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第二十五話

 ターニャの許可を得たアグニは、シュゼをリサの部屋に残してハルヌーンが幽閉されている地下室へと向かった。

 タングスは、いつシュゼが暴走して彼女を傷つけるか知れないと、リサの部屋の前に残った。アグニは呆れたが、彼女の気が済むまでシュゼの監視役をさせることにした。


 長い人工石造りの階段を下りていくと、女戦士が見張りに立つ石扉の前に出た。ターニャとアグニは身につけているパイを全て外し、見張りに預けた。閂を外した重たい扉が、ひと一人通れる分だけ開かれた。


 扉の内側には仄暗い廊下が続いていた。すでに、ぴりぴりと静電気のような精神エネルギーが伝わってきている。そこを通り抜け、さらに階段を下りた。


 「リサを慰めたのは、おれじゃなくてシュゼだよ。」

 前を行くターニャの思考を読み、アグニは事実を教えた。


 ターニャは一瞬振り返り、また前に向き直った。


 「・・・そう。じゃあ、彼に礼を言わなくちゃね。」


 彼女は、リサが元気になったことで心底ほっとしていた。シュゼが慰めたことに関しては半信半疑だった。


 地下に潜るにつれて、感じ取ることのできるエネルギーの量が倍増していった。トランス中のパイマーがすぐ傍にいるかのような、狂乱した重圧なアウラが心身を圧迫していた。


 異常な分厚さの合金製ハッチの前で、アスターと数名の高官が立ち話していた。どうやら、ハルヌーンの容体は危険な速度で悪化しているらしい。

 アグニたちが下りてきたことに気づいたアスターは、驚いて目を見開いた。


 「どうなっている?君はさっきまで・・・ターニャ、どんな秘術を使ったんだい?」

 「私は何もしてないわよ。彼には、驚異的な回復力が具わってたようね。」


 アスターは疑り深くアグニを見据えた。アグニは得意げに笑ってみせ、鋭い彼に悟られまいと懸命にアウラを落ち着かせた。


 「早いとこ土のエレメントに会わせてくれよ。その中にいるんだろ?」

 「・・・しっかり心構えをしてくれ。結界を張った状態で、このアウラだ。」


 軽い調子のアグニに、アスターは厳格に忠告した。アグニは目を瞑り、深く深呼吸した。そして、アスターを直視して不敵に笑んでみせた。

 「準備万端。」

 アスターは不満そうな面持ちながらも、大きなハンドルを握っているアマゾナスの女兵士に目で合図した。

 重たいハンドルがゆっくりと回され始めた。


 「鎮静剤を打ってあるが、手の届く距離までは近づくな。手負いで興奮したタングス以外のエア・ウルフだと思いなさい。」

 「それは、おっかねぇな。」


 音を立ててハンドルが止まり、ラッチが外された。重厚な扉が、女兵士の太い腕によって引き開けられる。


 「――――っ!」


 扉が開いた瞬間、イフリートのプラズマを直撃したような衝撃を受けた。意識が飛びそうになるのを、アグニは歯を食いしばって持ち堪えた。

 想像以上の圧力だ。手の届く距離どころか、その場から一歩たりとも前へ出ることができない。


 「・・・手を貸そうか?」


 名を知らないアマゾナスの高官が、アグニに嫌味ったらしい笑みを向けた。


 彼女の態度が気に障り、アグニの精神から沸々と熱が込み上げてきた。熱は彼の身体を覆い、前方から放たれるアウラを弾き返した。


 強気な足取りで前へ出始めた少年の背を見て、ターニャは勝ち誇ったように同僚に笑んでみせた。


 「あなたの手は必要無さそうね、ビアンカ?」

 「・・・・。」


 明りの灯された地下室へと足を踏み入れたアグニは、奥に潜む少年を捉えた。床に座り込んでうな垂れている彼は、ぶつぶつと聞き取れない声で何かを口走っている。痛々しく痩せこけた血の気のない白い肢体は、何本もの頑丈な鎖で床と壁に繋がれていた。


 少年は、一目で異形だと分かる姿をしていた。緑色の頭髪、額に生えた2本の角、長く尖った耳。さらに、その身体には奇怪なことに影が無かった。


 彼を覆うアウラは濃厚で凄まじく強い。そして、身体から溢れ出す精神エネルギーも半端なものではない。

 だが、弱々しくもあった。アグニの目の前にいる少年は、まるで死ぬ直前に渾身の限りで最後の足掻きを見せる獣のようだ。


 「・・・・っ。」


 アグニの喉もとに、言葉にならない思いが込み上げてきた。さらに一歩近づく。呟き声がぴたりと止んだ。そして、ゆっくりと顔が上がった。

 鮮やかな紅紫色に変色した前髪の下、濁った紫色の瞳がアグニを捉えた。


 土のエレメントは、よだれの垂れた赤い唇をめくり上げて鋭い犬歯をむき出しにして唸った。アグニは恐れる事無く、さらに近づいた。

 土のエレメントは咆哮を上げて勢いよく立ち上がり、アグニに襲い掛かろうとした。だが、封印術の施された鎖によって壁際へ引き戻された。

 土のエレメントは壁に打ち付けられ、地面に崩れ落ちた。


 「・・・・。」


 彼は苦しそうに息を切らしながら、アグニを睨みつけた。アグニは、またさらに前へ出た。背後でアスターが鋭く呼び止めた。だが、アグニは彼を無視してエレメントへ近づいていった。


 ついに手が届きそうな距離まで迫った。アグニはしゃがみ込み、鬼の形相で威嚇するエレメントに手を伸ばした。アグニの指先が頬に触れそうになった時、エレメントは全力で右腕を振った。


