングスも付いてきている。


 「大丈夫なの、アグニ・・・!」


 アグニは怪我をしていない方の口角を上げてみせた。


 「ハルヌーンなら腹を満たして寝てるよ。今のところ心配ない。な?Dr。」


 アグニに振られ、アスターはリサにきっぱりと頷いてみせた。彼をひと目見たリサは、顔を顰めて俯いた。


 「リサ・・・ハルヌーンは元に戻るよ。彼の自我は消滅した訳じゃない。エレメントの意識の中に、ちゃんと存在してる。さっき、それがはっきり分かった。キラさえここに連れてくれば、必ずうまくいく。だから、あまりDrを・・・。」


 リサは顔を上げ、きっとアグニを睨みつけた。


 「リサにだって分かってるよ、そんなこと!!」

 「・・・・。」


 「キラを、連れてくるだけでいい?よく、そんな簡単な事みたいに言えるね!?相手はバース・ヒルスタンだよ??リサはハルのこともだけど、アグニのことも同じくらい心配してるの!ターニャやファルコのことだって・・・!」


 アグニは今、精神力を使い切っているため読心ができない。だが、リサの言いたいことはよく分かった。あの怪物どもから、どうすればキラを奪い取ることができるというのか。

 たとえ彼女をここへ連れてくることができたとしても、皆がそろって無事でいられるのだろうか。キラには指1本触れることもできず、全滅する可能性も勿論ある。


 だからといって引き下がるわけにはいかない。ハルヌーンを救うためにも、自分たちが生き抜くためにも連中に挑まねばならない。

 それはリサにも分かっている。だからこそ、彼女は苦しんでいるのだ。


 リサは目に涙を溜めて踵を返した。シュゼは階段を駆け上がっていく彼女を見て、アグニを見た。アグニは顎で階段を示した。シュゼは目にも留まらぬ素早さでリサの後を追っていった。



 タングスはその場に残り、何かを言いたげにアスターを見ていた。アスターはそれに気がつき、彼女に微笑みかけた。


 「どうかしたかい、タングス?」

 「・・・・。」


 アスターとタングスは黙って暫く見つめ合っていた。アスターは突然、険しい顔になった。アグニはふたりの顔を交互に見やった。


 「何だよ?どうかしたのか?」

 「・・・アグニ君、しばらくタングスは僕が預かる。彼女もそれを望んでいる。」


 それを聞いてアグニは椅子から弾かれたように立ち上がった。


 「あんた読心できるのかよ!人が悪いな、今まで黙ってたなんて・・・!」

 「いや、読心術と呼べるほどのものじゃない。君の足元にも及ばないテレパスだよ。」


 アグニは責めるようにタングスを見た。

 僅かに回復した精神力を使い、彼女に波長を合わせた。


 「どういう了見だよ?ふたりで何を話してた?」

 (今は教えられない。アグニを必要以上に煩わせたくないから。)


 「・・・ああそうかよ、勝手にすればいい。エスの未来について屈曲した理想論でも語り合ってろ。」


 アグニはアスターの手から飲薬と湿布を奪い取り、鼻息荒く階段を上っていった。




 頬の焼けるような痛みと頭痛に苛まれながら、アグニはリサの部屋へ向かった。だが、部屋には誰もいなかった。


 仕方なく自分の部屋へ戻ろうとしたところ、旅支度を整えたファルコと出くわした。


 「ファルさん、どこ行くんだ?」

 「ちょいと別行動をとる。お前は身体が鈍らないように、ターニャ達の稽古に混ざってろ。じゃ、もう出発するんでな。」


 ファルコは不満げな顔をしているアグニの頭を軽く叩き、その場をあとにした。残されたアグニは、何が何だか分からず呆然として突っ立っていた。


 「・・・何だよ、おれは除け者かよ。」


 酷い痛みと皆の素っ気無い態度に苛々してきたアグニは、自分の部屋に戻ることを止めて宮殿内の稽古場へ行くことにした。




 稽古場では若いアマゾナス達が監督官のもと、戦闘訓練に励んでいた。体術、槍術、鞭、剣術とグループに分かれて模擬対戦している。

 アグニが姿を見せると、何人ものアマゾナスが落ち着かない様子で彼に目線を送った。気も漫ろにミスを繰り返す若い女兵士たちに、監督官の罵声が浴びせられる。

 アグニは監督官の1人に話をつけ、剣術稽古に加えさせてもらうことになった。


 刃が丸く削られた練習用の刀剣を借り、アグニの相手を名乗り出た娘と向き合った。アグニは剣を交えながら、しばらく相手の実力を見た。

 女とは思えない腕力とスピードで、技の切れもいい。だが、アグニが本気を出さなければならないほどの相手ではなかった。

 手加減した一撃で相手の剣を手から振るい落とし、相手が体勢を整えなおす前に喉もとに剣先を突きつけた。


 「・・・・。」


 気丈でプライドの高いアマゾナスの娘は、悔しさで顔を赤らめながら後退した。


 その後、次から次へとアグニの相手に買って出る者が現れた。監督官たちもその気になって、他の稽古は中断して優秀な女剣士たちを前に出させた。

 中にはアグニの腕力と同等の怪力を持つ相手もいたが、彼の動体視力と反射神経に敵う者はいなかった。

 よく鍛えられている彼女たちのお陰で、アグニは対戦に集中して痛みを忘れることができた。いつの間にかターニャと数名の高官が、吹き抜けになっている上階の回廊から見物していた。彼女たちの向かいにはリサとシュゼの姿もあった。


