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第二十四話

 アグニは部屋の扉をノックした。


 「リサ、入っていいか?」


 返事がない。アグニは、部屋の中にいるリサに波長を合わせた。眠っているわけではなさそうだ。閉心されてはいるが、アグニが部屋に入ることに対し抵抗は感じていない。鍵も開いている。


 「・・・入るぞ。」


 アグニは扉を開き、中を覗き込んだ。照明の灯されていない暗い部屋のベッドで、リサは毛皮を頭から被って小さく身を丸めている。

 彼女の不穏なアウラが部屋を満たしており、アグニは足を踏み入れることに躊躇した。


 アグニの真後ろに立つシュゼは、部屋から漏れ出す不のエネルギーを感じ取って目を細めた。


 「リサさんは、落ち込んでいるのですか?」

 「・・・・。」


 部屋の中にいる娘は、いつも天真爛漫なリサとは別人のようだった。彼女にこのような一面があることを知り、アグニは衝撃を受けた。今にも首を吊って自殺しそうな雰囲気だ。落ち込んでいるという表現では片付けられない。


 「それとも別の感情ですか?」

 シュゼは、ほとんど閉じた状態と同じくらいまで目を細めた。


 「・・・どん底まで、落ち込んでんだ。」


 アグニが低い声で答えると、シュゼは丸々と目を見開いた。そして何を思ったのか、アグニの脇をすり抜けて部屋の中へ入った。

 あまりにも素早い動きだったので、アグニはまたしても反応が遅れた。


 シュゼの思考を読み取ったアグニは、とりあえず彼に任せてみることにした。彼の後を追い、アグニも部屋に歩みこんだ。タングスは扉から頭だけを入れ、部屋の外に座り込んだ。


 (お手並み拝見だな。)

 彼女は高みの見物を決め込んだようだ。


 シュゼは、ベッドの前で床に正座した。アグニは彼の後ろで胡坐をかいて座り込み、腰に巻いた小物入れから大粒の発光石を取り出した。


 「この部屋は光が足りません。アグニ、発光石を貸し・・・。」


 アグニが後ろから発光石を差し出したので、シュゼは言葉を中断して受け取った。彼の掌に乗せられた発光石から、白い光の膜が天井へ向かって逆円錐形に広がった。


 「!」


 光の膜の中で何かが動き出した。アグニは目を凝らした。ぼんやりとした光の影が、徐々にはっきりとした形になっていく。

 それは、白い光でできた立体の魚になった。何匹もの魚が、逆円錐形の水槽の中を悠々と泳ぐ。


 毛皮の隙間から、リサの顔が僅かに覗いていた。シュゼは光を自在に操り、次から次へと様々な生物に変形させていった。


 鳥、馬、ライオン、狼、ワニ、鯨―――。


 かつてエスに生息していた多種多様な美しい動物たちが、光の膜の中を生き生きと駆け巡る。アグニはリサの様子も窺いつつ、シュゼが作り出す立体映像に見入った。

 いつの間にか、リサの頭から毛皮がずり落ちていた。腫れぼったい目蓋の下、彼女の明るい茶色の瞳が白い光を反射して瞬くように輝いている。


 シュゼの頭には、エスの旧世代生物が全て記憶されているようだった。アグニが名前を知らない不思議な形をした生き物が、途絶えることなく現れては消えていく。


 逆円錐形をしていた光の膜が、少しずつ四方へ広がり始めた。動物たちの姿が消え、発光石の光が風船のように膨張した。そして光が強くなった次の瞬間、光の球体が微塵に破裂した。


 「―――・・・!」


 飛び散った光の破片は、無数の白い蝶々となって部屋中を舞い飛んだ。仄暗い中、光の粒子を撒き散らしながら飛び交う蝶々の群れは、まるで銀河を丸ごと縮小した立体模型のようだった。その美しい光景は、リサの笑顔を呼び戻した。

 光の蝶々はリサの周りを囲うように舞った。彼女が手を伸ばすと、何匹もの蝶々が彼女の掌と腕に着地して羽ばたいた。


 「・・・元気になりましたか?」


 シュゼの問いに、リサは気恥ずかしそうに頷いた。



 部屋の照明をつけ、初対面のシュゼとリサは互いに自己紹介し合った。最初はよそよそしく緊張していたリサだったが、少しずつ普段の明るさを取り戻していった。


 「シュゼは、すごく人らしいね。他のネオも、そんな感じなの?」


 「アグニより、人らしく振舞うよう指示されています。落ち込んでいる人がいれば元気づけるのが人らしい所作であると、キラに教わりました。オレ以外の成功作には感情が具わっているため、オレよりも人らしいです。」


 リサは眉を顰めた。

 「・・・ねえ、やっぱオレってのやめない?なんか、キャラに合わない!」


 「ギャップがあった方がいいんだろ?それに、シュゼはマジでクールなんだ。オレが似合ってる。」

 アグニは無駄と分かっていながら、リサに反論した。


 「アグニはセンスない!シュゼは〝私〟の方が、ばっしとキマるよ。これからのシュゼの第一人称は〝私〟で決まりね!」


 言い出したら聞かないのがリサだ。

 シュゼは目を細めて口を開こうとした。


 「気持ちの問題だ。」


 彼が質問する前に、アグニが答えた。


 「・・・了解です。」


 リサに事情を話し、シュゼの首もとを隠せる大きさの遮眼クロスを彼女の持ち物から探してもらった。遮眼クロスとは、アバターにも使われている透視不可の塗料で染められた布だ。若い娘なら大抵は何枚も持っている。


 リサが取り出したのは、花柄の赤いバンダナだった。アグニが文句を言うと、彼女はアグニにどれだけセンスがないかを笑いながら話した。

 リサいわく、シュゼの色素の薄さと彫りの浅い顔立ちは、アクセントとなる派手な装身具を部分的に着用することで美しく見えるのだそうだ。


 首に巻きつけてみると、確かによく似合う。白い花柄と明度の低い赤地のバンダナは、まるでシュゼが以前から着用していたかのように違和感なく彼の首に収まった。

 シュゼの青白い顔は、派手なバンダナのお陰で少し血色が良くなったように見える。バンダナ着用前よりも健康的な少年に近づいた。味気ない灰色一色の服装にもよく映えて、バンダナ一枚だけで一転してお洒落になった。



 タングスが頭だけ突っ込んでいる部屋から、楽しそうな笑い声が廊下まで響いている。ターニャが部屋を覗き込むと、大笑いしているリサの前でアグニの生首が宙に浮かんでいた。


 「あ、ターニャ!見て見て、これ超ウケるっ!!」


 扉の前で驚いて固まっているターニャに気づいたリサは、爆笑しながら彼女に話しかけた。

 シュゼの能力で胴体を消されているアグニは、首から上だけでターニャに振り返った。


 「丁度よかった。今、あんたんとこ行こうと思ってたんだ。」


 彼の力強いアウラを見て、ターニャは目を瞬かせた。


 「アグニ・・・随分と調子がよくなったのね。驚いたわ、もう回復したなんて。」

 「ああ、いい物食わせてもらってるからね。」






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