 瞬く間もない一瞬の出来事。


 後方で、ターニャの悲鳴が上がった。

 アグニは自分の左頬に燃えるような痛みを感じた。

 

 引きちぎられた鎖の破片が周囲に散っている。

 熱い液体が、顎を伝って床に流れ落ちた。


 「アグニ、すぐに下がるんだ!」

 「来るなっ!!」


 アグニの鋭い一声が、駆け寄ろうとしたアスターを停止させた。


 「平気だ。」

 「・・・・。」


 アグニは、土のエレメントの目を真っ直ぐ見据えた。エレメントは自由になった片腕で再度アグニを攻撃しようとした。

 だが、アグニは二度目を許さなかった。人の目では追えない速度で、彼はエレメントが振りかざした右腕を左手で掴んだ。


 エレメントは、アグニの手を振り解こうともがいた。しかし、アグニの腕力を超えるだけの力は残っていなかった。

 エレメントは唸り声を漏らしながら、血走った目でアグニを憎々しげに睨んだ。アグニは紫色の瞳を見つめながら、慎重に波長を合わせた。


 「・・・聞こえるか、ハルヌーン?」

 「・・・・。」


 「〝彼女〟は、おれが必ず連れてきてやる。でもその前に、お前にしてやれる事は無いか?今すぐ、おれに出来る事があるなら言ってくれ。」


 エレメントは歯をむき出したまま少し首をかしげて、アグニの目をじっと見ていた。


 「何か、欲しいものは無いか?何か・・・食べられるものは?自分でも感じてるだろうけど、お前はもう極限状態だ。明日まで持ち堪えられるかも分からない。」

 「・・・・。」


 人間には決して理解することのできないエレメントの混沌とした思考の中で、何かが触れるのを感じた。

 アグニは一切の雑念を捨て、全神経を読心のみに集中させた。精神力が、凄まじい速度で消耗されていく。


 アグニの頭に流れ込んでくるエレメントの思考は、幾億もの糸が絡んで捻り曲ったように複雑で、壊れた映写機のような歪んだ断片的なイメージが高速で移り変わる。それは狂気にも似ていて、正常な頭には余りにも強烈すぎる。



  ハルヌーン!生きて彼女に会いたいなら、おれに答えてくれ―――



 心の中で、アグニは彼に呼びかけた。今にも破裂してしまいそうな己の精神を懸命に保ち、うねり狂う糸の塊を掻き分けた。


 アグニの精神力が限界に達しようとした時、何かが横切るのが見えた。それはほんの一瞬だったが、アグニはそれを無我夢中で掴み取った。


 「・・・ハオマ草?」

 「・・・・。」


 エレメントは相変わらず、アグニに威嚇していた。


 「生の、ハオマ草が欲しいんだな?」―――「!」


 アグニの背後に立つアスターは、彼の発言を聞き取ってはっとした。そしてすぐに部屋の外へ視線をやった。彼の意図を受けた女兵士は素早く行動に移った。


 一時もしないうちに、地下室に一束のハオマ草が運び込まれた。部屋一面に甘い香りが立ち込める。

 アグニは息を止め、エレメントから目を離さずに空いたほうの手を後ろに伸ばした。重たい容器が彼の手に乗せられた。

 ハオマ草は猛毒を持つキノコの一種で、その香りには幻覚作用があり、直に触れただけで皮膚が爛れてしまう。

 アグニは、ハオマ草の入った容器を慎重に前へ持ってきた。赤と緑のまだら模様、ぬるりとした表面の細長い肉厚な植物の束が丸い石鉢の上に盛られている。


 「・・・・。」


 エレメントの目は、ハオマ草に釘付けになっていた。アグニは石鉢を床に置き、ゆっくりエレメントの腕を放した。


 「!」


 エレメントは、素手で鷲づかみにしたハオマ草を勢いよく口に運んだ。アグニは、飛び散る黄色い毒液から身を守るため後退した。

 エレメントは死に物狂いでハオマ草を貪っていた。


 「そうか・・・なぜ気づかなかったんだ。僕としたことが・・・!」

 アスターは口惜しそうに呟いた。


 エレメントは石鉢一杯に盛られた猛毒植物をあっという間に平らげた。彼は物足りなさそうに周囲を見渡したが、ハオマ草がもうここには無いことを知って壁にもたれ掛かった。そして、頭を垂れて動かなくなった。


 「・・・ハルヌーン?」

 アグニは不安になって呼びかけた。


 アスターが素早く駆け寄り、エレメントの顔を伺い見た。


 「問題ない。眠っているだけだ。」

 「・・・・。」


 「どの睡眠薬も効かなかったのに・・・効果抜群だな。非常に安定した理想的な睡眠に入っている。」


 アグニは肩を撫で下ろした。安堵感に包まれると同時に疲れが押し寄せてきた。精神力を使い果たしたせいで頭が酷く重い。アスターに支えられ、どうにか立ち上がることが出来た。


 「全く無茶をする・・・あそこまでアウラをシンクロさせるなんて、巻き込まれて正気を失うところだったぞ。」


 アグニは苦笑いした。

 「当分は、悪夢にうなされそうだ。」


 「・・・君の読心術はたいしたものだよ。それとも火の器だからこその手柄かな?とにかく、急いで怪我の手当てをしよう。」


 アスターに指摘され、アグニは自分の頬に受けた傷を思い出した。エレメントに集中していたため今まで気づかなかったが、それは普通の怪我とは違う異常な激痛を引き起こしていた。


 「痛・・・っ!?」


 アグニは思わず顔を歪ませた。


 「最高濃度のエクトプラズムによる外傷だ。治癒石を使っても治りきらない。傷跡は、確実に残るぞ。」


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