 紅蓮洞に来ていたターニャの直属兵のうちの1人レイアに、アグニは手こずることになった。彼女は小柄で腕力が弱いのだがスピードがあり、自分より力の強い相手との戦いに慣れている。

 適切な間合いのとり方、柔軟な身のこなしと洗練された足捌き、不意を付く大胆な詰めがアグニのリズムを狂わせる。


 そして、レイアはアマゾナスの中でも飛び切りの美少女だった。黒金のような光沢がある長髪、血色のいい白肌、長いまつ毛の下で鋭い眼光を放つ鉛色の瞳。まるで彫刻のようにくっきりとした掘りの深い顔立ちに、非の打ちどころが無い芸術的な体型。


 彼女はシュゼと並ぶほどの無表情で、アグニの動きのみに集中していた。対するアグニは、絶世の美少女を目の前にして少々緊張していた。彼女にあざを作るような真似は、どうしても出来なかった。


 ある時、ふいにレイアは大きく距離を取って動きを止めた。彼女は肩で息をしながら、アグニに切っ先を突き立てて睨んだ。


 「―――馬鹿にしているのか?あの時のように、真剣にやれ。」


 レイアは声も美しかった。アグニは、ミア以外の娘に惑わされるのは初めてだった。レイアは自らの美しさを盾にすることも鼻にかけることも知らず、堅実なまでに腕での勝負を求めていた。何故かは分からないが、アグニは彼女に自分と同じ匂いを感じた。


 デスマッチでのアグニの戦いを知るレイアは、最初からアグニが本気を出していないことに気づいていた。そして、その事に対して苛立っていた。

 アグニには決して彼女を侮辱する気はなかった。だが彼の心配りは、気高いレイアにとって屈辱的なものに他ならなかった。


 「・・・・。」


 アグニは剣を左手に持ち替えて構えなおした。彼は両利だが、本来の利き腕は左だ。先ほどまで右手で戦っていたのは女兵士たちを見下していたわけではなく、単に右腕を鍛えるためだった。

 レイアは一瞬面食らったような表情を見せたが、アグニが本気であることを知って満足げに微笑した。そして、彼女は構えを変えた。


 「?」


 アグニは彼女の一風変わった剣の構え方に見覚えがあった。その時は、どこで見たものか思い出すことはできなかった。アグニが記憶を辿る間もなく、レイアが仕掛けてきたからだ。


 そのスパートは、アグニの反射神経が働くぎりぎりの速度だった。レイアは浮遊石を使っていた。アグニも即座に足裏へ精神力を送り込み、彼女の殺人的な突きをかわした。思わず体勢を崩す。

 レイアはそれを見逃さず次の攻撃に移った。アグニは際どく剣で受け止める。甲高い金属音が稽古場にこだました。

 彼女の一撃は、腕力を補うだけの速度が加わっているため重量があった。


 「くっ!」


 左腕に伝わった衝撃が肩を上り、霊傷を負った頬まで届いた。アグニは飛び退き、一旦体勢を整える。


 疾風のような速度を保ちながらの見事な技の繋ぎ。アグニは、彼女の剣技をどこで見たのかはっきりと思い出した。

 (―――バース・ヒルスの剣術!)


 その後、お互いに一歩も譲らぬ攻防が続いた。

 見守るアマゾナス達も熱くなって声援を送った。


 だが2人の手合わせは、それほど長引かなかった。レイアが使う剣術は、彼女の身体には負担が大きすぎるようだ。剣を交える度に、彼女は大幅に体力を消耗して動きの切れが落ちていった。

 間もなく、アグニがレイアから1本を奪って勝敗が決まった。


 「・・・・っ。」


 自分の脇腹に押し当てられた剣を見て、レイアは唇を噛んだ。2人は剣を下ろし、呼吸を整えながら後退した。レイアは顰め面をしながらも、礼儀正しく会釈した。アグニは驚いて一瞬固まったが、不慣れにも軽く頭を下げ返した。

 試合後に儀礼をしたのは、アマゾナスで彼女1人だけだった。グールのデスマッチでは勿論誰もしない。


 しんと静まった稽古場の上から、ふいに拍手が聞こえた。ターニャだ。


 「2人とも素晴らしかったわ!さあ、晩餐の時間よ。レイア、アグニを忘れず連れてきて頂戴ね。」

 「・・・・。」


 晩餐と聞いて、アグニはびくっとした。グールの晩餐というと、広場で人間を丸焼きにするのがお決まりだ。


 「お前の想像しているような物は出ない。アマゾナスと人食いを混同するな。」


 レイアの冷淡な口調に、アグニは顔を顰めた。


 「言っておくが、心を覗き見した訳じゃない。貴様のような無粋な能力は持ち合わせてないんでね。単細胞の考えている事など、目を瞑っていても分かるってだけ。」

 「・・・・。」


 美しい姿と品の良い振る舞いとは裏腹に、レイアは口が悪かった。


 (これが、リサの言うギャップってやつか・・・。)


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